2017年7月10日(月)



2017年7月10日(月)日本経済新聞
会社分割 説明・協議怠れば・・・訴訟に発展も 労働紛争を防ぐ 従業員と個別協議 不可欠
労働契約承継法に詳しい荒木尚志・東京大学大学院教授の話
協議プロセス 重要性高まる
厚労省が指針 事業譲渡時 個人の同意必要
(記事)

 

 



【コメント】
「雇用契約から見た会社分割制度」、といったタイトルがぴったりくる記事ではないかと思います。
文字通り、雇用契約を中心にして会社分割制度について解説がなされています、
会社分割を行うに際しては労働者との個別の協議が重要である、という内容になります。
会社分割そのものについては会社法に規定があるのですが、雇用契約の取り扱いに関しては労働契約承継法に別途規定があります。
雇用契約を締結していない会社であれば話は別ですが、
通常、会社分割を実施するに際しては、会社には会社法と労働契約承継法の両方の法律が適用される、
という点には注意が必要だと思います。
すなわち、労働契約承継法の法律的要件を十分に満たさないまま雇用契約の承継を会社が行おうとしますと、
会社分割そのものが実務上頓挫しかねません。
会社法に基づき資産や負債は承継会社に承継したが、その承継会社に労働者は1人もいない(つまり、雇用契約の承継が無効となる)、
という状態(会社にはモノだけはあるが事業運営は実際には全く行えないという状態)が実務上生じかねないわけです。
会社分割と言いますと、特に会計の観点からは「債権者保護手続き」が議論になることが多いのですが、この記事を読んで、
同時に遵守しなければならない労働契約承継法を軸にして、”労働者保護手続き”について議論を行うこともできると思いました。
会社法を会社分割の一般法だとしますと、労働契約承継法は会社分割の特別法だと言えると思いました。
会社法には雇用契約についての規定はありませんので、特別法というと言い過ぎかもしれませんが、
会社法上の会社分割における雇用契約の承継は労働契約承継法の規定を受ける、という捉え方をするべきなのだろうと思いました。

 


それで、この記事には、会社分割制度は2001年に施行された改正商法から導入された、と書かれていますが、
実務上のことについて正確に言うと、2001年以前の商法でも会社分割と実質的に同じ効果を生じさせる法律行為は可能でした。
当時(2001年以前)の商法の条文の文言は確認していませんが、
当時(2000年11月出版)の教科書によると、現行の会社分割制度に相当する制度として”分社制度”という表現が用いられています。
会社分割(もしくは会社の分割)という文言・表現は、2001年に施行された改正商法から用いられているのではないかと思います。
それで、最初に紹介しました2017年7月10日(月)付けの日本経済新聞の記事では、
雇用契約を中心に会社の分割を見ているわけなのですが、
2001年に施行された改正商法とそれ以前の商法とでは、会社の分割という行為の捉え方が大きく異なることに気付きました。
端的に言えば、改正前商法では、会社の分割を「『現物出資』を中心とした営業の承継」と捉えているのに対し、
2001年に施行された改正商法では、どちらかと言うと会社の分割を「有機的・一体的な営業の承継」と捉えている、と思いました。
改正前商法では、会社の分割の中心には「現物出資」があるのに対し、
2001年に施行された改正商法では、会社の分割の中心には「一体的承継」に類する概念があるわけです。
2001年に施行された改正商法では、「現物出資」は会社の分割の中心にはないのです。
2001年に施行された改正商法では、「現物出資」に分類され得る行為は結果的に行われはするものの、
会社の分割という行為の概念としては、「現物出資」は概念の中心にはないのです。
「何を中心に会社の分割という行為を見るのか?」が、改正前商法と2001年に施行された改正商法とでは大きく異なるのです。
改正前と改正後では会社の分割の基礎概念が異なるのです。
改正前と改正後では会社の分割をどういう概念のものと捉えるか異なるのです。
2001年に施行された改正商法では、改正前商法とは異なり、会社の分割に「一体的承継」に類する概念を新たに導入しています。
会社の分割に「一体的承継」に類する概念を新たに導入した結果、
会社の分割の概念が「労働者も有機的・一体的に承継する」という概念になり、
したがって労働契約承継法が別途設けられた、という経緯があるのです。
会社の分割が「現物出資」であれば、「労働者も承継する」という概念には決してならないわけです。
「現物出資」の場合は、あくまで、株主と会社という関係しか生じないわけです。
そこに「労働者の承継」という概念はないのです。
しかし、会社実務上の会社の分割では、実際には株主と会社という関係を新たに生じさせたいのではなく、
営業を行う器を新たに作りたい(新たな器で営業を継続していきたい)、という目的があるわけです。
そこで、「営業を有機的・一体的に承継させる」という概念を会社の分割の中心に据えることにしたわけです。
結果、「営業を有機的・一体的に承継させる」ためには
会社実務上は「労働者も有機的・一体的に承継させる」必要があることから、
商法を補完する目的で労働契約承継法が別途(商法の改正に合わせ2001年に)施行されるに至ったわけです。
逆から言えば、改正前の商法において労働契約承継法が施行されるというのは、概念の矛盾、ということになるわけです。
「現物出資」をしただけなのになぜ労働者を承継するというような考え方になるのだ、ということになるわけです。
会社の分割の概念として、改正前と改正後では中心にあるものが違うのです。
労働契約承継法が2001年に施行されたのには実は商法上の理由があるのです。
労働契約承継法を2001年に施行することで、労働契約承継法と商法とがきれいに整合性が取れている状態になるのです。

