2013年11月9日(土)



2013年10月26日(土)日本経済新聞
公募増資、公表直後に価格決定
(記事)

 



【コメント】
2013年11月7日(木)のコメントで、
実務上は「株式の取得価格を決め打ちしてすぐに決定・発表してしまうことが望ましい」という点について書きました。

2013年11月7日(木)
http://citizen.nobody.jp/html/201311/20131107.html


この時のコメントでは、ある企業の株式をこれから取得する場合は、その旨発表すると同時に取得価格も決めてしまうべきである、
と書きました。
この記事の内容は株式の取得とは正反対の新株式の発行ですが、考え方は全く同じであり、
ある企業が新株式を発行する場合も、その旨発表すると同時に発行価格も決めてしまうべきである、となります。
理由はどちらも全く同じであり、市場株価は思惑により大きく変化しますので、
情報の開示時点と実際の株式取得時もしくは新株式の発行時とで、市場株価が無意味に変動してしまう恐れがあるからです。
相手方株式の株価もこの間変動するでしょうし、自社の株価もこの間変動するでしょう。
当初計画した価格での株式取得が不可能になったり、当初計画した価格での新株式の発行が不可能になったりするわけです。
計画の発表したからと言って、相手方株式の株価や自社の株価が変化しなくなるわけではありませんが、
株式市場としてはその発表された価格を一定度の基準として株式の売買を行うようになりますから、
少なくとも、「実際の株式取得価格はいくらになるのか、実際の新株式の発行価格はいくらになるのか」といったことにまつわる
不慮の憶測による異常な価格変化はある程度避けることができるわけです。
先に発表してしまえば、相手方株式の価格を吊り上げようとしたり自社株価を下げようとするような市場の不測の圧力は避けられるわけです。

 



ここで記事の内容に戻るのですが、記事には、関連法規を改正して、

>企業が増資を発表してからすぐに発行価格を決定できるようにする。

と書かれています。
最近の事例を見ますと、確かに実務上は上場企業は増資発表から発行価格を決めるまでに1〜2週間取っていることが多いようです。
ただ、記事に書いてありますように、投資家が投資を検討する「待機期間」のようなものを企業は取るよう、
法令や規則で定められているわけではないと思います。
法令上や規則上は、企業は増資の発表と同時に発行価格も決定・発表して構わないのだと思います。
株式市場に対する影響としても、発行価格が決まらないことには投資家は投資を検討することもできないのではないでしょうか。
増資の発表と発行価格の決定・発表までに間があくと、それこそ不慮の憶測を生む原因になるだけでしょう。

 


この点について、手元にあります金融商品取引法についての教科書を参照しながら法令上や規則上の話をします。
大まかに言えば、上場企業は増資のたびに有価証券届出書を提出しなければなりません。
ここで、有価証券届出書を提出から証券発行の効力発生まで待機期間(原則として15日間)が法令上定められていまして、
この15日間の待機期間が原因で、増資の発表・開示と同時に新株式の発行を実行するということが法令上・実務上不可能となっているようです。
この15日間の待機期間というのは、記事に書いてあるような投資家が投資を検討する期間というより(それも結局一定度はあるでしょうが)、
どちらかと言うと有価証券届出書を社会一般に広く開示することにより、投資家保護の観点から企業や株式の透明性を確保するための期間、
という意味合いの方が強いと思います。
この15日間は、企業や投資家にとって待機期間というより精査期間と呼ぶべきかもしれません。
待機しているのは投資家というより企業の方である、と言うべきかもしれません。
ただ、この場合においても、企業が発行価格を先に決定・発表することは法令上自由だと思います。
有価証券届出書の提出から効力発生までの期間(待機期間)中は、当該募集(公募増資)の投資家の勧誘を行ってはならない、
と定められているだけです。
簡単に言えば、有価証券届出書の提出から15日間経ってないのに証券会社の営業や店頭などで当該募集(公募増資)の株式を売ってはいけない、
という意味です。
企業が発行価格を待機期間中に決定・発表することは法令上自由だと思います。
さらに言えば、有価証券届出書の提出以前であっても、発行価格を決定・発表すること自体は法令上は自由だと思います。
発行価格が決定・発表されれば、投資家にとってこの15日間は検討期間の意味合いも強くなるかと思います。
と同時に、この15日間には弊害もありまして、この期間のために企業は機動的な証券発行が法令上不可能となるわけです。
そこで、金融商品取引法では、定められた発行登録書を提出すれば機動的に証券の発行が行えるようになる発行登録制度が設けられています。
これは簡単に言えば、証券発行計画の事前提出のようなイメージだと思えばいいと思います。
公募増資を行うとする上場企業であれば様々な法定開示書類を既に継続的に提出していますから、
投資家保護の観点から言えば、有価証券届出書を証券発行時に改めて提出することは重要性に乏しい面があります。
したがって、今後の証券発行の計画さえ開示すれば投資家保護の観点から言えば十分である、
との考えからこのような発行登録制度が設けられているのでしょう。
発行登録を行う場合の発行予定期間は、発行登録の効力発生日(発行登録書の受理後15日経過後)から
2年を超えない範囲内の内閣府令で定める期間となっているようです。

 



