2016年12月19日(月)



富士フイルム、武田の試薬子会社を買収 1500億円

 富士フイルムホールディングス(HD)は15日、事業子会社の富士フイルムを通じ、武田薬品工業子会社で試薬などを手掛ける
和光純薬工業を買収すると正式に発表した。
2017年2月から実施するTOB(株式公開買い付け)の費用は1547億円で、4月に子会社にする。
技術革新が進む再生医療分野で試薬などを総合的に手掛け、成長市場の需要取り込みを狙う。
 買収に際して武田薬品などから和光純薬が3割超に当たる自社株を買い取るためTOBとは別に970億円の費用がかかる。
都内で同日開いた記者会見で富士フイルムHDの古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)は
「自社が持つナノテクノロジー(超微細技術)や化学の技術と、和光純薬の試薬や化成品、高機能材などの技術を生かし
事業を伸ばす」と述べた。
 和光純薬は15年度の売上高が794億円。富士フイルムは買収による相乗効果で21年度に売上高を1000億円に増やす計画だ。
再生医療事業を共同で手掛けるほか、営業網も相互に活用して販売を増やす。
(日本経済新聞 2016/12/16 3:01)
ttp://www.nikkei.com/article/DGXLZO10727300W6A211C1MM8000/

 


過去の関連コメント

2016年12月18日(日)
http://citizen.nobody.jp/html/201612/20161218.html

 



2016年12月15日
富士フイルム株式会社
富士フイルム 和光純薬工業を買収 武田薬品工業と株式公開買い付けの応募に関する契約を締結
ttp://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/articleffnr_1131.html

 

2016年12月15日
富士フイルムホールディングス株式会社
和光純薬工業株式会社株券に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ
ttp://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/pack/pdf/articleffnr_1131_01.pdf
ttp://www.fujifilmholdings.com/ja/investors/pdf/other/ff_irnews_20161215_001j.pdf

 

2016年12月15日
富士フイルムホールディングス株式会社
和光純薬工業の買収による富士フイルムの成長戦略
ttp://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/pack/pdf/articleffnr_1131_02.pdf

 

2016年12月15日
和光純薬工業株式会社
富士フイルム株式会社による当社株券に対する公開買付けに関する意見表明及び自己株式の取得に関するお知らせ
ttp://www.wako-chem.co.jp/news/2016/pdf/20161215.pdf

 

2016年12月15日
武田薬品工業株式会社
和光純薬工業株式会社株式の富士フイルム株式会社への譲渡について
ttp://www.takeda.co.jp/news/2016/20161215_7643.html

 


【コメント】
富士フイルムホールディングス株式会社による企業買収(和光純薬工業株式会社の完全子会社化)の事例です。
以下、主に2016年12月15日に富士フイルムホールディングス株式会社が発表した
「和光純薬工業株式会社株券に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」を題材にして、この事例に一言だけコメントします。
2017年2月下旬を目途に、富士フイルム株式会社が和光純薬工業株式会社株式に対して公開買付を開始する計画であるわけですが、
この企業買収で特徴的なのは、対象者が当該公開買付の開始日の前日までに対象者株式の取得(自己株式の取得)を実施する
計画となっている、という点です。
そして、公開買付者は、対象者が所有している対象者株式(自己株式)については当該公開買付の対象とはしない、
という計画になっているようです。
金融商品取引法上は、対象者が所有している対象者株式(自己株式)についても自動的に公開買付の対象となるのですが、
対象者は、公開買付には賛同の意見を表明しており、公開買付に対象者が所有している対象者株式(自己株式)を
応募する方針は全くないようです。
このたびの企業買収の大まかな流れは、
@対象者による自己株式の取得→A公開買付者による対象者株式の買付→B公開買付者が対象者を完全子会社化するための手続き
となります。
「B公開買付者が対象者を完全子会社化するための手続き」の具体的手法は、
公開買付者を完全親会社、対象者を完全子会社とする「株式交換」とのことです。
ただし、通常の株式交換とは異なり、株式交換の対価は完全親会社株式ではなく、「完全親会社の親会社の普通株式」とのことです。
すなわち、当該株式交換においては、対象者の残りの株主には対象者株式の対価として「公開買付者の親会社の普通株式」を
交付することを予定している、とのことです。
このような株式交換は、俗に「三角株式交換」と呼ばれます。
現時点では、富士フイルム株式会社は富士フイルムホールディングス株式会社普通株式を所有していないと思いますので、
株式交換の対価として和光純薬工業株式会社株主に交付するために、株式交換の実施日までに、
富士フイルム株式会社は何らかの方法で富士フイルムホールディングス株式会社普通株式を取得・保有しておく必要があります。
富士フイルムホールディングス株式会社普通株式の取得方法はいくつか考えられますが、
市場内で発行済株式を買い集めるか、富士フイルムホールディングス株式会社からの第三者割当増資(新株式の発行)を
引き受けるかすることになると思います。
この場合、一番問題が生じない取得方法は富士フイルム株式会社が市場内で
富士フイルムホールディングス株式会社普通株式を買い集めることだと思います。
また、現行の会社法では、株式を無償発行する(すなわち、完全子会社へ無償で株式を渡す)こともできるのではないかと思いますが、
仮にそうはしないとするならば、やはり一定の価額による第三者割当増資(新株式の発行)を行うことになると思います。
ただ、低廉な価額による新株式の発行を「有利発行」と見なされるのを避けたいのなら、
例えば新株予約権(権利行使価額1円等)を一旦間にかます、という手法も考えられると思います。
新株予約権の発行ならば、権利行使価額がいくらであっても新株式の「有利発行」には当たらないのではないかと思います。

