2016年10月5日(水)



2016年10月5日(水)日本経済新聞
NTN、為替変動ヘッジ 手元現預金で影響抑える
(記事)


 


【コメント】
記事には、「ナチュラルヘッジ」という用語が書かれています。
「ナチュラルヘッジ」という用語は私は初めて聞いたのですが、記事から「ナチュラルヘッジ」の説明を引用します。


>外貨建ての手元現預金をあらかじめ増やしておき外貨建て債務と資産がいつでも同規模に調整できるように目指す。
>為替差損益の発生を避け、業績への影響を最小限にする。

>例えば円安・ドル高が進むと、円換算したドル建て債務は膨らむことになる。
>ただあらかじめ準備したドル建ての手元現預金によって資産も同様に膨らむため、
>業績面では為替変動の影響を相殺できるしくみとなる。


これだけでは意味がよく掴みきれないので、インターネットで「ナチュラルヘッジ」について検索しました。
検索結果はあまりたくさんはヒットしなかったのですが、例えば次のような解説記事がありましたので紹介します。


金融リスクの管理
ttp://www1.huawei.com/jp/about-huawei/corporate-info/annual-report/2013/
management-discussion/financial-risk-management/index.htm

>ナチュラル・ヘッジ:外貨による売掛金と買掛金を可能なかぎり近い額にするよう事業運営を行う。
>金融ヘッジ:ナチュラル・ヘッジによって為替差損を相殺できない外貨については、
>短期および長期外国債によってリスクをヘッジする。


上記の記事では、「ナチュラルヘッジ」については、外貨建ての手許現預金を増加させることであるといったことは書かれておらず、
事業運営そのものによって外貨建ての売掛金勘定と外貨建ての買掛金勘定とを同じ金額に近づけることである、と書かれています。
このたびの記事のように、「外貨建ての手許現預金をリスクヘッジを目的として意図的に増加させること」は、上記の記事では、
「ナチュラルヘッジ」ではなく「金融ヘッジ」に相当するように思います。
上記の記事では、「金融ヘッジ」では短期および長期外国債を用いると書かれていますが、
要するに、「『外貨建ての安全資産』を(リスクヘッジを目的として)あらかじめ一定額保有しておくこと」を、
上記の記事では「金融ヘッジ」と定義しているわけです。
「外貨建ての安全資産」の具体的勘定はリスクフリーであれば何でも良く、それこそ外国通貨(現金)でもよいわけです。
一言で言えば、外貨建て債務と同じレートで外貨建て資産勘定を為替換算できればリスクヘッジという目的は果たせるわけです。
ですので、「外貨建ての手許現預金をリスクヘッジを目的として意図的に増加させること」は「金融ヘッジ」に該当するのです。
端的に言えば、日本経済新聞の記事の解説はやや間違っており、上記の解説記事の方が正しいと思います。

 



通常は、デリバティブ(金融派生商品)を用いて為替変動のリスクをヘッジするわけなのですが、
ここではデリバティブ(金融派生商品)を用いない形で為替変動のリスクをヘッジする手法を考えているわけです。
「外貨建ての手許現預金をリスクヘッジを目的として意図的に増加させること」は「ナチュラルヘッジ」に該当しないわけなのですが、
では「ナチュラルヘッジ」とは何かと言いますと、結局のところ、
「外貨建ての売掛金・買掛金両方について債権債務の発生日から決済日までを調整すること」を意味するのだと思います。
まず、外国から仕入れ国内で販売する、もしくは逆に、仕入れは国内からだが販売は外国へ行う、という場合ですと、
前者の場合はそもそも外貨建ての売掛金が発生しませんし、後者の場合はそもそも外貨建ての買掛金は発生しませんので、
デリバティブ(金融派生商品)を用いない形で為替変動のリスクをヘッジしようとするならば、
「金融ヘッジ」を行うしかありません。
すなわち、前者の場合は外貨建て安全資産を債務と同額だけ購入することになりますし、
後者の場合は外貨建てで資産と同額だけ借り入れを行う(そして借り入れた現金はすぐに本国通貨へ両替する)ことになります。
ところが、外国から仕入れ外国へ販売する、という場合は、外貨建ての売掛金と外貨建ての買掛金の両方が発生します。
仕入れと販売に関し正常な営業が行われている状況下では、金額が「外貨建て売掛金>外貨建て買掛金」の状態になります。
その場合、「外貨建て売掛金>外貨建て買掛金」の状態になること自体は営業上もちろんよいことなのですが、
すなわち、外貨建取引で粗利が出ている状態でありますからもちろん望ましい状態であるわけなのですが、
ここでは、為替変動のリスクをヘッジすることを考えていますので、
意図的に「外貨建て売掛金=外貨建て買掛金」の状態に持っていかねばならないわけです。
そのための手法としては、取引先と取引条件についての交渉を行い、外貨建て売掛金と外貨建て買掛金の両方について、
決済までの期間(回収期間)を調整することしか現実には考えられないと思います。
この場面で販売価格の値上げや値下げの交渉を行うのはおかしいと思いますし、
この場面で仕入価格の値上げや値下げの交渉を行うのはもおかしいと思います。
他の言い方をすると、売上代金の総額や仕入代金の総額に変化が伴うようなことは、商取引上・営業上避けるべきでしょう。
結局、外貨建て売掛金と外貨建て買掛金の金額・残高を変動させようと思えば、決済までの期間を変更することだけだと思います。
そのような手段でもって、外貨建て売掛金と外貨建て買掛金の金額・残高とを意図的に同じにすることを、
上記の解説記事では「ナチュラルヘッジ」と定義しているわけです。
外貨建て売掛金と外貨建て買掛金の金額・残高とが同じであれば、期末日にそれぞれの勘定を日本円に為替換算しても、
為替レートに関わらず両勘定は同じように増減するわけですから、結果為替変動のリスクは全くない、ということになるわけです。
繰り返しになりますが、本日の日本経済新聞の記事の解説(NTNの事例)は、正しくは「金融ヘッジ」の解説になります。
NTNは今般、「ナチュラルヘッジ」ではなく、「金融ヘッジ」と呼ばれる方法を導入したのです。
ただ、デリバティブ(金融派生商品)を用いないリスクヘッジ全般のことを、
「ナチュラルヘッジ」と呼ぶ場合もあるのかもしれませんが。
そして、実務上の注意点を一言書きますと、実は「金融ヘッジ」を行った時点で実務上は別の新たな為替変動リスクが発生します。
なぜなら、リスクヘッジを目的に外国通貨(現金)を持つことにするにせよ外貨建ての短期および長期外国債を持つことにするにせよ、
外国通貨を日本円に再両替する時もしくは購入した外国債が償還される時、為替レートがどうなるかは分からないからです。
ただ、以上のコメントではその新たな為替変動リスクについては度外視しました。

