2019年2月11日(月)


伊藤忠によるデサントへの敵対的TOBに見る日本のTOB制度の問題点
(M&A online M&A実務 2019-02-10)
ttps://maonline.jp/articles/tob20190210


伊藤忠によるデサントへの株式公開買付(TOB)は、デサントが意見表明報告で反対方針を表明したことで、
敵対的TOBと定義づけられることになった。
(1) 直前の株価1871円に対して、買付価格が2800円と高いこと(49.7%のプレミアム)、
(2)買付株数が発行済株式の10%程度と低いことを勘案すると、対抗的なTOB(MBOを含む)が
経営陣等によって提起されるなどの新たな展開がない限り、TOBの成立自体は間違いない。
TOB終了後、伊藤忠はデサントの40%の株式を保有することになる。
今後の問題としては、TOB後に何らかの妥協が成立するのか、それとも対立関係が続いて、経営陣の選任を巡って
議決権争奪戦(proxy fight)に突入するかということになろうが、本稿はそのことを論ずることが目的ではない。
むしろ問題としたいのは、今回のTOBの詳細に見る、日本の株式公開買付制度の問題点である。
今回のTOBは、上限(721万株)を設けたいわゆる部分買付(partial offer)である。
仮に買付に応募した株式数が上限を超えた場合、按分によって721万株を越えた部分の買付は行われない。
すなわち、伊藤忠のTOB後の持分は40%を超えることはない。
問題としたいのは、このような上限設定が日本の株式公開買付制度においては許容されていることである。
日本において、企業支配権の移動を伴う3分の1を超える株式の買付において、株式公開買付制度の利用を強制する制度は、
英国の制度を参照したとされる(米国には類似の制度はない)。
しかしながら、英国においては、上限は30%までとされており、今回のような40%持分を上限とするTOBは原則実施できない。
英国では、30%を超えた公開買付をする場合には、「全部買付義務」といって上限を設けず、
幅広く少数株主に公開買付によって株式売却する機会を与えることを重視するからである。
すなわち、英国ルールであれば、伊藤忠はデサントの株式を全株買い取る覚悟がなければ、TOBは実施できなかったことになる。
この点、日本でも2006年暮れに全部買付義務が導入されたが、66.7%超の持分を目指す場合についてのみであり、
仮に経営を実質的に支配できる51%の持分を目指していたとしても、上限を定めた部分買収が可能である。
友好的なTOBであれば、仮に過半数を公開買付者が保有したとしても、買付者と現経営陣の協力が期待できるかもしれない。
しかしながら、今回のような敵対的TOBにおいては、TOB成立後に伊藤忠とデサントの対立が続き経営の停滞が懸念される。
こうした懸念から株式を売却したいと考えた少数株主は、
(1) TOBに応募して株式を買い付けてもらえる可能性に賭ける(買い付けられなければ、その後の低下した市場価格で売るか、
保有し続ける)か、(2) TOBへの応募をせず現在の株価(買付価格を一部反映し、2500円程度)で株式を売却するか、
の選択を迫られることになる。


 


今回は、プレミアムが高めに設定されているため、少数株主は、(2)でも30%程度のプレミアムを享受できる。
しかしながら、下に掲載した筆者等の研究(※)によれば、部分買付のプレミアムは低く、
時としてマイナス(「ディスカウントTOB」)であることも多い。
現状の制度では、現経営陣に批判的な大株主と事前に合意が成立すれば、ディスカウントの買付価格での部分買付TOBによって、
少数株主は完全に蚊帳の外のまま、敵対的買付者が実質的に経営権を取得することも可能である。
現状の制度設計が果して妥当なのか、今回の件を通じて再考する時期が来ているのではないだろうか。


※The impact of changes in Japanese tender offer regulations on bidder behavior and shareholder gains(英文)
ttps://www.waseda.jp/fcom/wbf/assets/uploads/2017/06/WIF-16-001.pdf

(ウェブサイト上と同じPDFファイル)

 


 



「ゼミナール 金融商品取引法」 大崎貞和 宍戸善一 著 (日本経済新聞出版社)
第10章 不公正取引の規制(1) インサイダー取引規制
1. インサイダー取引規制の意義
(3) インサイダー取引規制導入の経緯
【アメリカにおけるインサイダー取引をめぐる判例の変遷】
「265〜266ページ」




 


2018年12月18日(火)のコメントで、ソフトバンク株式会社の上場に関する記事を計26本紹介し、
「有価証券の上場には4つのパターンがある。」という資料を作成し、以降、集中的に証券制度について考察を行っているのだが、
2018年12月18日(火)から昨日までの各コメントの要約付きのリンクをまとめたページ(昨日現在、合計55日間のコメント)。↓

各コメントの要約付きの過去のリンク(2018年12月18日(火)〜)
http://citizen.nobody.jp/html/201902/PastLinksWithASummaryOfEachComment.html

 

 



【コメント】
今日はまず最初に、伊藤忠によるデサントへの公開買付についての論考を紹介しています。
日本と米国と英国の証券制度の相違点についての説明もあり、あちらを立てればこちらが立たぬといった具合になってしまい、
現実には絶対的な証券制度というのは構築できない(これが唯一の正しい証券制度というのは現実にはない)と思いました。
それから、昨日は、現実や実務のことを考慮に入れて「インサイダー取引」について考察を行いましたが、一言だけ追記をします。
金融商品取引法に規定のある「インサイダー取引規制」について、計2つの取引類型が規制の対象となっているのだが、
「『@発行者に関する未公表の重要な事実』(166条の規制行為)と
『A株式の買い手もしくは売り手に関する未公表の重要な事実』(167条の規制行為)は、
実は本質的に異なる類型であると定義・分類するべきである。」、と書きました。
そして、描きました図「インサイダー取引規制の構造」の説明文の最後に次のように書きました。

