2018年5月18日(金)



最近の60日間のコメントを踏まえた上で、「事業の譲渡は企業価値の向上に資するのか?」という議題で、
一言だけコメントを書きたいと思います。

 


2018年3月19日(月)
http://citizen.nobody.jp/html/201803/20180319.html

から

2018年5月17日(木)
http://citizen.nobody.jp/html/201805/20180517.html

までの一連のコメント

 


現物取引と先渡取引と先物取引の相違点について書いたコメント

2018年3月12日(月)
http://citizen.nobody.jp/html/201803/20180312.html

 


「オークション方式」に関する過去のコメント

2016年3月27日(日)
http://citizen.nobody.jp/html/201603/20160327.html

2016年7月13日(水)
http://citizen.nobody.jp/html/201607/20160713.html

 

 



東芝CDSが大幅下落、メモリ売却確定−財務「シングルA並み」の声

中国の独禁当局からメモリ事業売却の承認を得た東芝は、社債保証コスト(CDS)が大きく下落した。
メモリ売却の資金獲得で米原発事業で悪化した財務の大幅改善が確定的になった。
  トレーダー2人によると18日の東芝5年物CDSは89bp(ベーシスポイント、0.01%)と前日比で25bp低下した。
CMAによると、これは6000億円の増資を決定した昨年11月以降で最大の縮小幅。
15日の前期(2018年3月期)決算発表後、財務改善を評価して格付投資情報センター(R&I)と
S&Pグローバル・レーティングが格上げしており、先週末から18日までのCDS縮小幅は40bpに達した。
  東芝は15日の決算発表で、来年3月末にはメモリ事業売却収入1兆4500億円などで株主資本比率が17.6%から42.5%に改善し、
1916億円の純有利子負債から1兆1000億円の手元資金超過に転じるとの見通しを出している。
メモリ売却の条件が整ったことで、見通しの実現性が高まった。 
  大和証券の大橋俊安チーフクレジットアナリストは、東芝のメモリ売却の影響について「財務の改善度合いは非常に大きい」
と話し、財務の数値だけをみれば「シングルAの会社」並みとなる見通しだと語った。また、さらに信用力を高める上では、
「まだまだ低い」格付けの向上やメモリ事業以外でのコストカットなどによるの収益性改善が課題となるとの見方を示した。
  東芝は現在、R&Iから「BB−」、S&Pから「B」、
ムーディーズ・インベスターズ・サービスから「Caa1」の格付けを取得。すべて投機的等級となっている。
(ブルームバーグ 2018年5月18日 12:45 JST)
ttps://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-05-18/P8WKLQ6K50XU01


「東芝CDS、メモリ売却確定で下落(出所:CMA、5月18日数値はトレーダー)」


2018年05月17日
東芝株式会社
東芝メモリ株式会社の株式譲渡実行の効力発生について
ttp://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/news/20180517_1.pdf

(ウェブサイト上と同じPDFファイル)




参考

株主総会(東芝株式会社)
ttp://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/stock/meeting.htm


 



【コメント】
東芝がメモリ事業の売却を今後実施することが確定的になったことを受けて、東芝のCDSが大幅に下落した、とのことです。
私は最初、CDSが下落したと聞いて、会社債務の弁済可能性が低くなった、ということなのだろうと思いました。
なぜならば、多くのキャッシュフロー(債務の弁済の原資)を生み出す優良事業を社外に譲渡するからです。
しかし、実際には話は逆であり、高額での事業の譲渡であるから財務体質が改善し会社債務の弁済可能性は高まった、
とのことです。
メモリ事業の売却に伴い、会社に多額の現金が流入することから、会社は残る債務を弁済することが容易になる、
ということのようです。
私はそもそもCDSの下落や上昇の意味を取り違えていたわけですが、言われてみれば、有利な条件での譲渡であれば、
事業の譲渡の後、会社が社内に残る債務を弁済していくことが容易になる、ということは確かにあるなと思いました。
詐害的会社分割という言葉がありますように、会社分割後、会社が社内に残る債務を弁済していくことが不可能になる、
という事態が債権者保護の観点からしばしば議論されているところであるわけですが、
逆に、事業の譲渡(会社分割でも事の本質は同じ)の結果、会社が社内に残る債務を弁済していくことがかえって容易になる、
ということもあり得るなと思いました。
しかし、考えてみますと、会社に有利な事業の譲渡(会社分割)いうのは、実務上は考えづらいと言いますか、
正確に言えば、事業の譲受人(会社分割承継会社)もできる限り有利な条件で事業を取得しようとするわけですから、
理論的には、事業の譲渡や会社分割は会社に残る債務の弁済可能性に中立な(影響を与えない)のではないだろうか、
とふと思いました。
通常の・経常的な棚卸資産の仕入れと販売(すなわち、本業における日々の商取引)とは異なり、
事業の譲渡や会社分割は譲渡益(移転差益)の獲得を目的にするものではない、というふうに感じるわけです。
通常の・経常的な棚卸資産は、譲渡益を獲得することを目的に仕入れ譲渡益を獲得することを目的に販売するわけです。
一方、事業の譲渡や会社分割により譲渡益を獲得することを目的に、事業を開始する会社はないわけです。
会社が事業の譲渡や会社分割を行うという時、通常は、
その事業の収益性が低くなったことを理由に会社は事業の譲渡や会社分割を行おうとしている、と見られがちですので、
俗っぽい言い方をすると買い叩きということになりますが、
事業の買い手も必要以上に高い価格で買うということはしないわけです。
また、買い手は、事業の取得後、その事業を営んでいく(この点が通常の棚卸資産の譲渡と決定的に異なる点です)わけですから、
一定以上の収益を獲得できる見込みがなければ事業を買うということはしませんし、
最大限低い価格でしか事業を買おうとは思わないわけです。
さらに言えば、このたびの東芝がまさにそうであったように、売り手は様々な経営上の理由により売却を急ぐことが多い一方、
買い手は事業の取得を急ぐということはあまりありません(業種業界や競争の局面にもよりますが)。
勢い、売り手は買い手に有利な(すなわち、自社に不利な)条件を提示しがちであるわけです。
簡単に言えば、売り手が自社に有利な条件で事業の譲渡や会社分割を行うことは通常はない、と言っていいように思います。
会社は資金繰りに困っている(他の債務を弁済できない)のである事業を譲渡する、ということはあり得ますし、
所有資産(事業)が即時に現金化される結果、残る債務の弁済可能性が高まる(当面の債務不履行を避けられるようになった)
ということは理論上も実務上も確かにあり得るわけです(その意味では、東芝のCDSが低下したことは何らおかしくはない)が、
事業の譲渡の結果、少なくとも会社の株式の本源的価値(残余財産の分配金額)が増加する、
ということはやはりないと言わねばならないのです。