 



それから、日本経済新聞の記事には、

>また外貨建て債務自体の圧縮も急ぐ考えだ。

と書かれています。
私は最初この部分を読んだ時は、
「確かに、外貨建ての債務が始めからなければ何の問題もないな。現金で仕入れることにすれば何の問題も生じないな。」
と思ってしまったのですが、コメントを書いていて、話はそんなに簡単ではないなと気付きました。
結局、日本経済新聞の記事の事の本質というのは、「外貨建ての資産と外貨建ての債務の金額とを同じにすること」なのだ、
とコメントを書いていてそして「ナチュラルヘッジ」について調べていて分かりました。
外貨建て資産(債権)の勘定の方が大きい場合は、外貨建て債務の圧縮(減少)はむしろ行うべきではないのです。
なぜなら、外貨建ての資産(債権)と外貨建ての債務の金額とが同じである場合に、為替変動のリスクは避けられるからです。
また、「ナチュラルヘッジ」や「金融ヘッジ」では、会計上の「為替差損益」の発生を避ける(リスクヘッジする)ことはできません。
「ナチュラルヘッジ」や「金融ヘッジ」で避けることができるのは、
期末日における為替換算に関する為替変動リスクだけになります。
話を非常に簡略化して言えば、外貨建ての資産(債権)と外貨建ての債務の金額とが同じである場合は、
為替換算調整勘定が計上されない、ということになるのです。
会計上の「為替差損益」の発生を避ける(リスクヘッジする)ことが目的である場合は、
やはりデリバティブ(金融派生商品)を用いたリスクヘッジを行っていくしかありません。
本日の日本経済新聞の記事は、主に円換算した資産額や円換算した債務額に関するリスクヘッジについての内容でしたので、
その論点に絞ってコメントを書きました。
それから、NTNには海外子会社もあるのだと思いますが、海外子会社も現地通貨建て(日本から見れば外貨建て)の資産と負債を
当然有しているわけです。
海外子会社が持つ現地通貨建ての資産・負債についても、連結会計上は為替換算を行っていくことになるわけですが、
その点については今日のコメントでは度外視しました。
今日のコメントは、主に日本の会社が外貨建て資産(債権)と外貨建て債務を持っている場合のリスクヘッジの方法だ、
と思っていただければと思います。
ただ、実務上、外貨建て資産(債権)と外貨建て債務となりますと、海外子会社での資産・債務が議論の中心になると思います。
その点について一言補足すると、非常に大まかに言えば、親会社の外貨建て資産(債権)と連結子会社の外貨建て債務とを
同じ金額にしても、結果、連結会計上為替換算調整勘定は計上されない、ということになると思います。
しかし、その場合であっても、法律上は親会社は子会社の債務を代わりに弁済できるわけではありません。
なぜなら、債務は、その債務を負っている本人しか弁済することができないからです。

 

A parent company is not able to repay debts which its subsidiary itself is obliged to repay.

子会社自身に返済する義務がある債務を親会社が返済することはできません。