2016年4月30日(土)


2016年4月30日(土)日本経済新聞
ベトナムのスーパー買収 タイ小売り大手
(記事)

 

【コメント】
記事には、「負債を含む買収額」という言葉が書かれています。
日本でも海外でも、いわゆる「買収額」を表すのに負債を含めて表現することが多いわけですが、
厳密に言えば、「買収額」に負債額は含まれません。
なぜなら、買収者は対象会社の株式のみを取得するからです。
買収者は対称会社の負債を取得するわけでもありませんし、さらには、実は対象会社の資産を取得するわけでもないのです。
記事では、買収者は、買収に伴い、対象会社が運営するスーパーとコンビニエンスストアとショッピングセンターを「引き継ぐ」、
と書かれていますが、それは「経営上、意思決定権を行使して、事業の運営を引き続き行っていく」という意味であって、
買収者は、買収に伴い、
対象会社が運営するスーパーとコンビニエンスストアとショッピングセンターを「取得する」わけではないのです。
合併の場合は、取得会社(存続会社)は対象会社(消滅会社)の資産と負債を包括的に承継しますので、
「買収額」を表現するのに対象会社の資産額(いわゆる負債額込み)を用いる方が実態をより適切に表している場合もあるのですが、
取得の場合は、買収者は対象会社の株式のみを取得しますので、「買収額」に負債額を含めるのは間違いだと思います。
取得の場合、対象会社の負債額は取得会社の連結貸借対照表に計上される関係上、
連結ベースで見ると「買収額」には対象会社の負債額が含まれる、というようなことが背景にあって、
「買収額」を表すのに負債を含めて表現することが多くなった、すなわち、
買収による連結貸借対照表の増加資産額を買収額と呼ぶことが多くなったのかもしれません。
もしくは、単純に、「どれくらい大きな会社を買収したか」を表現した方が分かりやすいというようなことが背景にあって、
対象会社の事業運営の規模(すなわち総資産額)を「買収額」と呼ぶことが多くなったのかもしれません。
しかしやはり「買収額」という場合には、取得する側がいくらの金額で買収したのか、という観点から見るべきでしょう。
買収者は、対象会社の資本を簿価で買収するわけでもありません。
やはり、「買収額」は「買収者が買収のため支払った現金額」で表現するべきだと思います。

 



What you call the "amount of an acquisition" generally indicates
the total amount of cash which an acquirer pays in order to acquire its object company.
It doesn't indicate the total amount of assets which the object company owns.
An acquirer acquires only equity or only shares or only voting rights of its object company.
An acquirer never acquires debts of its object company.
It means that what you call the "amount of an acquisition"  generally doesn't include
the amount of debts of its object company.
In other words, what you call the "amount of an acquisition" is generally equal to
the amount of a cash expenditure by an acquirer.

いわゆる「買収額」というのは、通常、対象会社を取得するために買収者が支払う現金の総額のことを指します。
対象会社が所有している資産の総額を指すわけではありません。
買収者は、対象会社の資本のみを、すなわち株式のみを、すなわち議決権のみを取得するのです。
買収者は、対象会社の負債を取得したりは決してしないのです。
つまり、いわゆる「買収額」には、通常、対象会社の負債額は含まれないということです。
他の言い方をすれば、いわゆる「買収額」というのは、通常、買収者による現金支出額に等しいのです。

 


それでは、2016年4月28日(木) のコメントに追記をしたいと思います。

2016年4月28日(木)
http://citizen.nobody.jp/html/201604/20160428.html

2016年4月28日(木) のコメントの後半部分では、
富士通株式会社とニフティ株式会社が同じ日である2016年4月28日(木)に2016年3月期の決算短信を発表したことについて、

>これは、情報開示の観点から、公開買付の発表と決算短信の発表を意識的に同時・同日に行った、ということだと思います。

と書きました。
それで、公開買付者と対象会社の利害が一致している場合は、公開買付者と対象会社が歩調を合わせ、対象会社は、
買付価格をできる限り低く抑えることができるような行動を取る恐れがあるのではないか、といった点について書きました。
その具体例として1つ例を設け、2016年4月28日(木) のコメントは、

>仮に、支配株主という法的地位の関係上(例えば、親会社の取締役が子会社の取締役も兼任している等)、
>公開買付者は事前に対象会社の決算の内容(巨額の減損損失を計上していること等)を知っているのだとしても、
>公開買付者が公開買付を発表するのが決算短信の発表の後の場合は、全くインサイダー取引には該当しないように思います。