>したがって、敢えて言うならば、相対的には前者の「インサイダー取引」をより厳しく規制すべきである。

この点(どちらの「インサイダー取引」をより厳しく規制するべきか)について一言だけ追記をしたいと思います。
日本では、インサイダー取引を禁じる明文の規定は、1988年の証取法改正で初めて設けられたのですが、
現行の金融商品取引法でいうところの166条の規定と167条の規定が1988年改正時に同時に設けられたわけではないと私は思います。
昨日行いました考察から考えれば、「@発行者に関する未公表の重要な事実」(166条)が先だったという結論になります。
そしてその後、何年かは分かりませんが、インサイダー取引規制がさらに強化され(新たな条文が更に追加されて)、
「A株式の買い手もしくは売り手に関する未公表の重要な事実」(167条)も設けられた、という結論になります。
規制の重要度に応じて、インサイダー取引規制についての証取法の改正の経緯・順序が決まるはずだ、と推論してみたわけです。
概念的に言えば、証券制度は、「発行者と投資家との関係」に"sensitive"(敏感)であるべきであって、
「投資家と投資家との関係」については個人間の"sociability"(社交性)の問題に過ぎないという態度を取るべきだと思います。
なぜならば、前者は株式の本源的価値の算定そのものにかかわる問題(特段に平等性が要求されるべき問題)であるのに対し、
後者は株式の本源的価値とは全く関係がない問題(例えば、発行者が提出する法定開示書類とは全く関係がない問題)だからです。
市場の投資家に関係があるのは、発行者が提出する法定開示書類です。
「投資家と投資家との関係」は証券制度の規制の対象外のことである、という考え方は理に適うと思います。
「情報の平等」("equality of information")が証券制度上求められるべき「情報」とは、「発行者に関する情報」であって、
「株式の買い手もしくは売り手に関する情報」ではない、と私は思います(株式の本源的価値は前者の情報のみで決まるから)。
"expire"(満了)ではなく"exchange"(売買)も投資家の利益(投資利益)を大きく左右する、という観点から言えば、
現実には後者の情報も規制の対象とするべきである、との考えになるのは分かりますが。





また、従来のアメリカ証券制度では、インサイダー取引は全面的に禁止されていた(むしろ明文の禁止規定があった)と思います。
日本よりも圧倒的に厳しい・包括的なインサイダー取引規制が従来のアメリカ証券制度にはあったと思います。
有事の際には判断の分かれようがない明確な規制があったと思います。
事件はその意味では裁判や判例にならないと思います。
「株式の買い手もしくは売り手に関する未公表の重要な事実」を入手した人物も株式の取引が当然に規制される、
という考え方にアメリカの証券制度ではなるのだと思います。
アメリカの証券制度では、インサイダー取引規制がいい意味での「十把ひとからげ」となっているのだと思います。
アメリカの証券制度では、投資家の利益(投資利益)を考える際に、
"expire"(満了)ではなく"exchange"(売買)に極めて大きな重点を置いている、ということだと思います。
「発行者が提出した法定開示書類のみを知っている人物」でないと、株式の取引を行ってはならない、
という考え方をアメリカの証券制度では行うのだと思います。
そして、理詰めで考えていくと、アメリカの証券制度では、発行者と投資家とが会ってはいけないのは言うまでもありませんが、
投資家と投資家とが会ってもいけない、という考え方になる気がします。
例えば、知り合い同士が所定の期日・時間に株式の市場取引をする約束をすることも、アメリカの証券制度では認められない、
という考え方になると思います。
なぜならば、市場の投資家はその人達の約束のことを知らないからです。
アメリカの証券制度では、「不特定多数の投資家で株式の取引を行うこと」を前提としている、
という言い方ができるのではないかと思います。
投資家同士が知り合いであることは全く前提としていない、という考え方をアメリカの証券制度では行うのだと思います。
日本の事例でよくあるのですが、公開買付者と大株主との間の「公開買付への応募契約」(応募することの約束)も、
アメリカの証券制度では認められない、という考え方になると思います。
アメリカの証券制度では、「大株主の状況」も法定開示書類("10-K"等)の記載事項なのかもしれませんが、
実はそもそも投資家は他の投資家(株主)のこと(氏名や住所や勤務場所や会って話せたりする場所等)を全く知らない、
ということがアメリカの証券制度の前提なのだと思います。
アメリカの証券制度は、「発行者と投資家との関係」だけではなく、
「投資家と投資家との関係」もまた"sensitive"(注意を要する)な問題である、
と考えているのだと思います。
特に"exchange"(売買)に重点を置いて考えると、そうでないと市場の投資家の利益を保護できない、
というふうにアメリカの証券制度では考えるのだと思います。
「市場の他の投資家達は何らの約束もせずに株式の取引を行っている。」ということを鑑みれば、
アメリカの証券制度は「投資家と投資家との関係」にもまた"sensitive"(敏感)である理由が分かると思います。
「どの投資家も市場の他のどの投資家とも全く同じ状態で株式の取引を行わなければならない。」、
とアメリカの証券制度では考えるのだと思います。

 


In pure theory, a thing which determines an execution of an operation is
not a company organ on the Companies Act but a submission of a legal disclosure document.

純粋な理論上は、業務執行を決定するのは、会社法上の会社機関ではなく法定開示書類の提出なのです。