2018年8月31日(金)



2018年8月31日(金)日本経済新聞
預託証券 海外発行3割増 6月末時点71社、09年比 年金基金などの投資呼ぶ
(記事)


 


"It is no use handing over the original shares, in case of U.S. investors.
For, unlike American Depositary Receipts, the original shares are unlisted ones in U.S."

「原株式を渡されてもダメなんだよ、米国人投資家の場合はね。
米国預託証券とは異なり、米国では原株式は非上場株式なんだ。」

 

 


【コメント】
日本企業が海外で発行する預託証券(Depositary Receipt)がこの10年弱の間で約3割増加した、という記事になります。
気になった部分を引用し一言だけコメントを書きたいと思います。

>米年金基金など海外企業の株に直接投資できないルールがある海外勢からの投資の受け皿になっている。

>米国では公的年金の一部が、為替リスクや株価変動率の高さなどを理由に外国株への直接投資を制限されている。
>DRは外国企業が発行したものでも国内証券とみなされるため
>「年金基金など内規が厳しい投資家を中心に日本企業のDRへの需要は強い」

米国では、公的な年金基金等では、外国株への直接投資は制限されているが米国預託証券(ADR)への投資は認められている、
と記事には書かれており、米国預託証券への投資は原株式(外国株)への投資に比べリスクが低い、という論調になっています。
しかし、米国預託証券への投資は原株式(外国株)への投資に比べリスクが低いのは、
あくまで米国における証券制度上のディスクロージャー(情報開示)とエンフォースメント(法執行)の点だけです。
すなわち、米国において、外国企業が発行したものであっても米国預託証券が国内証券とみなされるのは、
発行者に対して米国における証券制度上のディスクロージャー(情報開示)とエンフォースメント(法執行)が求められるからです。
「投資家による投資判断という点において、国内証券と米国預託証券は同じである。」、と米国の証券制度では考えている
と言いますか、「投資家による投資判断という点において、国内証券と米国預託証券は同じである。」という状態になるように、
SEC登録を中心とした証券制度が米国では整備されているわけです。
そこにある中心事項はあくまでディスクロージャー(情報開示)とエンフォースメント(法執行)であるわけです。
証券制度では、為替リスクや株価変動率までは考慮しないのです。
為替リスクや株価の動向などについては、あくまで投資家が投資判断しなければならないことなのです。
為替リスクや株価の動向などについては、原株式に投資をしようが米国預託証券に投資をしようが同じなのです。
以下、「原株式に投資をしようが米国預託証券に投資をしようが為替リスクの大きさは同じである。」
という点について簡単な設例を挙げて考えてみましょう。

 


確かに、米国預託証券は米国市場において米ドル建てで取引がなされます(一見すると為替リスクがないかのように思える)が、
「株式の本源的価値」に着目しますと、この記事の場合、「株式の本源的価値」はあくまで日本円建てであるわけです。
株主に分配される残余財産はあくまで「日本円」で支払われるわけです。
カリフォルニア州在住の米国人投資家(以下、"Mr.T")に対しても、日本企業の残余財産は「日本円」で支払われるのです。
現在1ドル=100円、会社清算時1ドル=120円だとしましょう。
今現在、ある日本企業甲の「株式の本源的価値」は100円だと算定をしたMr.Tは、
甲の原株式を買うとしたら1ドルを100円に両替して甲株式1株を100円で(米国から見たら1ドルで)買うことになりますし、
甲の米国預託証券を買うとしたらそのまま1ドルで甲米国預託証券1単位(原株式で言えば1株式分)を買うことになるわけです。
次に、会社清算時のことを考えますと、外国為替市場が固定為替相場制であれば何の問題もありません。
すなわち、会社清算時も1ドル=100円であれば何の問題もありません。
原株式を直接購入した(米ドルで1ドル投資した)場合は、Mr.Tは甲から100円の残余財産を受け取るわけですが、
その100円を1ドルに両替するわけです。
また、米国預託証券を購入した(米ドルで1ドル投資した)場合は、Mr.Tは甲から100円の残余財産を受け取るわけですが、
その100円を1ドルに両替するわけです。
しかし、会社清算時に1ドル=120円になってしまった場合は、米ドルベースでの利益額が減少してしまいます。
原株式を直接購入した(米ドルで1ドル投資した)場合は、Mr.Tは甲から100円の残余財産を受け取るわけですが、
その100円を0.83ドルに両替するわけです。
また、米国預託証券を購入した(米ドルで1ドル投資した)場合は、Mr.Tは甲から100円の残余財産を受け取るわけですが、
その100円を0.83ドルに両替するわけです。
確かに、現在のように変動為替相場制ですと、投資時と会社清算時とで為替レートが異なるという為替リスクがあるわけですが、
以上見ましたように、原株式ではなく米国預託証券に投資をしておけば為替リスクを回避できる、というわけでは全くないわけです。
投資時と会社清算時とで為替レートが異なるという為替リスクの影響は、
原株式に投資をしようが米国預託証券に投資をしようが全く同じなのです。
「原株式ではなく米国預託証券に投資をしておけば為替リスクを"hedge"できる(ヘッジできる、防御できる)。」、
などという考える人の"head"(頭)の中を見てみたいものだと思いました。
米国の投資家から見ると、原株式に直接投資をしようが米国預託証券に投資をしようが、
投資のパフォーマンスは「株式の本源的価値」(この場合はあくまで「日本円建て」)に左右されるのです。
米国人投資家が米国預託証券に投資をしても、この場合、「株式の本源的価値」は日本円で支払われるのです。
為替のことがよく分からない人には、"Depositary Receipt"(預託証券)ではなく"Bank Deposit"(銀行預金)をお勧めします。
そうでないなら、母国の"Government Bond"(国債)が資産運用としてはよいのではないかと思います。
それから、細かいことを言いますと、預託証券には他にもリスクがあります(原株式への直接投資よりもリスクが高い面がある)。
それは、「預託銀行の倒産可能性」です。
預託銀行は、株主名簿にもその名が記載されている発行者のれっきとした株主(発行者に対する実際の出資者)です。
その預託銀行が倒産した場合は、預託証券そのものの位置付けが不明確になる(原株式との理論上・実務上のつながりがなくなる)、
というリスクがあります(通常の証券会社の預かり資産とは異なり、預託証券に関する資産等は分別管理されている資産でもない)。
預託銀行が倒産した場合は、「預託証券の発行者がいなくなる。」という状態になるわけです。
米国の証券制度では、米国人投資家が原株式を直接保有することを認めていない(米国預託証券に一本化されている)かと思います。
また、仮に米国人投資家が原株式を渡されても、その米国人投資家には米国にその原株式を取引する場(市場)はないわけです。
なぜなら、原株式は米国市場で上場していないからです。
逆から言えば、米国預託証券(の取引)は米国の証券制度と米国の市場で完結している(外国や外国の市場は全く関係ない)のです。