2017年7月8日(土)



2017年7月8日(土)日本経済新聞
借地に1000万円の価値? 相続時知らず、後にトラブル
(記事)




 

借地にまさか1000万円の価値? 地主提示でトラブル
 (NIKKEI STYLE 2017/6/14)
ttp://style.nikkei.com/article/DGXMZO17447490Y7A600C1000000?channel=DF290120166623

 


【コメント】
記事の主旨はどちらも同じなのですが、本日2017年7月8日(土)付けの日本経済新聞の記事よりも、
同時に紹介している電子版の記事(2017/6/14付け)の方がより詳しい内容となっていますので、電子版を題材にします。
電子版の記事の内容を前提にしますが、母(被相続人)が死亡した後、生前母が住んでいた実家の建物は
長男のAさんが受け継ぐことになったわけなのですが、母の死亡後(Aさんが建物を相続した後)数年経ってから、
実家の土地の地主から「補償料を払って借地を買い戻したい」という話があったとのことです。
その補償料は1000万円とのことです。
正確に言いますと、借地の所有者は始めからいわゆる地主であり、借地人には土地の所有権はありませんので、
地主が借地人から「借地を買い戻す」という考え方はありません。
前後の文脈を踏まえますと、地主は、簡単に言えば、建物が空き家になっているので自分の都合で土地の賃貸借契約を解除したい、
と母の死亡後の新しい借地人であるAさんに対し申し出た、ということだと思います。
インターネットで検索しますと、借地権は「借地借家法」に規定があり、日本に現存している借地権には2種類あるとのことで、
@旧法に基づく借地権とA平成4年8月に制定された新法に基づく借地権の2種類があるとのことです。
旧法では、借地権は、借地権設定時、存続期間30年、更新後20年、と定められていましたので
(新法施行後も旧法に基づく借地権の設定内容(契約内容)は有効のまま。新法の施行は旧法の借地権に影響を与えない)、
実務上は今現在でも旧借地権においての契約が多く、旧法と新法が混在している状況になっている、とのことです。
ですので、この記事の事例でも、旧法に基づく借地権を設定していた、ということではないかと思いますが、
旧法では借地権者側が法律上強く守られており、地主側の更新拒絶、建物明け渡し、更地返還などは
正当事由なしでは認められていませんのでしたので、この事例では、地主側が存続期間中に借地権の解除をしたいと申し出た、
ということで、地主が借地権の解除に伴う任意の補償料を支払いたい、とAさん側に申し出ているという状況であるわけです。
現行の借地借家法では、借地権者(土地の借主)が土地を明け渡す際に、借地権設定者(土地の貸主)に対して
土地の上に建っている建物を時価で買い取るよう請求できる、という建物買取請求権が借地権者(土地の借主)に認められている
ようなのですが、この記事ではその点については論点になっていうようです。
ですので今日は土地の部分だけの議論をします。

 



それで、この記事では、「この補償料1000万円は誰に受け取る権利があるのか?」という点が議論になっています。
この補償料1000万円は、建物の相続人であるAさん固有の財産となるのか、それとも、
母の死亡時(相続の開始時)の法定相続人であるAさんを含む兄弟三人に平等に承継(相続)されるべきなのか、
が問題となっているわけです。
母の死亡時には、Aさんを含む兄弟三人は、母親の主な財産である現金については3等分にして分けたわけなのですが、
母の死亡時(相続の開始時)には実家の土地の地主から補償料を支払うという申し出があることは当然のことながら
誰にも分からなかったわけなのですが、現実には様々な事例や相談や実務上の取扱いがあろうかと思いますが、
私個人の見解を書きますと、「この補償料1000万円は建物の相続人であるAさん固有の財産となる」という結論になると思います。
この記事では、「実家の建物の登記名義人が母親のままになっていた」ということが争いの原因になった、と書かれていますが、
実はそれは法理的には全く争点(補償料は誰に受け取る権利があるのかの判断基準)にならないと思います。
なぜならば、たとえ実家の建物の登記名義人をAさんに変更していたとしても、建物を相続しなかった兄弟2人にとってみれば、
補償料の話は聞いていない(老朽化のため建物部分の価値は相続税が全くかからないと事前に確認をしているくらい著しく低い
という共通認識をAさんを含む法定相続人3人は持っていた)からです。
すなわち、建物を相続しなかった兄弟2人にとってみれば、相続内容に合意をした(遺産分割協議内容に合意をした)ことの
前提が全く違うではないか、というふうに見えるわけです。
もちろん、補償料のことはAさん自身も知らなかったことではあるわけですが、要するに、私が言いたいのは、
争いが生じた原因は、今まで誰も思いもしなかった補償料の話が舞い込んだことが原因なのであって、
「実家の建物の登記名義人が母親のままにしていた」ことは全く原因ではないのです。
建物を相続しなかった兄弟2人は、相続登記をやり直せ、とは主張していないわけです。
補償料は(誰も知らなかったのだから)兄弟3人で分けるべきではないか、と主張しているだけなのです。
例えば、Aさんが(当然兄弟3人で合意をした上で)母から相続したある私物(建物でも動産でも何でもよい)を他者に譲渡し、
その結果、Aさん個人が所得を稼得したとします。
しかしそれは、Aさんが自身の所有物を自身の才覚や人脈等を用いた結果所得を稼得したわけなのですから、
その私物を相続しなかった兄弟2人はAさんのその所得に物は言えないわけです(相続物の譲渡だから分け前をよこせとは言えない)。
その取引は、一個人であるAさんの全く私的な(他の兄弟2人とは全く関係・関連のない)取引に過ぎないわけです。
ところが、この事例における補償料の場合は、生前母が権利者として活用していた借地権そのものに関連して生じたもの
であるわけです。
地主からの補償料の支払いは、母の死後に生じたものではある(だから生前・事前に知ることは誰にもできない話ではある)ものの、
支払われる補償料に関しては、権利者としての母に直接関連があるもの、という見方をするべきであると思うわけです。