 



いずれにせよ、株式交換完全親会社にとっては、
三角株式交換の対価(この場合「公開買付者完全親会社普通株式」)の取得価額と
株式交換完全子会社の株式の取得価額とは異なることが十分に想定されます。
株式交換完全親会社が市場内で「公開買付者完全親会社普通株式」を買い集めるのならば、
市場内における株価と三角株式交換の対価の価額とが公正な株式交換比率により調整されますので、
三角株式交換の対価の取得価額と株式交換完全子会社の株式の取得価額とは一致するのですが、
株式交換完全親会社が従来から三角株式交換の対価を所有していたり、
市場内における株価とは異なる価額で新たに三角株式交換の対価を取得する場合は、
三角株式交換の対価の取得価額と株式交換完全子会社の株式の取得価額とが、
公正な株式交換比率に基づく結果異なってしまう、ということになるでしょう。
なぜなら、公正な株式交換比率は、三角株式交換の対価の市場内における株価に基づくからです。
株式交換完全親会社(公開買付者)にとって、完全子会社(対象者)の一連の株式の取得価額は同じでなければならないはずです。
公開買付により取得した株式の取得価額(買付価格)と株式交換により取得した株式の取得価額は、同じのはずです。
過去の判例上も、公開買付により取得した株式の取得価額(買付価格)と株式交換により取得した株式の取得価額とが
異なっている場合は、公正ではない手続きであると判断されるでしょう。
おそらく、企業会計上は、株式交換により取得した株式の取得価額については三角株式交換の対価の取得価額を承継する、
という会計処理になるのではないかと思います(税務上も同じかもしれません)。
取得手続きにより株式の取得価額が異なる、というのは話がおかしいような気がします。
この点について、「いや、株式交換において株式交換完全子会社の株主は公正な価額の三角株式交換の対価を受け取っている。」
というのであれば、この場合対価の価額とは何なのだろうか、と考えてしまいます。
特に、株式交換完全親会社が株式交換の実施の直前に三角株式交換の対価を公開買付者完全親会社から
低廉な価額で取得する場合のことを考えてみますと、悪く言えば錬金術のようなことをしているなと感じます。
有り体に例え話を言えば、自分が1円で取得した株式を対価に売り手から別の株式を新たに取得したのだが、
その対価の価値は100円であると売り手は思ってくれる、というわけです。
売り手が売ってくれたその株式の価値は、1円なのかそれとも100円なのか、分からないように思います。
おそらく、本質的にこの問いに答えはないと思います。
なぜなら、この取引は本質的に物々交換だからです。
結局、現金を対価に目的物の交換(売買)を行う場合に、目的物の価値が決まる、ということなのだと思います。
現金が目的物の価値を決めるのです。
物々交換では目的物の価値は決まらないのです。
端的に言えば、物々交換の対義語が売買なのだと思います。
売買とは、現金を対価に目的物の交換を行うことなのです。
通常の株式交換であれ三角株式交換であれ、究極的なことを言えば、
対価の価額も目的物(株式交換完全子会社株式)の価額も全く明確ではない、ということになると思います。
皮肉なことに、現金交付式の株式交換を行う場合にのみ、
対価の価額と目的物(株式交換完全子会社株式)の価額とが明確になるのです。
”皮肉なことに”と書いたのは、現金交付式の株式交換は元来の株式交換(株式と株式の交換)の拡張版の1つであるからです。
この論点は通常の合併の場合もそのまま当てはまるのですが、株式と株式の交換は本質的には物々交換だ、と理解するべきでしょう。

