2017年6月26日(月)
村上ファンド事件は始めから完全な冤罪だった旨のコメント
2017年6月25日(日)
http://citizen.nobody.jp/html/201706/20170625.html
>「和製アクティビスト」の草分けとも騒がれた村上ファンド
ということが書かれています。
昨日、村上ファンド事件は始めから完全な冤罪だった、と書きました。
この点について一言だけ書きますと、村上ファンド事件は始めから完全な冤罪だった理由は、
公開買付者自身は現行の金融商品取引法に定義されるインサイダー取引規制の「規制の対象者」に該当しないからだ、
と昨日は書きました。
現行の金融商品取引法上の@内部者に公開買付者自身は含まれませんので、
公開買付者自身から公開買付の実施の情報を公表前に聞いたとしても、
情報を聞いた人は金融商品取引法上のB情報受領者に該当しないわけです。
それで、現行の金融商品取引法上の話をしますと、
現行の金融商品取引法上は「公開買付者の役員」は@内部者に条文上は明らかに該当するようです。
そしておそらく、件の公開買付が行われた2005年当時の証券取引法においても、
「公開買付者の役員」は@内部者に該当するとの定めがあったのだと思います。
そうしますと、村上ファンドはB情報受領者に該当しますので、
そういう意味では、条文の逐条解釈としては、村上ファンドはやはり証券取引法違反であったわけです。
ただ、私が言いたいのは、公開買付者が自然人の場合は、現行の金融商品取引法上も公開買付者は@内部者ではないのではないか、
ということです。
2005年当時の証券取引法においても、それは同じであったと思います。
私のこの理解が正しいとしますと、公開買付者が法人である場合、「公開買付者の役員」は@内部者に該当しない、
という考え方になるように思ったわけです。
法人自体は話すことも会話をすることもできないわけですから、当然に法人の業務執行者が法人が行う行為について
話をしたり公表をしたりすることになるわけです。
それはイコール、結局のところ、法人の意思=業務執行者の意思、ということではないでしょうか。
つまり、法人が行う公開買付にその法人の役員が公表前に対象者株式を買うことはインサイダー取引になるわけですが、
自然人が行う公開買付にその自然人自身が公表前に対象者株式を買うことはインサイダー取引に該当しないように思うわけです。
その意味において、公開買付者が自然人の場合は、現行の金融商品取引法上は公開買付者は@内部者ではない、
と私は言っているわけです。
公開買付者が自然人の場合は、現行の金融商品取引法上は公開買付者は@内部者ではないとすると、
公開買付者が法人の場合も、現行の金融商品取引法上、公開買付者は@内部者ではないということになり、
「法人の意思=業務執行者の意思」であることから、「公開買付者の業務執行者(役員)」も@内部者ではない、
と私は感じるわけです。
その理由は、法人自体は話をすることも公表をすることもできないからです。
自然人甲が公開買付を実施するという場合、甲の友人乙が甲からその情報を聞き、公表前に市場で対象者株式を買い集めたとします。
この時、乙は甲が実施する公開買付に応募をすれば確実に株式売却益を得られるわけですから、
一般にはそのような取引をインサイダー取引と呼んでいるわけです。
しかし、考えてみますと、その情報の伝聞・受領は、甲が買付価格と同じ価格で対象者株式を乙から相対取引で買う、
という約束をしたことと類似するものと言えないでしょうか。
すなわち、乙は、甲が買付価格と同じ価格で対象者株式を乙から相対取引で買うと言っているから市場で対象者株式を買っただけ、
ということと何が違うのか、という気がするわけです。
甲と約束をして乙だけが株式売却益を得るのは間違っている、と言っているようなものではないでしょうか。
甲が買付価格と同じ価格で対象者株式を乙から買うという約束をした結果、
乙は確実に株式売却益を得られると分かって市場で株式を買っているわけですが、
それは他の投資家の利益を害することになるのでしょうか。
その取引は純粋に甲と乙との関係に基づくものであって、市場の投資家には関係がない取引なのではないでしょうか。
甲が乙から今現在の株価よりも高い価格で株式を買うことが、投資家の利益を害することにつながるのでしょうか。
相対取引との対比で考えてみると、甲の友人乙が甲から公開買付の情報を聞き、公表前に市場で対象者株式を買い集めることは、
投資家の利益を害する取引になるとは私には思えないわけです。
乙は甲の友人だったから株式売却益を得ることができた、そのこと自体は市場の投資家の利益は害さないと私は思うわけです。
