2013年11月21日(木)



昨日、株主優待制度について書きました。


2013年11月20日(水)
http://citizen.nobody.jp/html/201311/20131120.html


株主に株主優待券等を付与することは、現物配当(の一種、の亜種)ではないか、という見方もあるのではないかと思います。
株主配分の一環として株主に株主優待券等を付与する際、多くの企業では株主総会決議を取っていないわけです。
これは、株主優待券等のことは利益剰余金の分配としてはとらえていないということになります。
つまり、株主優待制度を実現するための会社財産の消費(株主に付与するためのクーポンを会社でまとめて買うなど)は、
会社の費用(損益計算書上の費用)となっていると言えるわけです。
株主優待券制度はあくまで株主配分の一環として行っていることであるわけですから、
株主優待制度を実現するために会社財産を消費する場合は、会社の費用(損益計算書上の費用)ではなく、
やはり利益処分の一つ(利益剰余金の分配)ととらえるべきなのだと思います。
私は昨日、

>KDDIの通信・通話料の割引は、ドコモの加入者にとっては何の意味もなく、何の便益も受けられないわけです。

と書きましたが、これは見方によっては、「特定の株主のみに利益を与えることと同じ」であるわけです。
なぜなら、KDDIの通信・通話料の株主割引制度は、KDDI加入者という特定の株主のみが利益を得ることができ、
KDDI加入者ではない株主は何ら利益は得られないからです。
また、仮にこの通信・通話料の株主割引制度の導入について株主総会決議を取るとしても、
依然として「特定の株主のみに利益を与えている」という点に変わりはないわけです。
株主平等の原則の例外には、会社法が明文で認めている場合と明文の規定がない場合とがあります。
株主優待制度に関しては、会社法上明文の規定がないということになるのだと思いますが、
仮に株主総会決議を取るとしても、それは私的自治の原則の範囲内として認められるべきなのか、それとも、
株主平等の原則の重要性を鑑み、法理上認められるべきではない(私的自治の原則の範囲を逸脱したものである)のか。
そこに明確な絶対的な判断基準はないとは思いますが。
株主平等の原則の点は置いておくとしても、株主優待制度はやはり本質的には現物配当の側面が極めて強いのではないかと思います。

 


なお、現物配当を行う場合は、株主総会の特別決議によらなければならないと会社法上定められています。
株主優待制度を現物配当と見なす場合は、株主優待制度導入のために株主総会の特別決議を取らなければならない、ということになります。
現物配当であろうとも株主平等の原則の重要さには変わりはない(現金配当の場合と株主平等の原則の重要さは同じだ)と思いますので、
現物配当を行う場合は、株主総会の普通決議でよいのではないだろうかと個人的には思いますが。
現物配当を行う場合は株主総会の特別決議によらなければならないとの会社法の定めには、
理論的根拠はあまりないように思います。
私個人的には、特別決議という概念自体がおかしいのではないだろうかとすら思っています。
特別決議というのは、少数株主の利益保護のため株主平等の原則に修正を加えたもの、と一般に説明されますが、
対価の価額に市場株価が関連してくる場面以外では、究極的には「大株主の利益=少数株主の利益」、となるわけです。
少数株主の利益保護のためだなどというのなら、平等であるはずの大株主の利益保護はどうなるのだ、
という議論になってしまうはずです。
特別決議という考え方には実は理論的根拠はあまりないように思います。
この点は置いておくとしても、ある現物配当が大株主には利益になり少数株主には利益にならないという場面というのはないのではないか、
と思いますので、現物配当を行う場合は株主総会の普通決議でよいのではないだろうかと思います。

 



それから、現物配当の会計処理について見ておきましょう。


企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」(最終改正平成18 年8 月11 日)

現物配当を行う会社の会計処理
「第10項」



会計基準の定めはこの通りなのですが、ここではある上場株式(以下”K社株式”)を現物配当する場合を考えてみましょう。
K社株式の現在の帳簿価額は100円だとしましょう。
そして、配当の効力発生日におけるK社株式の時価について、@120円の場合と、A80円の場合、の2通りについて考えてみましょう。
すると、配当の効力発生日の仕訳はそれぞれ次のようになるわけです。


@120円の場合(仕訳甲)

(K社株式) 20円      / (現物配当充当差益) 20円
(繰越利益剰余金) 120円   (K社株式) 120円


A80円の場合(仕訳乙)

(現物配当充当差損) 20円 / (K社株式) 20円
(繰越利益剰余金) 80円     (K社株式) 80円

 

現物配当充当差損益というのは私の造語です。
会計基準には当該損益の勘定科目名の指定はないようです。
現物配当充当差損益の表示区分は、K社株式が売買目的有価証券なら営業外損益、K社株式が投資有価証券なら特別損益とします。
当該損益の税法上の定め(益金・損金算入可能かどうか)については分かりませんが。

 


ここで、会計基準の定めとは異なりますが、理屈では次のような仕訳も考えられるわけです。


B配当の効力発生日におけるK社株式の時価がいくらであるにも関わらず(仕訳丙)

(繰越利益剰余金) 100円 / (K社株式) 100円


つまり、配当の効力発生日に現物を時価に評価替えせず、その帳簿価額のまま現物配当する、という会計処理です。

「株主はどれだけの価値・価額を持つ会社財産」を配当として受け取ったのが重要ですから、
株主が受け取る現物の価額というのは時価でなければならないのは言うまでもないわけです。
ですから、会計基準の定め通り、仕訳甲、仕訳乙が正しく、仕訳丙は間違いであるわけです。
現金であれば時価=帳簿価額であるわけですが、現物の場合は時価=帳簿価額とは限らない、
という点が現物配当実施に関する実務上の問題点となるのだと思います。