 


2001年に施行された改正商法における会社の分割を一言で言うならば、
「一部門の営業を切り離してその営業を別会社に移転すること」
と表現できるわけです。
しかるに、改正前の商法における会社の分割を一言で言うならば、「現物出資」なのです。
当時(2000年11月出版)の教科書には、
(2001年に施行された改正商法における)会社分割とは「会社の営業の全部又は一部を他の会社に『包括的に』承継させること」
と説明されています。
教科書の執筆者としてここは強調したいという目的があるのだと思いますが、
「包括的に」という言葉の上にわざわざ黒点までふってあります。
一見すると、「包括的に」という概念は合併の場合ではないか、
会社分割の場合はむしろ「包括的に」という概念ではない(営業の一部に意味がある)のではないか、と思われるかもしれません。
私も教科書のこの部分の記述を読んですぐは、教科書の執筆者はまだまだ浅学であり経験不足の面があり、
執筆時会社分割制度が導入されて間もないことから会社制度について誤解しているのではないか、と思いました。
しかし、新旧の会社の分割の制度の変遷を理解するにつれ、
この教科書の「包括的に」という記述には実は深い意味があることが理解できました。
すなわち、この文脈における「包括的に」という言葉の意味は、「有機的・一体的に」と同じ意味であると理解できました。
「有機的・一体的に」という意味において、改正後の会社分割では「包括的に」営業が承継されることに意味があるのです。
改正後の会社分割では「包括的に」営業が承継されるからこそ、労働者も承継されるのです。
そしてその「労働者の承継」を補完する目的で、労働契約承継法が制定・施行されたのです。
以上のことは、逆から言えば、改正前の会社の分割は全く「包括的に」ではなかったのです。
改正前の会社の分割は、「現物出資」に付随する形で(「現物出資」に追加をする形で)行われていたに過ぎないのです。
改正前の会社の分割は「『現物出資』の拡張版」に過ぎなかったのに対し、
改正後の会社の分割は「『現物出資』の拡張版」では全くなくなったのです。
改正後の会社の分割においても表面上は「現物出資」に類似・相当する部分があるのは確かではあるものの、
その部分については、「営業を承継する会社の発行する株式を分割する会社に割り当てる。」という形で整理がなされています。
すなわち、「現物出資の結果、株主が会社の株式を取得する。」ということとは異なる、と概念が整理されているわけです。

 


改正前の会社の分割は分割する会社が主、改正後の会社の分割は承継する会社が主、と表現してもよいと思います。
改正後の会社の分割では、積極財産と消極財産の一括移転が「当然に」可能であるのに対し、
改正前の会社の分割では、あくまで現物出資なのですから出資財産は積極財産に限定されます。
改正前の会社の分割では、財産引受・事後設立という概念・手法を用いることにより、
結果的・補助的に積極財産と消極財産の一括譲渡を可能としているだけなのです。
改正後の会社の分割で積極財産と消極財産の一括移転が可能なのは、その概念からして「当然に」なのです。
その概念からして「当然に」だからこそ、労働契約承継法も施行されたのです。
基礎概念の変遷を鑑みれば、労働契約承継法の施行もある意味「当然に」だったのです。
現物出資の目的財産は消極的財産でもよいのかどうかについては学説が分かれているようですが、
今日の「会社の分割」の議論を題材にして考えますと、
仮に「目的財産に消極的財産を認める」となりますと、
営業を「有機的・一体的・包括的に」承継させるという概念に近くなることから、
会社の分割をどうような概念のものと捉えるか(基礎概念次第)でどちらの見解に分があるかが変わってくると思います。
また、法人税法の規定も、商法(会社法)の規定に合わせることになります。
法人税法の立場に立てば(法人税法から見ると)、消極的財産を出資するという考え方はやはりできないように感じますが、
営業を「有機的・一体的・包括的に」承継させる一環として承継会社が分割会社に株式を割り当てる、
という捉え方・整理の仕方は法人税法上もできると思います。
その場合、商法同様、法人税法でもその承継は現物出資とは見なせない、ということになると思います。
教科書の記述によりますと、2000年11月時点の法人税の取扱いでは、

>「資産とともにその有する債務を特定出資の対象として引き継ぐこと」(法基通10-7-2)を認めています。

と書かれています。
この書き方ですと、株主による現物出資の一部として消極的財産を法人が引き継ぐことを法人税法が認めている、
という解釈ができようかと思いますが、法人税法のこの規定ではややどっちつかずの捉え方をしているように感じます。
ただ、この2000年11月時点の法人税の取扱いは、
現物出資ではなく、「消極的財産を引き継ぐこと」に重点を置いて法人税法は取引を見ていることから、
どちらかと言えば2001年に施行された改正商法における会社の分割と相対的には理論的に整合していると思います。
法制度理論上の話をすれば、2001年に改正商法が施行されるのに合わせ、
法人税法も「承継会社が分割会社から営業を承継すること」にさらに重点を置いた改正を行うべきである、
という結論になろうかと思います。
2001年の改正商法の施行後は、法人税法でも、消極的財産の承継は現物出資とは異なる類型の取引である、
と整理をするべき、という結論になろうかと思います。
改正商法の施行に合わせ、2001年に法人税法(会社の分割や消極的財産の承継についての部分)も改正されたのかどうか
については図書館に行って確認して下さい。


The Commercial Code, the Corporation Tax Act an the related laws are consistent with each other.

商法と法人税法と関連法令は、互いに首尾一貫・調和・整合しているものなのです。