2016年7月20日(水)



2016年7月20日(水)日本経済新聞
リコー 65億円の減益要因 今期純利益 印子会社の不正会計
(記事)



2016年7月19日
株式会社リコー
海外関連会社の増資について
ttp://jp.ricoh.com/release/2016/pdf/0719_tse2.pdf

(ウェブサイト上と同じPDFファイル)





過去の関連コメント

2016年7月12日(火)
http://citizen.nobody.jp/html/201607/20160712.html

 



【コメント】
このたびの株式会社リコーにおける不正会計の発見は、2016年7月12日(火) のコメントに関連する論点になると思います。
一言で言えば、決算期末日後に当期もしくは当期以前の会計処理に間違いが発見された場合は、
間違いや発見の事実をどのように財務諸表に反映させなければならないか、という点が論点になろうかと思います。
今日は特に、「決算期末日後決算発表前に監査法人による監査で間違いが発見された場合」の取り扱い方法が論点になるわけです。
この論点について法理的な観点から考えてますと、やはり2016年7月12日(火) に書きました内容に行き着く気がします。
すなわち、
決算期末日後決算発表前に、監査法人から当期や当期以前の不正会計についての指摘を受けても、
会社は「当期の財務諸表」は修正・変更する必要はない、
が法理上の答えであるように思います。
2016年7月12日(火) のコメントでは、株式会社あみやき亭の決算短信が理解のヒントになったと思います。
株式会社あみやき亭は、四半期決算も含め、毎年常に「期末日の翌日」に決算短信を発表しているわけですが、
例えば、期中から会社内に監査法人の会計士が常駐し、日々の仕訳を毎日会計士にチェックをしてもらう、
というような監査体制を取ることにすれば、3月31日の営業終了と同時に会計監査も終了する、ということになるわけです。
財務諸表に関する監査を行うわけですから、通常、会計監査は4月1日以降に開始されるわけですが、
会社に会計士が常駐し、会計士がリアルタイムで会社の監査を行うという体制を取る場合は、
3月31日の営業終了と同時に財務諸表が完成し、そして、会計監査も同時に終了する、ということになるわけです。
この場合、株主総会も4月の中旬には開催できますし、また、有価証券報告書も4月中旬に提出できるわけです。
では、株主総会も無事終結し、有価証券報告書も滞りなく提出した後、
4月下旬になって、会社に常駐している会計士が、当期の財務諸表に間違いがあることを発見したとします。
しかし、この場合、株主総会の決議などを取り消すこともできませんし、有価証券報告書を再び提出することもできません。
後になってできることというのは、不正会計発見に関する適時情報開示を行うことくらいではないでしょうか。
結局のところ、財務諸表というのは、3月31日時点において把握している事実に基づいて作成する、というだけなのだと思います。
把握している事実に間違いや抜け落ちている点があることが4月1日以降に発見されたとしても、
それは「過年度の修正」という形で次期の財務諸表に反映させるべきであって、
当期の財務諸表には一切反映させるべきではないのです。
たとえ、監査法人による会計監査の結果、不正会計が発見されたとしてもです。
私のこの考え方から言えば、監査法人による会計監査は、当期の財務諸表のために行うのではなく、
次期の財務諸表のために行う、という言い方になると思います。
確かに、一般的に言われることとしては、監査法人による会計監査は「当期の財務諸表が正しいことを保証すること」を
目的として行われる、と言われます。
投資家保護のことを考えれば、次期の財務諸表がいくら正しくても意味がないわけです。
当然、当期の財務諸表が正しいことが要求されるでしょう。
しかし、6月下旬に株主総会を開催し6月下旬に有価証券報告書を提出した後、
7月になって不正会計が発見されたとしたら、会社はどうすればよいでしょうか。
もはやどうしようもないのではないでしょうか。

 


