2017年12月20日(水)



2017年12月20日(水)日本経済新聞
生産・物流で横断組織 出光・昭シェル、合併に先行 来春 提携効果2割上積み
創業家、反対姿勢崩さず
(記事)





2017年8月14日(月)日本経済新聞
買収完了前の先取り行為に網 営業情報交換や工場統廃合 欧米では多額の制裁金
規制対策の実務は 部門を絞りチーム/情報アクセスも制限
(記事)

 


【コメント】
紹介している2017年12月20日(水)付けの日本経済新聞の記事は、出光興産と昭和シェル石油の合併に関する記事なのですが、
出光興産と昭和シェル石油は、合併に先立ち(合併の効力発生日が到来する前に)、
両社の調達部門や生産部門や物流部門の整理・統廃合を進めており、一体運営を既に開始している、という内容になります。
出光興産の創業家は依然として両社の合併そのものに反対しているわけなのですが、
両社の経営陣は、共に、今後合併を行っていく方針に変更はなく、合併を前提とした事業統合を既に進めているわけです。
記事によりますと、両社は、両社の提携は計画通り進んでおり、合併に先駆けて提携をさらに深めることにしている、
とのことです。
ただ、一方では、2017年12月18日に、出光興産の創業家は出光株式を買い増し、合併反対の姿勢を改めて明確にした、
と記事には書かれています。
出光興産と昭和シェル石油の合併が果たして本当に実現可能なのか否かについては、まだ不透明な点が残っているようです。
法務上の話をすると、出光興産と昭和シェル石油の合併に関しては、株主総会の承認決議すらまだ得られていない状態です。
今後、両社は、2018年6月に開催される定時株主総会か、もしくは、他の期日に開催する臨時株主総会において、
合併の承認決議を取っていかなければならない状況にあるわけです。
昭和シェル石油の株主は合併に賛成する株主が大半のようなので、合併の承認を得るのは問題はないようなのですが、
出光興産の方は、約28%を保有する創業家が合併の議案には反対する意向を依然として崩していないようです。
記事には、出光興産の経営陣と創業家の現代の対立状況について、次のように書かれています

>両者の溝が埋まるのは簡単ではなさそうだ。

 


私が出光興産と昭和シェル石油の合併の事例を題材にして考えたいと思っているのは、
紹介している2017年8月14日(月)付けの日本経済新聞の記事で解説されている「ガンジャンピング規制」についてです。
記事には、「ガンジャンピング規制」について、次のような解説がなされています。

>M&A(合併・買収)が完了するまでは、売り手と買い手に別個の事業体として活動することを求める競争法上の規制。
>@独禁当局の審査の前にM&Aを完了してしまう手続き違反
>AM&Aが完了する前に顧客との取引条件など競争上重要な情報を交換したり、買い手が売り手企業の行為を制限したりする
>実体的な違反(カルテル)―の2種類がある。

出光興産と昭和シェル石油の合併の事例と関連しているのは、上記の「A」の「ガンジャンピング規制」かと思います。
M&Aの完了前に買い手と売り手が競争に影響する情報を交換したり、工場の統廃合を進めるなど統合を先取りしたりする行為は、
欧米の競争法(公正取引に関する法令)では禁じる規制がある、とのことです。
この「ガンジャンピング規制」については私は今まで知らなかったのですが、
日本の独占禁止法には、同じ趣旨の規制はないのではないかと思います。
日本の独占禁止法には、独立企業体間の「カルテル」に関する規制のみがあるのではないかと思います。
欧米の「ガンジャンピング規制」において、
M&Aの完了前に両社で(当事会社間で)実施してよい事柄と実施してはならない事柄については、
記事中の表「M&Aの過程での情報交換に関するルール」にまとめられています。
例えば、「生産拠点に関する基本的な情報」はM&Aの完了前であっても両社で(当事会社間で)交換をしてもよい、とのことです。
M&Aの完了前であっても、両社で協力して両社の生産部門(工場等)の統廃合は進めていってよい、ということだと思います。
一方で、「現在や将来の顧客別、製品ごとの価格情報」や「将来のマーケティング戦略」については、
M&Aの完了前は両社で(当事会社間で)情報交換をすることは禁止されているとのことです。
つまり、M&Aの完了前は、合併後を見据えた両社の販売計画を両社で立案していくことはできない、ということだと思います。
「組織図や人員配置に関する情報」についてはM&Aの完了前は情報交換が禁止されている一方、
「現在や将来の研究開発情報」についてはM&Aの完了前であっても情報交換が認められている、
ということで、率直に言えば、禁止と容認の線引きがいまいちはっきりとしないところはあると思います。