 


それで、三角株式交換についてのコメントが長くなってしまったのですが、
今日書きたいのは、最初に書きました「公開買付が開始される前に対象者が実施する自己株式の取得」についてであるわけです。
この「対象者による自己株式の取得」というのは、大きな視点から見ると、
公開買付者(完全親会社)を金銭的に間接的に支援する目的があるといえると思います。
本来であるならば、公開買付者(完全親会社)は対象者(完全子会社)の株式の全てを現金で取得していかねばなりません。
しかし、公開買付者(完全親会社)は、対象者(完全子会社)を完全子会社化した後も、
事業会社として自社の事業を行っていかねばならないわけです。
ですので、公開買付者(完全親会社)としては、買収による現金支出はできる限り少なく抑えたい、という気持ちはあるわけです。
そこで、対象者(完全子会社)の方が、公開買付者(完全親会社)が買い取らなければならない株式数を減らすべく、
公開買付の開始に先立ち、自己株式の取得を行うことにしたのだと思います。
簡単に言えば、買付予定数が減少すれば減少するほど、公開買付者(完全親会社)の金銭的負担(買付代金)は少なくなるわけです。
このたびの公開買付では、対象者(完全子会社)は賛同の意見を表明しているということで、両社が完全に歩調をを合わせ、
完全子会社化が達成された後の親子両会社の事業運営(グループ経営)まで見据えた株式取得手法を両社で考えているのだと思います。
このたびの公開買付では、対象者(完全子会社)の親会社(武田薬品工業株式会社、69.42%所有)が公開買付に応募することを
約束をしているということで、公開買付の成立そしてその後の完全子会社化は事実上確定しているようなものです。
そうしますと、対象者(完全子会社)としては、完全子会社化後のグループ経営や事業上のシナジーの追求に重点を置くべきであり、
例えば株主(完全親会社)への配当には力を注ぐべきではない(経営上注ぐ必要はない)、という考え方になってくるわけです。
つまり、他に目的があるのなら、利益剰余金は減らしても経営上問題はない、という考え方も出てくるのだと思います。
それで、公開買付者(完全親会社)の金銭的負担を減らすべく、
対象者(完全子会社)が事前に自己株式の取得を行っているのだと思います。
資本会計(資本充実の原則等)上はややおかしな論点もあると思います。
また、配当を受け取ることを目的としている株主と配当を受け取ることは目的とはしてない株主(事業上のシナジーの追求が目的等)
の両方の株主が会社にいるという状態は、株主平等の原則に反すると言えるでしょう。
確かにこのたびの事例に関しては、完全子会社化が達成された後であればもちろん後者の株主しかいない状態になるわけですが、
一般論の話をすると、理論上会社には「配当を受け取ることを目的としている株主」しかいない、
という状態でなければならないのではないかと思います。
なぜなら、株主は会社の経営を取締役に委任しているからです。
他の言い方をすると、株主が会社と事業上のシナジーを追求すること自体が理論上は間違いだ、ということになると思います。
完全子会社(株主は1人だけ)であればこの問題は生じないというだけのことであり、
「株主の目的」が株主によって異なることは、株主平等の原則に反するのではないかと思います。
事業上のシナジーの追求を目的としている株主(事業会社)であれば、自社との事業上のつながりから内部留保を最優先するでしょう。
しかし、一般の株主は配当を優先して欲しいと考えるかもしれません。
理論的には、「株主の目的」が全株主で一致しているから、株主は取締役に会社の経営を委任できるのではないでしょうか。
会社は、「配当を支払うか内部留保をするか」という配当政策についても、株主にフェア(全株主に中立)でなければならない、
という気がします(配当金額自体は当然全株主にとって平等でしょうが、ここでは定性的・合目的的な意味合いでのフェアです)。
多数決の論理を持ち込めばそれもありでしょうが、株式会社の原理的な仕組みとしては、以上のような考え方になると思います。
法理的・会計理論的にはこのようなことが考えられるが経営戦略論としてはこのようなことが考えれる、といった具合になりますが、
このたびの完全子会社化を良心的に解釈すれば、対象者(完全子会社)による間接的な金銭的支援の目的があると言えると思います。

