2016年8月21日(日)



2016年8月21日(日)日本経済新聞
円高で内部留保最高 1〜6月 海外現法、2.5兆円
(記事)



 

【コメント】
記事の見出しと棒グラフを見た瞬間に、話がおかしいな、と思いました。
円高の状態であれば、確かに、日本の親会社は海外の現地子会社に配当を支払わせようとはしないでしょう。
記事にも書かれていますように、円高の状態の時に、海外の現地子会社から日本の親会社へ配当を支払いますと、
円ベースでは利益額(受け取る配当金額)が目減りしてしまうからです。
それはそうなのですが、そのことと、海外現地法人の内部留保額が増加することとは、何の関係もありません。
記事中に掲載されています棒グラフ「海外への直接投資から得た収益」は、実は完全に間違っているのです。
この答えについては、「どの通貨で海外現地法人の内部留保額を見るか?」という点について考えたら、答えが出ると思います。
すなわち、円ベースで見ると、内部留保額も目減りするのです。
それがこの棒グラフが間違っている点です。

 



以下は、論点を絞るために、ここでの”海外現地法人”は”米国の子会社”であると想定して書いたものです。

 

"Retained earnings" described in this article have increased
not with a currency denominated in the Japanese yen but in the U.S. dollar, actually.
Quite contrary to the context, Japanese companies have retained profits of respective overseas subsidiaries locally
exactly because the amount of the profits would decrease
if the profits were translated (i.e. exchanged) from the U.S. dollar into the Japanese yen.
If the "retained earnings" had really become the uppermost in the Japanese yen,
Japanese companies would have had their respective overseas subsidiaries pay dividends to them.
To put it simply, at a high exchange rate of the yen,
the amount of reteined earnings in overseas subsidiaries decreases
if the earnings are translated from the U.S. dollar into the Japanese yen.


この記事に記載ある「内部留保」は、日本円通貨建てで増加しているのではなく、実は米ドル通貨建てで増加しているのです。
記事の文脈とは正反対に、仮に利益を米ドルから日本円に為替換算(すなわち両替)すれば利益の金額は減少してしまうからこそ、
日本企業はそれぞれの海外子会社の利益を現地にとどめているのです。
仮に、記事で言っている「内部留保」が本当に日本円で最高になっていたのだとすると、
日本企業はそれぞれの海外子会社に配当を支払わせていたでしょう。
簡単に言えば、円高時に、米ドルから日本円に為替換算すると、海外子会社の内部留保の金額は減少してしまうのです。

 

 



固定資産に関する減損損失と引当金計上について考えさせられるプレスリリースが1つありましたので、一言だけコメントします。

 

2016年3月30日
日新製鋼株式会社
固定資産の減損損失および特別修繕引当金取崩益の計上に関するお知らせ
ttp://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1340264

1.減損損失および特別修繕引当金取崩益の計上について
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2016年2月1日
日新製鋼株式会社
事業構造改革について
ttp://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1321683

 

日新製鋼株式会社が2016年3月30日に発表している「固定資産の減損損失および特別修繕引当金取崩益の計上に関するお知らせ」
を読んで、固定資産に関する減損損失と引当金計上について考えさせられたところです。
日新製鋼株式会社は、呉製鉄所第2高炉を定期的に修繕を行いながら将来に渡って稼動させていく方針を持っており、
従来から呉製鉄所第2高炉に関する特別修繕引当金を計上してきたわけです。
ところが、2016年2月1日に、新日鐵住金株式会社との経営統合を検討する中で、製鉄所の統廃合・再構築がグループ経営課題となり、
新グループ経営戦略として、呉製鉄所第1高炉を拡大改修し、呉製鉄所第2高炉は休止する、という意思決定を行ったわけです。
この意思決定を受けて、2016年3月30日に、呉製鉄所第2高炉(固定資産勘定)について減損損失を計上することとにしたわけです。
また、同じくこの意思決定を受けて、今後呉製鉄所第2高炉に修繕を行うことはなくなったことから、2016年3月30日に、
従来より呉製鉄所第2高炉(固定資産勘定)の改修に要する費用に備えて計上していた特別修繕引当金を取り崩すことにしたわけです。
日新製鋼株式会社が行ったこれら2つの会計処理は何ら問題はないと思います。
呉製鉄所第2高炉を休止することを意思決定したのならば、この高炉からの収益の獲得は全く見込めなくなるため、
高炉に関する固定資産勘定は保守主義の原則から減損処理を行うべきであるわけです。
また、呉製鉄所第2高炉を休止することを意思決定したのならば、この高炉に修繕を行うことは完全になくなったため、
従来から呉製鉄所第2高炉に対し積み立ててきた特別修繕引当金は取り崩すべきであるわけです。
このたびの意思決定を受け、2016年3月期において、呉製鉄所第2高炉に関連して、
減損損失(特別損失)と特別修繕引当金取崩益(特別利益)が計上されることになったわけですが、
それはあくまで正しい会計処理を行った結果に過ぎないわけです。

 


