2016年9月1日(木)



一昨日2016年8月30日(火)と昨日2016年8月31日(水)のコメントに一言だけ追記をします。


2016年8月30日(火)
http://citizen.nobody.jp/html/201608/20160830.html

2016年8月31日(水)
http://citizen.nobody.jp/html/201608/20160831.html

 


英国の公開買付制度について、インターネットで解説記事を検索してみました。
解説記事はたくさんヒットするのですが、詳しく説明してある記事を4つだけ紹介します。

 


「英国におけるM&Aに係る法規制と執行体制」
(野村資本市場研究所 研究レポート)
ttp://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2008/2008aut20.pdf

 


「英国のTOBルールと今後の日本の制度のあり方」(開催日 2009年7月7日)
(独立行政法人経済産業研究所 Brown Bag Lunch セミナー)
ttp://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09070701.html

英国M&A制度研究会報告
ttp://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09070701.pdf

 


「ヨーロッパM&A制度研究会報告書」(2010年9月13日)
(公益財団法人 日本証券経済研究所)
ttp://www.jsri.or.jp/publish/other/pdf/005.pdf

 


「英国上場企業の完全子会社化を達成する「スキーム・オブ・アレンジメント」(2016/05/11)
(法と経済のジャーナル 西村あさひのリーガル・アウトルック)
ttp://judiciary.asahi.com/outlook/2016051000001.html

 


世界的に見ると、M&Aに関する法制度は、米国型モデルと英国型モデルの2つに大きく分けられるようです。
日本は米国型モデルをベースとしているようです。
また、EU諸国は英国型モデルをベースとしているようです。
今日は紹介した4つの解説記事を参考にしながら、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブが英国のSABミラーの株式を
取得するという事例を題材に、英国型モデルのM&A法制度について一言だけコメントを書きたいと思います。
紹介している「英国におけるM&Aに係る法規制と執行体制」には、

>英国には、日本や米国のような吸収・合併の手続きは存在せず、TOB若しくはスキーム・オブ・アレンジメントが用いられる。
>スキーム・オブ・アレンジメントとは、被買収者が行う裁判上の手続きであり、被買収者による資本構成変更案を
>株主及び裁判所が承認する手続きを指す。

と書かれています(5/15ページ脚注)。
英国の会社法には、日本の会社法とは異なり、合併や株式交換という株式を強制取得する手続きは、規定されていないようです。
株式の全てを強制的に取得するためには、当事者の私的な合意ではなく、「裁判上の手続き」として行うことが必要であるようです。
それがスキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる手続きであるようです(株主総会承認決議だけでは実施不可能です)。
スキーム・オブ・アレンジメントにおいて、裁判所の認可を得るための要件(ハードル)がどれくらい厳しいのかは分かりませんが、
株主総会における承認に加え、裁判所の認可という要件が、少数株主保護に配慮するよう暗に働きかけているのだろうと思います。
スキーム・オブ・アレンジメント自体は、元来的には企業再生(任意解散等)を行うために設けられた制度であったようですが、
幾度の法改正を経て、現在のように広範囲な目的に利用できるシステムに変更された、という変遷があるようです。
スキーム・オブ・アレンジメントの「アレンジメント」は、おそらく債務整理の「整理」のことを元来的には指していたのでしょう。
英国では現在、非上場企業に関しては、様々な場面でスキーム・オブ・アレンジメントが用いられているだろうのだと思うのですが、
海外から記事を見聞きする限り、スキーム・オブ・アレンジメントは「上場企業の買収」に用いられることが多いように思います。
それで、このたびのインベブのSABミラーの買収に関しても、紹介した2016年8月30日(火)の記事には全く書かれていませんが、
株主総会決議が必要なところから察するに、実はスキーム・オブ・アレンジメントが用いられているのだろうと思います。
一昨日と昨日のコメントでは、買収のためにこのたび実施されるのは「英国の株式公開買い付け」と書いたわけですが、
おそらく記事の記述内容が少し間違っており、正しくは「スキーム・オブ・アレンジメント」が実施されるのだと思います。

 



英国においても、日本の制度と非常によく似た公開買付制度が定められているようです。
ただし、日本の公開買付制度に比べ、公開買付者にとって非常に厳しい条件が求められているようです。
「テイクオーバー・コード」と呼ばれる厳しい自主規制が定められているようです。
特に「全部買付義務」のルールは、目的の株式数だけを取得できないという点において、
公開買付制度の根幹部分の1つが否定されているように私としては感じます。
例えば、50.01%のみ取得する場合と100%取得する場合とでは、公開買付者にとって株式取得に必要な現金額が倍も違うわけです。
これでは、経営目的に沿った株式の取得などとてもできないわけです。
端的に言いますと、英国の公開買付制度は、公開買付者にとって非常に使い勝手が悪いものだ、という言い方ができると思います。
そういった「法制度自体が使いづらい」といったことも背景にあって、実務上、
英国では、上場企業の株式取得に際しては、100%の株式取得を目指すケースが多いようです。
誰だって法制度に従って企業買収を行うわけです。
英国では株式の持合いは一般的ではないとか、英国では上場企業に特定の大株主がいるのはおかしいという共通理解がある、
といった文化的・社会通念的なことが理由で、
英国では上場企業の株式取得に際しては100%の株式取得を行うケースが多い、というわけでは決してないと思います。
M&Aのための法制度自体が、事実上100%の株式取得しか行えない定めとなっているから、
英国では上場企業の株式取得に際しては100%の株式取得を行うケースが多い、という結果になっているのだと思います。
どちらかと言うと、人々の日々の暮らしや生活も実は暗にそうなっているのだと思いますが、
「法制度の方がそういった文化や社会通念を形作っている」と考えなければならないように思います。
"Different places have different customs." (所変われば品変わる)
と言います。
人々の暮らしも企業のM&Aも、
"Different laws have different customs and cultures and generally accepted social ideas."
(法が変われば慣習や文化や社会通念も変わる)
ではないでしょうか。
「その国ではそう考える。」ということの背景には、実はそう考えるだけの法制度が社会にあることが非常に多いのだと思います。
人も企業も法律に従って生きていくしかありませんので、それは悪いこと・悪い意味では決してなく、
むしろ当たり前のことだと言わねばならないわけですが、
文化とか慣習とか常識と呼ばれることの背景には、実は法律や法律に沿った社会制度があることが非常に多いのだと思います。
人間社会・社会生活においても、「それはその社会制度から導き出される常識に過ぎない。」という場面は非常に多いと思います。
ただ、人はその社会制度・社会のルールを守って生きていかねばならないわけです。
その意味において、色々考えても結局最後は、
たとえ法律から人為的に作り出された”常識”であろうとも、人はその常識を守って生きていくしかないわけです。
企業のM&Aもそれと同じなのだろうな、とビールを飲みながら思いました。
「ビールを飲みながら」は英語で"over beer"と言います。
公開買付は英語で"takeover"なので冗談を書いてみました。
"Don't take beer too much. Don't overdrink."(ビールは飲み過ぎないように。)
とこのたびの事例に即した言葉遊びを書いて終わりたいと思います。