2017年6月30日(金)



2017年6月30日(金)日本経済新聞 社説
企業は株主との対話深め経営に磨きを
(記事)

 




【コメント】
定時株主総会の場において、株主が企業統治のあり方や成長戦略を厳しく問う場面が今年は例年になく多かった、
とのことですが、定時株主総会や企業ののあるべき姿として、記事には、

>企業は投資家の幅広い対話を通じて経営を磨く必要がある。

>企業は経営を理解してもらうために、株主との対話を増やす必要性が増している。
>特定日に集中する傾向が残る総会をさらに分散すれば、企業はより多くの株主の声に接することができるだろう。
>もちろん、経営者が業績や経営戦略を語る場は総会に限らない。機動的な情報開示と説明が何よりも重要だ。

と書かれています。
しかし、この記事を読んで、今日は今までとは異なる新しい「企業は株主と対話をしてはならない理由」に気が付きました。
その理由とは、「株主以外の市場の投資家は株主総会に出席しない。」という理由です。
こう書きますと、株主総会には株主のみが出席するのだからそれは当たり前ではないか、と思われるかもしれません。
しかし、それこそ昨今話題のフェア・ディスクロージャー・ルールに関連する議論になりますが、
「投資家間で発行者に関する情報に格差があってはならない。」という観点から企業の情報開示について見ますと、
株主総会で株主と企業が対話をしますと、「株主総会に出席した投資家のみが発行者に関する情報を受領する。」
ということになってしまうわけです。
これは全株主が出席できる株主総会の場(ある意味オープンな場)で経営陣が話をしたから問題はないということでは決してなく、
株主(株式の所有者)以外の市場の投資家全般は経営陣の話を聞きたくても聞けなかった、
という状態が生じていることが問題なのです。
株主からすると株主総会はオープンな場かもしれませんが、市場の投資家からすると株主総会は何らオープンな場ではないのです。
市場の投資家からは、株主総会は、他の投資家とは異なり「株式の所有者のみ」が出席をし経営陣の話を聞くことができる
閉鎖的な場だ(投資家は情報開示の点では皆平等のはずなのになぜ株主のみが話を聞けるのか、と)、としか見えないわけです。
証券市場では、株主も投資家、株式を所有していない市場参加者も投資家、であるわけです。
株主総会で経営陣と株主が対話をしてしまいますと、排他的に株主のみが企業の声に接することができる、という状態です。
経営陣が業績や経営戦略について語るのなら、株主を対象にではなく市場の全投資家を対象に語らなければならないわけです。
そうでないなら、情報開示という点においてフェアではない、という考え方になるわけです。
株主総会の場のみで経営陣が業績や経営戦略について語るのは、フェア・ディスクロージャー・ルールに完全に反している、
という考え方になるわけです。
経営陣は株主総会の場で堂々と語ったのだからオープンでありしたがってフェアだ、ということには全くならないわけです。
少なくとも市場の―なかんずく英国型の証券市場の―投資家からはそう見えるわけです。
日本の証券制度にできる限り即して言うならば、業績の開示は有価証券報告書の提出のみ(会社法上の事業報告は不要・不公平)、
ということになり、究極的には株主総会そのものが、少なくとも英国型の証券市場制度から見ると、
アンフェア・ディスクロージャーの発生の根源である、と言えると思います。


Investors in the market except shareholders don't attend a meeting of shareholders.

株主を除く市場の投資家は、株主総会に出席はしないのです。