 



ただ、この種の「ガンジャンピング規制」が設けられている理由については、証券市場から見れば明白なのだろうと思います。
すなわち、「合意時点での被買収企業の価値を完了時まで保つこと」がその目的であるわけです。
この種の「ガンジャンピング規制」は、消費者の利益保護を念頭に置いた純粋な(本来の意味の)公正取引規制というよりも、
実は証券市場における投資家保護を念頭に置いた証券規制の側面があると思います。
端的に言えば、M&Aに伴う消費者への影響(消費者の利益保護)のことを考えれば、
M&Aの完了前に両社で統合を進めていこうが、消費者には何の不利益もないわけです。
合意(契約締結)から完了(効力発生)までの期間・時間的空白は純粋に法手続きの(法制度上の)問題に過ぎず、
経営上は、M&Aの完了前に、効力発生を先取して両社で事業の統廃合を進めていくことには何ら問題はないことなのです。
もちろん、M&Aの完了前に、企業が両社で事業の統廃合を進めて行っても、消費者の利益が害されることは一切ないわけです。
ではなぜこの種の「ガンジャンピング規制」が設けられているのかと言えば、
結局のところは「証券市場における投資家保護」なのです。
仮にこの種の「ガンジャンピング規制」がないとしましょう。
その時、その不利益を被る恐れがあるのは、実は両社の株主であるわけです。
例えば、両社で合意され計画されていたM&Aが様々な理由のにより結局破談に終わった場合、
合意発表から破談発表までの間の両社の株価の値動き(株式の取引)というのは、
何の意味もないことになってしまうと言いますか、その間の株式投資はただの投機ということになってしまうわけです。
一言で言えば、「将来の業績予想」が株式投資の判断根拠であるわけですが、
「発表されているM&Aは結局完了しないだろう。」と予想をすることは、株式投資ではないわけです。
投資家は、あくまでも独立した企業体としての「将来の業績予想」に基づき、投資判断をしていかなければならないわけです。
市場に開示されている発行者の財務諸表を中心に、発行者が行う適時開示その他様々な「ディスクロージャー」情報に基づき、
投資家は投資判断を行うものなのです。
しかるに、「発行者により発表・開示され計画されているM&Aは果たして完了するか否か?」という予想・判断というのは、
本来の意味の「将来の業績予想」とは異なるわけです。
簡単に言えば、M&Aが破談になるかどうかを予想するのが株式投資ではないわけです。
M&Aが完了した上で、「では今後発行者の業績はどう変動するだろうか?」という予想・判断を行うのが、
本来の意味の「将来の業績予想」であり本来の意味の「株式投資」であるわけです。
簡単に言えば、M&Aが無事完了しないことには、投資家は「将来の業績予想」ができないわけです。
もしくは逆に、M&Aが結局破談になったことが明確に判明しないことには、投資家は「将来の業績予想」ができないわけです。
市場に開示されている発行者の財務諸表を中心に、発行者が行う適時開示その他様々な「ディスクロージャー」情報に基づき、
投資家が将来の業績予想を行う時、それは純粋に投資判断です。
しかし、M&Aが破談になるかどうかについて投資家が予想をする時、それはサイコロを振っていることと同じなのです。
両社の経営陣は、M&Aが無事遂行できるよう、公正取引規制当局に対し必死になって説明や嘆願を行うことと思います。
しかし、審査を行い、M&Aを承認するかどうかは、あくまで公正取引規制当局が中立的な観点から決めることであるわけです。
したがって、M&Aの可否を予想することは、少なくとも投資家にとってはサイコロの出る目を予想することと同じなのです。
他にも、会社法上の理由その他により、せっかく当局から承認を得たM&Aが途中で頓挫する可能性もあるわけです。
ですので、M&Aが完了するまでは、「M&Aは行われないもの」と証券市場では考えないといけないわけです。
そうでないと、合意発表から破談発表(もしくは完了発表)までの間の両社の株式の取引がただの双六となってしまうわけです。
以上のようなことを考えますと、この種の「ガンジャンピング規制」はいわゆる上場企業のみがその対象だ、と言えるわけです。
当事会社のどちらか一方もしくは両方がいわゆる上場企業である場合、M&Aにはこの種の「ガンジャンピング規制」が課されます。
当事会社の両方が非上場企業である場合は、M&Aにはこの種の「ガンジャンピング規制」は課されません。
日本で言えば、この種の「ガンジャンピング規制」は、公正取引委員会の管轄ではなく、純粋に金融庁の管轄になると思います。