と書いて終わったわけです。
では、2016年4月28日(木)のコメントの続きになるのですが、2016年4月28日(木)の設例の逆のパターンではどうでしょうか。
すなわち、公開買付者が対象会社の業績が極めてよい(大幅増益を達成した等)ことを事前に知っている、という場合、
どのようなことが考えられるでしょうか。
仮に、支配株主という法的地位の関係上(例えば、親会社の取締役が子会社の取締役も兼任している等)、
公開買付者は事前に対象会社の決算の内容(大幅増益を達成した等)を知っているのだとしても、
公開買付者が公開買付を発表するのが決算短信の発表の後の場合は、全くインサイダー取引には該当しないように思います。
結局のところ、公開買付者が対象会社の株価に影響を与える重要な情報を一般に公表される以前に知っているとしても、
その情報が一般に公表された後であれば、インサイダー取引には該当しないわけです。
そうすると、以上の議論を踏まえますと、公開買付の発表と決算短信の発表とが同時・同日である場合は、
公開買付者は未公表の情報を基に買付価格を設定した、という言い方ができないだろうか、と思うわけです。
金融商品取引法上は、公開買付者が未公表の情報を基に買付価格を設定することは禁止されてはいないと思います。

 



実は、まさに「公開買付者が未公表の情報を基に買付価格を設定する」というシーンが漫画「島耕作」でありました。
初芝とソムサン電子が、五洋電機の株式取得のため、公開買付を実施しようとしているシーンです。
漫画では、金額ではなくプレミアムで表記されているのですが、本質部分は同じです。
相手よりも高い買付価格を設定しようと、競い合っているシーンです。
ソムサン電子が30%のプレミアムを付けると発表したのに対し、
初芝は40%のプレミアムを付けるべきだ、と島耕作が主張しているのですが、
買収金額があまりに巨額になるため、島耕作は取締役会を納得させる材料は何かないだろうかと模索している場面です。
それで、島耕作が五洋電機まで赴いたところ、五洋電機の社長から取締役会を納得させる決定的な情報を聞く、というシーンです。


”これは明日の記者会見で発表するのですが・・・。”
「専務 島耕作 第5巻」 STEP45 「Candle In The Wind」より

「スキャン1」

 

「スキャン2」


このシーンで、五洋電機は将来極めて有望な有機ELの大型パネルの実用化にメドをつけた、
という情報を、島耕作は一般に公表される前に知ったわけです。
島耕作は、この未公表の事実を初芝の取締役会に伝え、そして40%のプレミアムを付けることを納得させることに成功します。
そして、初芝は、40%のプレミアムを付けて公開買付を実施することを発表するに至ったわけです。
この発表を聞いて、ライバルであるソムサン電子は五洋電機の株式取得から完全に手を引くことになったわけです。
この時、ライバルであるソムサン電子は、五洋電機は将来極めて有望な有機ELの大型パネルの実用化にメドをつけた、
という情報を全く知らなかった、という状況です。
前後を読んでみますと、漫画では、一応、初芝の買付価格の発表は五洋電機の記者会見の後にはなっているのですが、
事の本質部分はまさに「公開買付者が未公表の情報を基に買付価格を設定する」という点であろうと思います。
例えば、問題の重要情報を聞いた時に、島耕作が五洋電機に対し明日の記者会見は中止して欲しいと依頼し、
例えば公開買付期間が終了するまでその情報は公表しないで欲しいと依頼した場合は、金融商品取引法上は適法なのでしょうか。
仮に五洋電機がその重要情報を公表すると、五洋電機の株価は上昇することが予想されるわけです。
そうすると、投資家からは、初芝が設定した買付価格が相対的に低く感じられてしまうことになるわけです。
また、ライバルであるソムサン電子が再びさらに高いプレミアムを付けて挑んでくるかもしれないわけです。
投資家からすると、本来ならば、有機ELの大型パネルの実用化にメドをつけたという情報をも織り込んだ株価を
買付価格を設定する基準にしなければならないのではないか、と言いたくなるのではないでしょうか。
このことは、「公開買付者が未公表の情報を基に買付価格を設定」した結果、投資家が受け取るべき利益が減少してしまった、
ということを意味しないでしょうか。
この論点の背後には、適時情報開示という論点があると思います。
続きは明日書きたいと思います。