昨日も買いたいことですが、全投資家が平等でなければならないのは、「発行者と投資家」という関係においてであるわけです。
「ある投資家とある投資家」という関係においては、全投資家が平等であることは証券市場では求められないと思うわけです。
発行者が一部の投資家にのみ未公表の情報を伝達するから不公平であるわけです。
ある投資家甲が別の投資家乙にのみ未公表の情報(甲自身に関する情報)を伝達しても、
「発行者と投資家」という関係と対比して考えてみると、それは全く不公平ではないわけです。
「証券市場では全投資家は平等でなければならない。」というのは、
「発行者と投資家」という関係において投資家間に情報格差(一部の投資家のみが発行者に関する未公表の情報を知っている状態)
があってはならないという意味であって、
「投資家と投資家」という関係において投資家間に情報格差
(一部の投資家のみがある投資家に関する未公表の情報を知っている状態)があってはならないという意味ではないわけです。
証券市場におけるディスクロージャーとは、「発行者がディスクロージャーを行うこと」
(投資家間に情報格差が生じないよう全投資家に平等にディスクロージャーを行うこと)を指しているのであって、
「投資家がディスクロージャーを行うこと」はさしていないと私は思うわけです。
発行者が正しくディスクロージャーを行いさえすれば、市場の投資家は正しい投資判断ができます。
投資家が何らかのディスクロージャーを行うか否かは、市場の投資家の投資判断とは無関係のことのはずです。
市場の投資家は、発行者が発行している株式の取引を行うのです。
市場の投資家は、投資家が発行している株式の取引を行うわけではないです。
市場の投資家が正しい投資判断を行えるようにするためには、発行者による正しいディスクロージャーで必要十分なのです。
投資家甲と投資家乙が株式の売買契約を締結した(そしてその結果、投資家乙のみが株式売却益を得た)、
そのことが市場の投資家とどう関係があるのでしょうか(その取引の結果、市場の投資家の投資判断が歪められたりしたでしょうか)。
>上場企業自身は規制の対象となる会社関係者には該当しません。
と書かれていますと紹介しました。
この記述には実は続きがありまして、その記述を引用しますと以下のようになります。
>しかし、上場企業による自己株式取得は、自己株式の取得決定という重要事実を知って取締役が会社を代表して買付けを行う
>形になるので、インサイダー取引規制に触れる可能性があります。
>そこで、自己株式取得の決議が公表されていればインサイダー取引規制の適用対象とはならない
>という適用除外規定が設けられています(166条6項4号の2)。
昨日は、上場企業自身はインサイダー取引規制の対象となる会社関係者には該当しない、という点に関連して、
>これは、未公表の重要事実を公表する前に、会社自身(発行者自身)が自社株式を市場内外で取引をしても、
>インサイダー取引には該当しない、という意味になります。
と書いたわけですが、決定事実を未公表のまま自己株式の取得を行うと、インサイダー取引規制に触れる可能性があるようです。
このことは、金融商品取引法では結局のところ会社自身(発行者自身)も間接的に@内部者と定義している、という意味です。
結局、上場企業自身は規制の対象となる会社関係者には該当しない、という考え方はしない方がよいということだと思います。
また、昨日は、村上ファンド事件について、
>いわゆる167条違反に問われた事例であるあの村上ファンド事件では、
>実は全く筋違いな部分が争点になっていた、ということだと思います。
>全く争点にならない部分について争われ、インサイダー取引に該当する、と判示された、ということではないかと思います。
>公開買付者本人から公開買付の情報を受領した村上ファンドは、実は始めから完全無罪だったのではないかと思います。
>村上ファンド事件は始めから完全な冤罪だった、ということになります。
と書きましたが、これらの記述は訂正します。
「公開買付者の役員」から「公開買付者が公開買付を行うことを決定したこと」について情報を受領し、
公開買付者がその決定事実を未公表のまま情報受領者が対象者株式を買い集めることは、
条文上はやはりインサイダー取引に該当するのだと思います。
現行の金融商品取引法では明らかにインサイダー取引に該当しますし、
2005年当時の証券取引法でも(この点については改正はないと思いますので)インサイダー取引に該当すると思います。
条文解釈上は、やはり村上ファンドは証券取引法違反(有罪)になると思います。