大まかに言えば一度証券発行計画を事前提出すると2年間は有効とのことですが、この2年間には何か意味はあるのでしょうか。
この発行登録書は詳細な情報開示を目的としたものではなく、企業から株式市場に対する単なる通知(予告・警告)の意味合いしかないわけです。
上場企業であればその後も様々な法定開示書類を継続的に提出し続けるわけですから、
発行登録書は単なる通知(予告・警告)の意味合いなのであれば、有効期間は2年間ではなくもっと長くてもよいようにも思います。
発行登録書の提出や取り下げ自体は投資家保護の観点から言えば悪影響は全くないわけでして、
市場からの希薄化懸念から株価が変動する恐れがあるくらいのこと(株価が変動すること自体は資家保護の観点には反しない)ですから、
法令上は有効期間については何年間が一番適切かは理論上の答えはない(1年間でも2年間でも5年間でもいい)と思います。

仮に、発行登録書は単なる通知(予告・警告)すなわち表面的な将来の潜在増資枠(=「増資はしないかもしれないがするなら最大このくらい。」)ではなく、
投資家の投資判断に大きな影響を及ぼし得る株式市場に対する重大な要素要因であるのだとすれば、
それはこの発行登録制度自体がおかしいと考えなければならないでしょう。
極端な話、大規模な証券発行を記載した発行登録書の提出と取り下げを意図的に短期間に繰り返せば、
株式市場が混乱に陥り、全く無意味に株価が変動しかねず、一種の相場操縦とすら言えるでしょう。

ただ、私としては、発行登録書自体は単なる将来の潜在増資枠の事前通知の意味合いしかないのでは、と思っています。
「増資はしないかもしれませんがもし将来増資をするなら最大このくらいになる予定です。
投資家のみなさんはこのことを心の片隅にでも覚えておいて下さい。
いきなり増資をするということで将来株式市場を驚かせてはいけませんから、現時点で前もって通知をしているところです。」
というふうに、機動的な証券発行の目的の他にむしろ投資家保護の意味合いもあるように思っています。
そのように考えますと、提出も取り下げも自由であり、発行登録書の有効期間は何年でもよく、
また、証券発行の決定でも何でもないわけですから、発行登録書の提出や取り下げは株式市場には全く影響を与えない、と思うわけです。
法令上は、発行登録書は証券発行の決定ではなく、単なる通知(予告・警告)ではないだろうか、と思いますが。
将来株式が希薄化する恐れがあるという懸念を抱かせるなどと言い出せば、
発行登録書の提出なしでも結局証券発行はできるわけですから、
発行登録書を提出していないからと言って将来株式が希薄化する恐れはないとも言えないわけです。
法令上・定義上は、発行登録書は証券発行の決定でも何でもない、単なる通知(予告・警告)だ、となると思います。
もっと言えば、発行登録書自体は法令上明確な定義があるわけですから、
「発行登録書を証券発行の決定だと間違えてしまうのは投資家の勝手だ。それは投資家が悪い。」と言えると思います。
投資家が法令上の定義・用語の意味を間違えてしまうことまで守ろうとするのは、投資家保護の範疇を超えるものではないかと思います。

 


いっそのこと、企業は機動的な証券発行はできないものとし、
金融商品取引法から発行登録制度自体をなくす、という考え方も一方にはあろうかと思います。
発行登録制度がそもそも混乱の元だと、そういう考え方もあろうかと思います。
増資をしないかもしれないしするかもしれない、という(もちろん親切心からの)事前情報開示よりも、
増資をすると正式決定した時に増資をしますと発表する方が株式市場に不測の懸念が生じないため、
むしろ投資家保護の観点に適う、という考え方もあろうかと思います。
話を単純化するため「企業が機動的な証券発行をする」という点についてはここでは度外視するとして、
発行登録制度は、あった方が投資家保護の観点に適うのか、それとも、むしろない方が投資家保護の観点に適うのか。
私にはどちらにも分がありそうに思えます。
投資家保護をどこまで考えるのかで答えが変わってくるのかもしれません。
法令上の定義・用語の意味くらいは正しく理解しておくべき、それも株式を売買する者としての投資家の責任の一つだ(分からないなら買うな)、
と考えるなら、発行登録制度はあった方が投資家保護の観点に適うと思います。
逆に、法律も会計も難しいから混乱の元となりそうなものは極力排除すべき、
と考えるなら、発行登録制度はない方が投資家保護の観点に適うと思います。
まあ、「発行登録書は証券発行の決定ではないことは理解しているが、
増資をしないかもしれないしするかもしれないという事前情報開示をされても妙に気になるだけだしやはり混乱の元ではないか」
という意見もあろうかと思います。
そう考えると、発行登録制度はない方が投資家保護の観点に適うという考えの方に分があると思います。

結局のところ、発行登録書をどうとらえるかで株式市場や投資家にとって極端に話が違ってくるように思います。
これも、「どのような種類や量の情報開示が本当に投資家の保護に資するのか」という議論になるのだと思います。
投資家のために良かれと思って多くの種類・多くの量の情報開示をしたのに、
それがかえって投資家の判断ミスを誘う方向に働いてしまうようであれば、それは本当の投資家保護とは言えないわけです。
投資家の法律や会計の理解力をも勘案しながら、最も適切な情報開示制度を設計していく必要があるのだと思います。
乱暴に言えば、「投資家はバカなのだ。」という前提で制度設計を行った方が投資家保護に資するという場面もあるわけです。
投資家はどの程度法律や会計を理解でき、そして、投資家保護の範疇とはどの範囲までなのか、
ひょっとするとそこに唯一の明確で絶対的な答えはないのかもしれませんが。