4月に不正会計が発見された場合は当期の財務諸表に反映し、7月に不正会計が発見された場合は当期の財務諸表に反映しない、
というのはおかしいでしょう。
決算短信の内容が決算短信の発表日によって異なるというのは論理的に考えておかしいように、です。
会社の財務諸表自体は、3月31日の営業終了をもって、確定するはずなのです。
そうでなければ、4月1日に営業を開始できないでしょう。
株式会社あみやき亭のように、当期の決算を4月1日に発表してくれるのであれば、投資家の投資判断に資すると思いますが、
5月中旬になって当期の決算を発表されても、たとえ決算内容が正しくても意味はあまりないわけです。
なぜなら、3月31日現在の会社の財務状況と5月中旬の会社の財務状況とは異なるからです。
投資家は、現在の財務状況とは異なる財務諸表を見て、投資判断を行うことになります。
これでは、3月31日現在の会社の財務状況がいくら正しくても意味があまりないでしょう。
企業統治(コーポレート・ガバナンス)に関する議論の中で、委任の法理を考えれば、
株主が委任した取締役に監査役をつけるのは法理上の矛盾である、と書きました。
同様に、財務諸表に関しても、取締役が作成した財務諸表に会計監査を行うのは一種の矛盾なのかもしれません。
3月31日時点において把握している事実に基づいて財務諸表を作成する、という点を鑑みますと、
4月1日以降から開始する会計監査というのは、必然的に事後的な位置付けのものとなる、
すなわち、次期の財務諸表のための会計監査となる、ということを意味するように思います。
財務諸表自体は既に確定している、というふうに考えなければならないのではないかと思いました。

 


Only a part of shares issued can't be retired.

発行済み株式の一部分だけを消却することはできません。

 

In my opinion, on the principle of law, what you call an accounting audit executed by an audit firm
is merely a subordinate task concerning an already-final financial statements.
It means that an accounting audit doesn't correct financial statements.

私見になりますが、法理的には、監査法人が行ういわゆる会計監査とは、
既に確定している財務諸表に関する付随する仕事に過ぎないのです。
つまり、会計監査は財務諸表を訂正しないということです。

 

 


私のこれまでの人生において極めて大きな影響を及ぼした出来事ですので、2016年7月17日(日)のコメントに一言だけ追記します。

2016年7月17日(日)
http://citizen.nobody.jp/html/201607/20160717.html

2016年7月17日(日)のコメントのコメントで、自分は公務員になれなかったけれども、今ではそれでよかったと思っている、
と書いたわけですが、大学4年生当時の私の心境として、

>Well, I seeing in the seventh grade that literally nobody attended a funeral of my grandfather,
>who was a civil servant in life from before the war,
>my original desire to enter the civil service had already faded out completely at that time, though.

>まあ、生前、戦前から公務員をしていた私の祖父の葬式には、文字通り誰も来なかったのを中学1年生の時に目の当たりにして以来、
>公務員になりたいという私の当初の希望は、その時には既に完全になくなっていたわけではありますが。

と書きました。
私の人生に決定的な影響を及ぼした出来事(私はこのことを「原体験」と自分で言っています)というのは、
ここに描いています通り、「生前、戦前から公務員をしていた私の祖父の葬式に、文字通り誰も来なかった。」ということなのです。
これは、私が中学1年生の時のことでした。
祖父の葬式には、祖父の部下や同僚や上司、そして、まさに自分の将来の上司や先輩になる方々、それから既に退職された高齢の方々、
さらには在職者の中から代表の方等が大勢出席するのだろう、と式が始まる前まで私は思っていました。
ところが、文字通り、誰一人祖父の葬式には来ませんでした。
私は愕然とし、「たとえ今後公務員になれたとしても、自分の葬式にも誰も来ないだろうな。」と思いました。
葬式の後、呆然とする日々が長く続きました。
1ヶ月間以上、悩み続けました。
自問自答を繰り返しましたが、何の答えも出ませんでした。
ただ、今後公務員になれるにせよなれないにせよ、今のままではどちらにせよ自分は誰からも相手にさせず、
たとえ公務員になれても何の仕事もなく、自分の葬式にも誰も来ないのだけは分かりました。
ですので、私は勉強をするようになりました。
教科書や問題集などがきちんと作成されていて、学校や塾でもちゃんと授業が行われているのには何か社会的な理由があるのだろう、
と考え、自分で自分なりの答えを出しました。
1ヶ月以上悩み続け、どうなるにせよとにかく勉強を頑張ってみようと決めたのは、中学1年生のちょうど今ごろだったと思います。
中学1年生の時点でも(もちろん今でも)、公務員になるというだけなら人格面は申し分なかったと思いますが、
中学1年生のちょうど今ごろから、周囲の人とは正反対に、私は一段も二段もさらに高い領域に進み始めたのだと思います。
中学1年生のちょうど今ごろから、私は公務員を超え始めたのです。

「At that time when I was in the seventh  grade, I was beginnig to surpass a civil servant.」

中学1年生のあの時、私は公務員を超え始めたのです。