 



それでは、「公開買付が開始される前に対象者が実施する自己株式の取得」について気になった点について少しだけコメントします。
2016年12月15日に和光純薬工業株式会社が発表した
「富士フイルム株式会社による当社株券に対する公開買付けに関する意見表明及び自己株式の取得に関するお知らせ」には、
対象者は、自己株式の取得に際し、「株主からの株式の譲渡の申込を受け付ける。」というようなことが書かれています。
「本自己株式取得の日程(予定)」として、

>株式の譲渡しの申込期日     平成29年2月14日
>本自己株式取得の効力発生日 平成29年2月24日

と書かれています(10/30ページ)。
そして、申込が多数の場合は、按分比例の方法で株式を取得する、と書かれています。
「会社が株主から株式譲渡の申込を直接受け付ける」ということで、取引形態としてはこれは相対取引だと思います。
このような取引が金融商品取引法上認められるのかどうかは分かりません。
ただ、株式譲渡の申込は公表資料を用いて会社の全株主を対象としている(非常にオープンな形で募集をしている)ということで、
株主を差別的に取り扱っている(一部の株主のみから株式を取得する)ということは一切ないかと思います。
ただ、改めて考えてみますと、結局のところ、和光純薬工業株式会社が2017年2月に行おうとしている株式取得の手続きを
明文化し制度化したものが、まさに金融商品取引法の公開買付なのではないでしょうか。
金融商品取引法上、公開買付を実施するに当たっては、公開買付開始公告の公告と公開買付届出書の提出が求められます。
このような自己株式の取得が認められるならば、そもそも金融商品取引法に公開買付の規定自体が不要ということになるでしょう。
和光純薬工業株式会社は、金融商品取引法に従い、単純に自己株式の公開買付を行うべきなのではないかと思います。

 



次に、昨日2016年12月19日(月)のコメントで書いたことなのですが、この自己株式の取得価額についてです。
昨日2016年12月19日(月)のコメントでは、会社による端株の買取価格(自己株式が端株の場合の取扱い)について、

>対象者は端株をプレミアムを付けて買い取る必要はないわけです。

と書きました。
このたびの事例では、和光純薬工業株式会社は、「株主から見た場合に」公開買付と自己株式の取得とで差異が生じないよう、
意図的に自己株式の取得価額は買付価格と同一にしています。
それはそれで、もちろん公開買付者(完全親会社)に対する対象者(完全子会社)による間接的な金銭的支援の目的に適うものです。
しかし、昨日書きましたように、「公開買付者から見た場合の株式の取得」と「会社から見た場合の株式の取得」とでは
議決権という点において本質的に異なるものがあるわけです。
公開買付者は支配権の取得を目的にプレミアムを付けます。
しかし、会社には支配権の獲得という概念自体がないわけです。
意図的に自己株式の取得価額と買付価格とを同一にしたのは、完全子会社化達成後までをも見据えたグループ経営戦略の一環だ、
という見方はできるわけですが、上場企業において自己株式の取得価額は株価に基礎を置くべきという考え方からすると、
自己株式の取得価額にプレミアムが付いているのは理論的にはおかしいと思います。
それから、同じく、昨日2016年12月19日(月)のコメントで書いたことなのですが、保有議決権割合の変動についてです。
自己株式の取得を行うと、全株主の保有議決権割合が必ず変動します。
自己株式の取得に応じた株主だけではなく、自己株式の取得に応じなかった株主の保有議決権割合も必ず変動します。
株式併合を行った場合も、通常は全株主の保有議決権割合が変動するのですが、
昨日書いた問題点が自己株式の取得にもそのまま当てはまるのです。
ただ、昨日のコメントとは異なり、対象者が自己株式の取得を行うのは公開買付の開始前ですので、
買付期間中に全株主の保有議決権割合が変動するわけは全くありません。
昨日の株式併合の場合とは異なり、このたびの事例では自己株式の取得が公開買付に影響を及ぼすことは全くありません。
ただ、買付期間中に対象者が自己株式の取得を行いますと、公開買付終了後に公開買付者が保有する議決権割合が、
公開買付開始前に想定していた議決権割合とは必ず異なってしまいます。
結論を言いますと、買付期間中には対象者は自己株式の取得を行ってはならない、となると思います。

