2017年4月12日(水)



昨日コメントを書きました日立建機株式会社による豪州企業Bradken Limitedの株式に対する公開買付について、
関連するある興味深いプレスリリースを見かけましたので、紹介して一言だけ追記します。


2017年4月11日
http://citizen.nobody.jp/html/201704/20170411.html


 

2016年12月14日
旭硝子株式会社
Vinythai Public Company Limitedの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ
ttp://www.agc.com/news/20161214.pdf


2017年2月23日
旭硝子株式会社
Vinythai Public Company Limitedの買収完了について
ttp://www.agc.com/news/20170223.pdf


2017年3月1日
旭硝子株式会社
Vinythai Public Company Limited株式の公開買付けについて
ttp://www.agc.com/news/20170301.pdf


2017年4月12日
旭硝子株式会社
Vinythai Public Company Limited株式の公開買付けの結果に関するお知らせ
ttp://www.agc.com/news/20170412.pdf

 


旭硝子株式会社がタイのある上場企業を子会社化する、という事例になります。
その上場企業はある会社の子会社だったのですが、その上場企業の株式の譲渡を受けた結果、
旭硝子株式会社が新たに親会社になった(子会社化が達成できた)わけです。
これはまさに「支配株主の異動」に該当するわけですが、旭硝子株式会社は相対取引により株式の取得を行ったわけです。
日本で言えば、金融商品取引法上、必ず公開買付が義務付けられる場面ですが、
タイでは上場企業の株式の過半数を相対取引で譲渡することが認められているようです。
ところが、この事例(タイの証券法制)でここが興味深い点なのですが、
旭硝子株式会社は株式の過半数を相対取引で取得した後(相対取引により子会社化が完了した後)、
取得していない残りの株式に対して公開買付を実施しているのです。
これは、旭硝子株式会社が上場企業株式の過半数を相対取引で取得するに際して、
支配株主の異動が生じるにも関わらず、他の株主は株式売却の機会が得られなかったために、
投資家保護の観点から事後的に(過半数の株式の取得後)公開買付を行うことをタイの証券法制が義務付けているからだと思います。
上場企業の株式の過半数を相対取引で取得したいのならそうしても構わないが、
その場合は、株式取得者は、相対取引における条件(株式譲渡価格)と同じ条件で公開買付を実施し、
一般投資家に同一条件で株式を売却する機会を提供しなければならない、という考え方をタイの証券法制は行っているのだと思います。
私の推測ですが、その際の公開買付には、日本で言う「買付予定数の上限」は設定できないと思います。
応募があった全ての株式を買い付けなければならない、という証券制度になっているのだと思います。
昨日のオーストラリアの公開買付には、「応募がなかった株式も含めて発行済みの全ての株式を買い付けなければならない」
という意味の全部買付義務が課せられていたわけですが、
この場合(支配株主の異動が生じた後)におけるタイの公開買付には、
「応募があった株式は全て買い付けなければならない」という意味の全部買付義務が課せられていたわけです。
また、日本の公開買付には、「買付予定数の上限」を「3分の2」に設定した場合には、「3分の2以上」の応募があった場合、
応募があった全ての株式を買い付けなければならない(「3分の2」だけを買い付けることはできない)、
という意味の全部買付義務が課せられています。
同じ「公開買付における『全部買付義務』」でも、その意味が国によって非常に大きく異なる、ということになるわけです。
これは、証券市場における零細株主の保護をどのように図っていくか、の問題であるわけです。
零細株主の保護に最重点を置く(買収者の目的や利便性を度外視する)ならば、
オーストラリア型(大本はイギリス型と言うべきなのでしょう)が一番良い、ということになるでしょう。
また、買収者の目的や利便性に重点を置くならば、公開買付者に全部買付義務は一切課さない、という考え方になるでしょう。
では、タイの証券制度(公開買付)における零細株主保護の考え方(公開買付規制)についてはどうかと言いますと、
事後的ではあるものの、零細株主の保護に重点を置いた考え方だと思います。
零細株主の立場からすると、「支配株主の異動」が生じたのを確認した後で、公開買付に応募するか否かを決めることができる
わけですから、新たな親会社を見た上で、公開買付の成立・不成立を一切気にすることなく(そこでは成立という概念がない)、
所有株式の売却を決めることができる(応募をした株式は必ず全て買い付けてもらえる)わけです。
イギリス型ほどではないにせよ、タイの証券制度も零細株主の保護に極めて重点を置いた制度だと言えるでしょう。