それで、私がこのプレスリリースを読んでふと思っったのは、次のようなことなのです。
”仮定の話として、呉製鉄所第2高炉は休止はせずに引き続き修繕を行いながら将来に渡って稼動させていく方針であるとしたら、
どのような会計処理になるか。
ただし、呉製鉄所第2高炉は収益性は著しく低下しているとする。”
この設例の答え自体は簡単であろうと思います。
まず、呉製鉄所第2高炉は収益性は著しく低下していますので、固定資産の減損損失は計上する、となろうかと思います。
次に、従来から呉製鉄所第2高炉に対し積み立ててきた特別修繕引当金についてですが、今後修繕は行うわけですから、
この特別修繕引当金は取り崩すことはしない、ということになろうかと思います。
そして、呉製鉄所第2高炉は休止はせずに引き続き修繕を行いながら将来に渡って稼動させていく方針であることから、
当期も含め、修繕を行う予定となっている期まで、従来通り引き続き毎期毎期特別修繕引当金を積み立てていくことになるわけです。
単純に考えますと、設例の答えとしては以上であり、これだけであれば話は簡単なのであろうと思います。
ただ、私がプレスリリースを読んでふと思ったのは、
「引当金を計上する目的は費用・収益対応の原則を守るためである。」ということなのです。
日新製鋼株式会社自身、将来呉製鉄所第2高炉に対して行う改修に備え、これまで特別修繕引当金を毎期計上してきたのだと思います。
改修にかかる費用(現金支出)は、高炉を稼動させてきた各期各期が負担するべきものである、というのがその背景であるわけです。
他の言い方をすれば、改修を行うことになった原因は、改修を行う期のみにあるのではなく、
高炉を稼動させてきた改修以前の各期各期にある、という考え方がその背景にあるわけです。
この考え方は、まさに「費用・収益対応の原則」であるわけです。
以上の議論を十分に踏まえますと、この設例の場合、実は呉製鉄所第2高炉について固定資産の減損損失は計上できない、
という結論になりはしないだろうか、とふと思ったのです。
なぜならば、「従来通り引き続き毎期毎期特別修繕引当金を積み立てていく」(毎期費用計上していく)という会計処理と、
「固定資産を当期に一括して損失処理する」(損失の計上は当期のみ)という会計処理とが、完全に相反すると思うからです。
現在呉製鉄所第2高炉は収益性が著しく低下しているのは事実ではあるものの、
「従来通り引き続き毎期毎期特別修繕引当金を積み立てていく」ということの背景には、
「これからも毎期毎期固定資産を稼動させる」という前提があるわけです。
確かに、当期には回収可能な額まで減損処理を行った上で、その後は規則的に減価償却を行っていけばよいのではないか、
という考え方もあるとは思います。
しかし、特別修繕引当金は、当期に特段多額の積み立てを行うことなく、当期も規則的に積み立てを行うだけであるわけです。
つまり、当期に減損損失を計上してしまうと、減損損失と規則的に特別修繕引当金を計上していることとの整合性が
なくなってしまうかのように感じるわけです。

 


この辺り、確かに、固定資産の回収可能額と修繕に要する費用の積み立てとは分けて考えればよいのではないか、
という考え方もあるとは思います。
しかし、固定資産の減価償却と、引当金の計上には、どちらも「費用の期間配分」という点において共通する考え方があるわけです。
固定資産の減価償却は現金支出が先、引当金の計上は現金支出が後、という違いがあるだけのことであり、
両会計処理の根底にあるのはどちらも「費用の期間配分」という考え方であるわけです。
一方で、固定資産の減損処理という会計処理は、「費用の期間配分」という考え方を完全否定した考え方であるわけです。
他の言い方をすると、固定資産の減損処理という会計処理は、「保守主義の原則」を最も体現した会計処理方法であるわけです。
結局、私の頭の中で今感じているこの”会計処理に関する整合性のなさ”というのは、
「費用・収益対応の原則」と「保守主義の原則」とは概念的には相容れないものである、ということの表れなのかもしれません。
端的に書けば、それぞれの会計処理の背景にあるのは、

固定資産の減価償却 → 費用・収益対応の原則
引当金の計上 → 費用・収益対応の原則
固定資産の減損処理 → 保守主義の原則

であるわけです。
すなわち、
当期以前であれば、呉製鉄所第2高炉について、「費用・収益対応の原則」のみを柱とした会計処理が行われてきたのに対し、
当期からは、呉製鉄所第2高炉について、「費用・収益対応の原則」と「保守主義の原則」とが混在した会計処理が行われる
ことになってしまうわけです。
以上のことが、私がこのプレスリリースを読んで、ふと「何か変だな」と感じた点になります。
改めて今日書きました論点について考えてみますと、今日の論点を踏まえた上で、会計理論上厳密に言い出すと、
おそらく固定資産の減損処理はいかなる場合でもできなくなる、ということになると思います。
固定資産に引当金の計上が全く関連していなくても、減損処理後の減価償却は、未償却残高そのものが会計上減額されるため、
必然的に「費用・収益対応の原則」と「保守主義の原則」とが混在した会計処理となってしまうからです。
減損処理後の各期の規則的な減価償却費は、一見「費用・収益対応の原則」に従ってはいますが、
実は(保守主義の原則を反映させてはいない)本来の各期の減価償却費の金額とは異なっているわけです。
ただ、理論上も実務上も、「保守主義の原則」の考え方は、企業会計上極めて重要な考え方です。
「保守主義の原則」の考え方は間違っている、などと言いたいのではありません。
ただ、私としては、「引当金の計上」をきっかけにして、固定資産の減損処理の考え方の理論上の不整合に気付けたと思います。

 

The purpose of an impairment treatment is the Conservatism Principle,
whereas that of an allowance is the Matching Principle.

減損処理の目的は保守主義の原則です。しかるに、引当金の目的は費用・収益対応の原則なのです。