 


また、上記の論点と関連のあることですが、公開買付者である富士フイルム株式会社が
「富士フイルム 和光純薬工業を買収 武田薬品工業と株式公開買い付けの応募に関する契約を締結」
を発表した2016年12月15日現在、
そして、公開買付者の完全親会社である富士フイルムホールディングス株式会社が
「和光純薬工業株式会社株券に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」を発表した2016年12月15日現在、
公開買付者である富士フイルム株式会社は、まだ公開買付開始公告を行っていませんし、まだ公開買付届出書も提出していません。
その点についてはプレスリリースに今後の「日程」という形で記載されているではないか、と思われると思います。
確かに、プレスリリースには、

>公開買付開始公告予定日      平成29年2月27日(月曜日)
>公開買付開始届出書提出予定日 平成29年2月27日(月曜日)

とはっきり書かれています。
もちろん私も、まだ公開買付開始公告を行っておらずまだ公開買付届出書も提出していないことが問題だ、
といいたいわけではありません。
ただ、公開買付者は買付予定数以外は全て「公表」していますので、買付条件の変更は法令上もしくは実務上はもはや難しくなった、
という言い方ができないだろうかと思ったのです。
現行の金融商品取引法では、「公表」という概念が極めて重要であり、
「公表」は法定開示書類の提出に準じる効用を持つものと解されているように思うのです。
もちろん、買付予定数が決まっていない以上、公開買付開始公告の公告も公開買付届出書の提出もできないわけですが、
一旦「公表」をしたのに買付条件の変更を行うことは、風説の流布や相場操縦に類する行為と見なされるのではないか、
と思ったのです。
あれはただの適時開示(その時の状況を開示したものに過ぎない)だ、法定開示書類の提出とは異なる、
だから、直近の株式市場の動向を踏まえ買付価格を2016年12月15日発表から引き下げる、
ということが果たして認められるのか否か(明文の禁止規定はないのかもしれませんが)。
「業績予想の修正」が認められるなら「買付価格の予定の修正」も認められるのでしょうか。

 