条文に照らせば、やはりインサイダー取引に該当する行為を行ったわけですから、裁判所は「再審」を行う必要はありません。
ただ、理論的にと言いますか、元来の証券取引法の基礎概念(市場の投資家をいかに保護するか)から考えますと、
「公開買付者の役員」から「公開買付者が公開買付を行うことを決定したこと」について情報を受領し、
公開買付者がその決定事実を未公表のまま情報受領者が対象者株式を買い集めて株式売却益を得ても、
そのこと自体は何ら不公平な取引ではない(市場の投資家の利益は害されてはない)、という考え方になると昨日は思ったわけです。
昨日は、十分に考えを整理しないまま思いつくままにコメントを書きましたので、
言葉が足らず説明不足の点が多々あったと思います。
今日は、「公開買付者が自然人である場合」を起点にして、議論を進めてみました。
「公開買付者が自然人である場合」を起点にすると、証券制度の枠組みがはっきりと整理できるように思いました。
「公開買付者が自然人である場合」を起点にすると、
議論をする中で、少なくとも法人におけるフィデューシャリー・デューティーの問題を度外視できるわけです。
公開買付者が自然人の場合、公開買付の決定事実の公表前に公開買付者自身が市場で対象者株式を買い集めても、
何の問題も生じないと思いました。
また、公開買付者の友人が未公表の決定事実を利用して株式利益益を得ても、市場の投資家の投資判断に影響はないと思いました。
公開買付者が法人の場合は、証券制度における問題とは別の問題が潜んでいるというだけではないかと気付きました。
金融商品取引法はディスクロージャーの法ですが、それは「発行者のディスクロージャーに関する法」であって、
投資家のディスクロージャーの法ではないわけです。
相対取引によりある投資家が株式売却益を得ても、実は市場の投資家には何の影響も及ぼさないわけです。
それで、公開買付に関してもほとんど同じような考え方ができないだろうかと思いました。
以上の議論を踏まえた上で、法人自体は会話をしたり公表したりできません(役員が会社を代表して会話や公表を行うだけ)ので、
公開買付者が自然人の場合に公開買付者が未公表の情報を他者に伝達することは、
公開買付者が法人の場合に「公開買付者の役員」が未公表の情報を他者に伝達することに等しいと思いましたので、
「公開買付者の役員」から「公開買付者が公開買付を行うことを決定したこと」について情報を受領し、
公開買付者がその決定事実を未公表のまま情報受領者が対象者株式を買い集めることは、
理論的には何の問題もない、と思ったわけです。
自然人と法人の差異を鑑みると、概念的に言えば、公開買付者=「公開買付者の役員」なのです。
公開買付者自身から聞くことは「公開買付者の役員」から聞くことと同じなのです。
意思決定の所在という点から言っても、機関決定という言い方はしますが、法人自身は意思決定を行うことはできないわけです。
役員が会社を代表して法人の意思決定を行うだけなのです。
法人においても、意思決定を行うのはあくまで自然人なのです。
意思決定をしたのは誰か(公開買付の決定者は誰か)、という点から考えても、
未公表の決定事実を公開買付者自身から聞くことは「公開買付者の役員」から聞くことと同じだ、と思ったわけです。
それで、昨日は乱暴な議論になってしまいましたが、村上ファンド事件は始めから完全な冤罪だった、と書いたわけです。
村上ファンドは、条文解釈上(もちろん裁判では条文に違反しているか否かが争われるわけですが)はやはり証券取引法違反、
元来の証券制度の理論上は完全無罪、と言ったところでしょうか。
最後に、先ほど、
>金融商品取引法はディスクロージャーの法ですが、それは「発行者のディスクロージャーに関する法」であって、
>投資家のディスクロージャーの法ではないわけです。
と書きましたが、この点について一言だけ付言します。
議決権行使の個別開示を株主に要請するというのは、
株式の売買の状況の個別開示を株主に要請する、というようなものではないかと思います。
そもそも、株主による株式の売買の状況は、市場の投資家の投資判断に影響を与えないものだ、
と理論的には考えなければならないと思います。
同様に、株主による議決権行使の状況は、市場の投資家の投資判断に影響を与えないものだ、
と理論的には考えなければならないのではないでしょうか。
結局のところ、「発行者のディスクロージャー」のみに基づき投資家は投資判断を行う、
と理論的には考えなければならないのではないかと思います。
市場の投資家の投資判断とは全く無関係のことを市場に開示するよう要請されているな、とよく思う今日この頃です。