 


端的に言えば、事業の譲渡の結果、会社は債務不履行を避けることができるようになった、というだけなのです。
債務不履行の回避と株式の本源的価値(残余財産の分配金額)の最大化は全く別の話なのです。
このたびの東芝がまさにそうであったように、事業の譲渡には、所有資産の現金化(当面の現金の入手)の意味しかないのです。
たとえ簿価以上の価格で所有資産(事業)を売却できても、長い目で見れば、それは譲渡損なのです。
債務不履行を起こし倒産するよりは当然のことながらましですが(もちろん、債務不履行を避けるのも1つの経営でしょうが)、
事業の譲渡は、長い目で見れば、実は株式の本源的価値(残余財産の分配金額)の減少を招く行為なのです。
このたびの東芝で言えば、メモリ事業の譲渡は、
会計上はメモリ子会社株式譲渡益が計上されます(資産の簿価よりも高い価格で譲渡するから)が、
(議論の都合上債務不履行は度外視しますが)出資者の観点から見れば、
実は獲得可能であったはずの総キャッシュフローの減少を意味するのです。
東芝は、獲得可能であるはずの総キャッシュフローの減少を覚悟の上で(差額を買い手に献上することを双方分かった上で)、
事業の譲渡を行おうとしているのです。
東芝は、事業の譲渡の結果、社内に残る債務は履行できるようになったわけです(だから、東芝のCDSは低下した)が、
株式の本源的価値(残余財産の分配金額)は実は減少しているのです。
いざ債務不履行となりますと、残余財産の分配金額がいくらに落ち着くのかは予想はできません。
それは清算手続きの中で明らかになることです。
また、大企業の倒産となりますと、社会的影響も非常に大きいものがあります。
したがって、会社は当然のことながら債務不履行を最大限回避するよう努めるべきなのです。
その意味では、経営上は事業の譲渡も選択肢の1つではあるわけです。
しかし、理論上の話をしますと、事業の譲渡は株式の本源的価値(残余財産の分配金額)の減少を招くのです。

 


会社は、譲渡することを目的にその事業を始めたというわけでは決してないわけです。
事業の譲渡では、「そもそも事業の買い手はいるのか?」から議論を始めなければならないわけです。
この点、通常の・経常的な棚卸資産の場合は、会社はある意味「買い手がいることを分かった上で」仕入れるわけです。
経営の観点から言えば、通常の・経常的な棚卸資産の販売と事業の譲渡は根源的に意味が異なるのです。
会計上の「譲渡益」の意味も両者では本質的に異なると言えるのです。
通常の・経常的な棚卸資産の販売に伴う譲渡益は、そのまま譲渡益です。
しかし、事業の譲渡に伴う譲渡益は、会計上は譲渡益かもしれませんが、経営上は譲渡損なのです。
経営上は譲渡損だからこそ、その事業の買い手がいるわけです。
なぜならば、事業の買い手は、取得した事業を従前と同じように経営をするだけで自動的に差額が利益として手に入るからです。
経営上は、事業の譲渡に伴う譲渡益には全く意味はありません。
経営上は実は損をしているのに、会計上は譲渡益が計上されるため、経営上のその損失が見えづらくなっているだけなのです。
経営上の総キャッシュフローの減少は、会計では把握できないのです。
他の言い方をすると、株式の本源的価値(残余財産の分配金額)の減少は、会計では把握できないのです。
まさにこのたびの事例のように、経営上の損失が会計上は「譲渡益」の場合もあるわけです。
債務不履行を避けられたと喜んでいたら、実は残余財産の分配金額は減少した、という状況であるわけです。
簡単に言えば、このたびの東芝の事業の譲渡は、債権者の利益になるわけですが、株主の利益には何らなっていないわけです。
経営上債務不履行はもちろん避けるべきですが、東芝は株主の利益を犠牲にして債権者の利益を守った、と言わねばなりません。
このたびの事業の譲渡は、実は企業価値の向上(株式の本源的価値(残余財産の分配金額)の増加)には一切資していないのです。
一言で言えば、債権者の利益と株主の利益は異なるのです(だから、債務不履行の回避と企業価値の最大化は全く異なるのです)。

 

When a company transfers its business, the possibility for its residual liabilities to be settled
gets higher in some cases and gets lower in other cases.

会社が事業を譲渡する時、残る会社債務が弁済される可能性は、高まる場合もあれば低くなる場合もある。

 

A transfer of a business of a company involves a decrease in the intrinsic value of a share of the company, actually.

会社の事業の譲渡は、実はその会社の株式の本源的価値の減少を伴うのです。

 

I don't want such money.
I merely want smiles of the shareholders.

お金なんか欲しくありません。
株主の笑顔が欲しいだけです。