それから、対象者の現在の親会社である武田薬品工業株式会社はこのたびの公開買付に応募することを約束する
応募契約を締結しているわけですが、その応募契約の契約相手(相手方)は公開買付者である富士フイルム株式会社とのことです。
そのことも一見当たり前のことではないかと思われるかもしれませんが、私はふと、
応募契約の契約相手(相手方)は、公開買付者である富士フイルム株式会社ではなく、
公開買付者の完全親会社である富士フイルムホールディングス株式会社とする、という考え方はあるだろうかと思いました。
本日2016年12月19日、キヤノンが東芝から東芝メディカルシステムズ株式の取得を完了した、という報道がありましたが、
独禁法当局の審査の影響を避けるため、東芝が一旦第三者の特別目的会社(SPC)に株式を売却するという手法を取った
ということで、この点(取引の非対称性)について私は何回かコメントを書いたことがあるかと思います。
東芝からすると、株式の引渡し相手(SPC)と対価を受け取る相手(キャノン)とが異なることになりますし、
キャノンからすると、株式を受け取る相手(SPC)と対価を支払う相手(東芝)とが異なることになるわけです。
株式売買契約も、売り手と買い手との間で締結するわけです。
そして、株式の引渡し・対価の支払いも、売り手と買い手との間で行うわけです。
何事も「売り手と買い手との間で行う」という点については、私自身これまでも何回も書いてきたことですが、
単に、「この公開買付に応募することを約束して下さい。」、「はい、分かりました。必ず公開買付に応募します。」、
という内容の応募契約であれば、公開買付者(買い手)と対象者株主(売り手)との間でなくてもよいのかもしれない、
とふと思ったわけです。
目的物の引渡しと対価の支払いの部分は、絶対に「売り手と買い手との間で」行わなければならないのですが、
「所定の期日にこのようなこと(行為)をする約束をする。」というだけであれば、言わばその行為の当事者間でなくてもよい、
ということになるのかもしれないなと思いました。
M&Aはよく結婚に例えられたりしますが、例えば自然人における「将来の結婚の約束」(いわゆる婚約)も、
夫と妻との間だけではなく、夫と妻の両親との間で行うこともできますし、夫と夫の職場の上司との間で行うこともできるわけです。
結婚には「仲人」と呼ばれる人がいますが、結局、「仲人」の顔には泥は塗れないから、婚約はとても破棄できない、
という状況(社会的人間関係)が作られるのだと思います(婚約を破棄したら人生が大変なことになる、と)。
要するに、当事者だけではなく他の誰かの助けを借りる形で契約の履行に心理的圧力をかける、
ということも契約という場面では大切なのではないかと思ったのです。
このたびの事例では、意思決定権の関係上、対象者は今後富士フイルムホールディングス株式会社の子会社になるということで、
富士フイルムホールディングス株式会社にとっても、公開買付への応募は絶対に約束してもらわなければならないわけです。
ですので、公開買付者ではなく、完全親会社であり上場企業でもある富士フイルムホールディングス株式会社が、
対象者の株主と公開買付に関する応募契約を締結することは現実にもあり得ると思ったのです。
社会的権威・社会的影響力が大きい人が契約者になった方が、契約の履行のためには有利だ、ということは現実にあると思います。
取引は必ず対称でなければなりませんが、将来の取引の履行を約束する人は必ずしも取引の当事者でなくてもよい、
と理論的にも現実にも言えると思います。
人生を賭けた心理戦ではありませんが、子の結婚の約束を親が保証する、というようなことは現実にもあると思います。
現行民法上、親の子に対する「勘当」はないのですが、現代社会においても社会的な「勘当」は現に存在すると思います。
それと同じで、M&Aの場面でも、社会的権威・社会的影響力が大きい人が契約者になる、ということはあると思いました。
公開買付者の完全親会社である富士フイルムホールディングス株式会社が応募契約の相手方になる、
というのは実は何らおかしなことではないのです。

 


最後に、先ほど、株式会社の原理的な仕組みと株主平等の原則に関連して、

>会社は、「配当を支払うか内部留保をするか」という配当政策についても、株主にフェア(全株主に中立)でなければならない、
>という気がします(配当金額自体は当然全株主にとって平等でしょうが、ここでは定性的・合目的的な意味合いでのフェアです)。

と書いたかと思います。
昨日は、マミヤ・オーピー株式会社が発表した「公開買付開始公告についてのお知らせ」とプレスリリースを題材に
コメントを書いたわけですが、マミヤ・オーピー株式会社のサイトを見ていました、次のようなプレスリリースがありました。


2014年11月28日
マミヤ・オーピー株式会社
新たな事業の開始に関するお知らせ(新製品の販売)(東証発表)
ttp://www.mamiya-op.co.jp/data/news20141128.pdf


表題の通り、新たな事業の開始に関するお知らせであるわけですが、特に「新製品の販売」に関するプレスリリースであるわけです。
今後の日程として、新製品に関する「広告掲載( 日本経済新聞)」や「新規事業説明会」までもが予定されています。
「東証発表」と書かれていますように、証券取引所における適時情報開示の一環として、
このプレスリリースは発表されているわけです。
このプレスリリースを一見した時は、新製品の販売に関してまで適時開示する話だろうか、と思ったのですが、
実はこれは非常に重要なことなのかもしれないと思いました。
最近、「フェア・ディスクロージャー・ルール」が話題になっていますが、
仮にこの適時開示を行わないとすると、「この新製品の購入者」だけがこの新製品に関する情報を知っていることになるわけです。
それは株式投資を行う上で、その株主は他の株主よりも優位な立ち位置にいる、ということを意味しているでしょう。
この適時開示により、この新製品販売に関する情報の有利不利はなくなったわけです。
株主は会社と一切取引を行わない(会社の情報を株主が知ることは一切ない)ならば、
それはそれで特段の情報開示は一切不要であるわけですが、
株主が会社と取引を行う(会社の情報を株主が知る)ことを前提に制度を構築する場合は、
実務上は、何らかのインサイダー取引規制を課するか、
さもなくば「フェア・ディスクロージャー・ルール」を課して株主間の情報格差そのものをなくすようにしていかなければならない、
ということになるのだろうと思いました。