 


イギリス型は支配株主の存在を前提としていない一方、タイの証券制度は少なくとも支配株主の存在は前提としています。
タイの証券制度は支配株主の存在を前提としつつ、最大限零細株主の保護を図ろうとしている、と言えるでしょう。
また、タイの証券制度では、「支配株主の異動」を株主が決められない、という欠点があると言えるでしょう。
「支配株主の異動」は、支配株主と買収者との間だけで決めることができる(この部分は当事者間の相対取引だから)わけです。
つまり、「支配株主の異動」を他の株主が拒否することはできないのです。
一方、逆にイギリス型は、言わば支配株主の異動を応募という手段により株主が決められる、ということになります。
つまり、株式譲渡を拒否できる(会社に完全親会社が誕生することを株主は拒否できる)、ということになります。
この点については、株主総会決議を頭にイメージすれば分かるのではないでしょうか。
イギリス型は、一旦株主が株式の譲渡を承認すれば、一足飛びに零細株主の存在自体が消滅するのに対し
(だからこそ、零細株主の利益は保護されると言えるわけです)、
タイの証券制度では、「支配株主の異動」が生じた後も零細株主が残るといえば残るわけです。
そして、その「支配株主の異動」も他の株主は拒否できないわけです。
そのため、その残った零細株主は事後的に実施される公開買付に応募することにより、
零細株主の立場から脱却しようと思えば脱却できる(一種のエグジットが事後的にできる)、
という制度にタイの証券制度はなっているわけです。
「所有権絶対の原則」という考え方が民法にありますが、証券制度というのはその所有権の絶対性を否定することにより、
投資家保護を図ろうとしている、という言い方ができると思います。
イギリス型の公開買付では、株主の承認が必要だと書きましたが、それは「総意としての株主」という意味です。
51%の株主が賛成すれば、残り49%の株主の所有権は否定されるわけです。
ただ、長い目で見ればそうした方が投資家の利益保護に資する(不当なスクイーズアウトを未然に避けられる)と考えるからこそ、
イギリス型は公開買付者にそうした規制を課しているのだと思います。
一方、タイの証券制度では、少なくとも所有権の否定は起こっていないわけです。
「支配株主の異動」に関しては、支配株主と買収者との間で自由意思に基づき行われたことですし、
事後的に行われる公開買付にも零細株主は自由意思に基づき応募をすることができます。
誰の所有権も否定されてはいないわけです。
タイの会社法制にも日本同様スクイーズアウトの規定があるのかもしれません。
スクイーズアウトの場面では、確かにタイにおいても所有権を否定することになるのでしょうが、
少なくとも「支配株主の異動」に関連する場面に関して言えば、所有権の否定は起こらない法制度になっている、と言えるでしょう。
改めて考えてみますと、「所有権の絶対性と証券制度における投資家保護とはトレードオフ(二律背反)の関係にある。」
と思いました。
たとえ「支配株主の異動」が生じるとしても、そもそもなぜ所有株式を相対取引で譲渡してはならないのか、
という疑問があるわけです。
しかし、そこは、投資家保護の観点を導入することで、市場取引か公開買付という形でしか「支配株主の異動」は生じてはならない、
という規制を課することで、株主の所有権を否定しているわけです。
イギリスでは、たとえ市場取引であっても、買収者が過半数の株式を取得することは認められていないわけです。
イギリス型というのは、悪く言えば、それほどまでに株主の所有権を否定している、という言い方ができるわけです。
しかし、そうした方が長い目で見れば投資家の利益保護に資すると考えるからこそ、そうした証券制度を採っているわけです。
「所有権絶対の原則」を完全に突き通すということは、証券市場では投資家の100%自己責任だ、という意味になるのだと思います。
しかし、「投資家の100%自己責任」から「投資家保護」に証券制度が軸足を移すと、
所有権を否定せざるを得ない場面が出てくる(それが「所有権絶対の原則」を貫徹するわけにはいかない理由だ)、
ということになるのだと思います。