 



ここまでは特段何の問題もない議論かと思います。
ここからが本質部分なのですが、この会計基準の定めそのものについて考えてみましょう。
会社法の定め通り、現物配当に行うに際し株主総会の特別決議は取るとします。
この時、現物の時価が時価≠帳簿価額の場合は、仕訳甲か仕訳乙を切ることになるわけですが、
ここでは敢えて仕訳丙の仕訳を切ることを考えてみましょう。
もしくは、本当は客観的に時価≠帳簿価額であることは明らかであるにも関わらず、
市場価格がないことなどにより公正な評価額を合理的に算定することが困難と認められるなどと言い張り、
敢えて仕訳丙の仕訳を切ることを考えてみましょう。
するとどういうことが言えるかと言えば、本来の公正な価額とは異なる価額分繰越利益剰余金が減少することになるわけです。
本来の繰越利益剰余金の減少額は120円や80円であるはずなのに、100円のみ繰越利益剰余金が減少していることになるわけです。
するとどういうことが言えるかと言えば、「それは一体誰の利益を害していることになるのか?」という疑問が生じるわけです。
現物配当に行うに際し株主総会の特別決議は取っていますから、株主平等の原則には全く反していないわけです。
株主はその現物(K社株式)が配当として欲しいから決議を取ったわけです。
1株当たりの受取額(1株当たりのK社株式の価額)も当然皆同じであり平等です。
株主平等の原則には一切反していませんし、株主の利益を害しているということにもならないと思うわけです。
では誰の利益を害していることになるのかと言えば、実は債権者の利益を害していることになる(場合がある)わけです。
現物の時価が80円の場合はある意味全く問題ありません(債権者の利益が害していない)。
なぜなら、差額の20円分は全て株主が負担しているからです。
時価80円の物を帳簿価額の100円で社外流出させても、債権者の利益を害して株主が会社財産を不当に流出させたことにはならず、
ただ単に差額の20円は全て株主が割を食っているわけです。
債権者にとっては弁済の引き当ては会社財産しかないわけですが、同時に、
株主にも会社財産を配当として受け取る(会社財産を社外流出させる)正当な権利はあるわけです。
その際、時価は80円の物を配当として受け取るのに際して、100円も利益剰余金を減額させるというのは株主が損失を引き受けているも同じ、
ということになり、債権者の利益は害していないことになるわけです。
相対的な話になりますが、時価以上の利益剰余金を減少させることはむしろ債権者の利益になる、とすら言えるかもしれません。
利益剰余金は全額株主のものである一方、利益剰余金は少なければ少ないほど、会社財産の将来の社外流出額が少なくなるわけです。
相対的にはむしろ債権者の利益になる、と言えるかと思います。

 



逆に、現物の時価が120円の場合は以上の議論の正反対ということになります。
現物の時価が120円なのに、100円しか利益剰余金を減少させないことは債権者の利益を害することになるでしょう。
時価が120円の会社財産を社外流出させたのなら、利益剰余金も120円減少させないといけないわけです。
120円の利益剰余金、それが株主の負担です。
利益剰余金を100円しか減少させないのは、株主が十分な負担をしないまま会社財産を社外流出させていることになり、
それは債権者の利益を害していることとイコールでしょう。
これは”相対的に”ではなくより直接的に債権者の利益を害していることになると思います。
なぜなら、現に時価が120円の会社財産が社外流出しているからです。
現物の時価が80円の場合は、差額の20円分は株主が負担していますから、
利益剰余金が過大に減少しているという形で、相対的に債権者が利益を得る形になるわけです。
過大な利益剰余金の減少、それが債権者にとっての相対的な利益です。
債権者に帰属している(引き当てとしている)会社財産が直接的に増えるわけではありません。
ですから「相対的に」です。
しかるに、現物の時価が120円の場合は、利益剰余金の減少額が過少であるのみならず(これだけなら相対的に利益を害されただけでしょう)、
債権者に帰属している(引き当てとしている)会社財産が直接的に減少する(社外流出する)わけです。
これは弁済の引き当てが会社財産のみである債権者にとっては、直接的に利益を害された、と言えるでしょう。

以上の議論は現物出資を悪用した架空増資の議論と対を成すものでしょう。
会社に拠出された財産の時価が帳簿価額(増加資本金額)以上なら、(直接的に)債権者の利益になるでしょう。
逆に、会社に拠出された財産の時価が帳簿価額(増加資本金額)以下なら、(直接的に)債権者の利益を害することになるでしょう。
現物出資を悪用した架空増資は、株主にとってはどういう影響になるでしょうか。
会社に拠出された財産の時価が帳簿価額(増加資本金額)以上なら、発行する株式数が少なくて済むといったことを考えると、
それは既存株主の利益になるでしょう(そして新たな株主が相対的に損をしていることになるでしょう)。
逆に、会社に拠出された財産の時価が帳簿価額(増加資本金額)以下なら、
十分な会社財産が払い込まれていないことももちろん問題ではありますが、発行する株式数が多くなってしまうといったことを考えると、
それは既存株主が相対的に損をしていることになるでしょう(そして新たな株主が直接的に得をしていることになるでしょう)。

「現物出資を悪用した架空増資」と「時価と帳簿価額が異なる会社財産の現物配当」の議論はセットで考えていくと理解が深まるでしょう。
「時価と帳簿価額が異なる会社財産の現物配当」の議論の方は、「現物出資を悪用した架空増資」の議論に比べて、
利益剰余金が絡んでくる分、論点が深くなるのだとは思いますが(現物出資の場合も新株主が絡んでくる分他方より論点は深いわけですが)。
債権者、既存株主、新株主、この三者の利害を十分に理解することが大切だと思います。