 



他の言い方をすれば、概念的な言い方をすれば、「支払われる補償料に関しては相続時に兄弟3人全員が知っておくべきだったこと」
という捉え方をするべきなのだと思います。
誰も知らなかった、という点において、この補償料は法定相続人3人に平等であるわけです。
この補償料は、相続人にとって棚から牡丹餅と言えば棚から牡丹餅なのですが、
少なくともその牡丹餅はAさん個人の才覚や人脈等を用いた結果手に入れたものではないわけです。
むしろ、そのような棚から牡丹餅というような状態が後で生じることがないよう、
法定相続人で遺産分割協議を行うわけです。
簡単に言えば、借地権は母から相続したものなのですから、借地権そのものから生じた財産は法定相続人間で分けるべきなのです。
例えば、Aさんが自身の才覚や人脈等を用いて借地権を他者に譲渡した場合は、その所得はAさん個人の所得で問題ないわけですが、
この事例では、補償料に関する取引の相手方は、まさに「被相続人(母)の取引の相手方であった」地主であるわけです。
被相続人の取引の相手方からの金銭の支払いなのですから、
概念的な言い方になりますが、「補償料は一旦被相続人を経由すべきである」、という考え方になるわけです。
すなわち、この補償料は、
被相続人の取引の相手方から直接特定の相続人に支払われるべきもの(Aさん固有の財産となる)と考えるのではなく、
「被相続人の取引の相手方から被相続人に支払われるもの」(すなわち、地主から母へ支払われるもの)、と考えるべきであり、
その財産の移転に関しては、「被相続人から法定相続人へ承継される」という形を取るべきなのです。
すなわち、それは相続ではないでしょうか。
概念的には、
相続の開始時には明らかにならなかった被相続人の財産が事後的に明らかになったもの(事後的に遺産が増加したもの)、
という捉え方をするべきなのです。

 



法律的には、確かに地主は(母は実際には死亡していますので)土地の借主(借地権者)であるAさんに補償料を支払う形になる
(その意味では確かに補償料はAさんの固有財産であると言える)わけですが、
私がここで言いたいのは、「この場合における平等な相続とは何か?」という点なのです。
ここでは「実家の建物の登記名義人が母親のままになっていた」ことは全く論点にならないのです。
建物を相続しなかった兄弟2人は、仮に建物の登記名義人がAさんになっていたとしたら、
Aさん1人が補償料を受け取ることに納得したでしょうか。
建物を相続しなかった兄弟2人が納得しないであろう理由は、「その補償料は母からもらったお金なのではないか?」
と感じるからではないでしょうか。
特に被相続人の取引の相手方からの金銭の支払いとなりますと、それは相続財産(遺産)という側面が強かろうと思います。
遺産分割協議に不備があったわけでも、兄弟2人に相続の知識が不足していたわけでもない(自己責任でもない)わけです。
相続登記の不備に関しては(本質的には関係のないことですから)ここでは度外視しますが、
法律上の借地権者はAさんである以上、地主は補償料をAさんに支払うしかありません。
その意味において、法律上は「この補償料1000万円は建物の相続人であるAさん固有の財産となる」という結論になると思います。
法律上は、遺産分割協議は終了しているからです。
また、相続税の納付も完了しているからです。
民法上の相続は確定している(もはや相続内容の変更できないもの)と考えざるを得ません。
しかし、Aさんは補償料のことは棚から牡丹餅が落ちてきたと考えるのではなく、
「最初は誰も知らなかった遺産が後から見つかったに等しい」と考えるべきなのです。
法理論的なことを言えば、相続内容は既に確定しているものの、新たに遺産が発見されたことを理由に、
言わば遺産分割協議をやり直す、ということが現実に対する対応ということで求められると思います。
刑事訴訟における「再審」と全く同じイメージのことを、相続でも行う必要がある、と考えればよいと思います。
その遺産分割協議は、法定相続人皆が「遺産はこれで全部だ。」という前提で行われたものだからです。