2016年7月9日(土)
【コメント】
まず現行の規定と実務上の話をします。
このたびの判決では、グループ企業の債権による相殺は認められない、という判断が示されたようですが、記事には、
>民事再生法は、経営破綻した企業と一対一で債権・債務を相殺することは認めている。
と書かれています。
この定めを所与のこととした上で、実務上の方策を考えてみますと、答えは実は極めて簡単であり、
野村信託銀行は事前に野村証券から問題となっている債権を帳簿価額で譲り受ければよかっただけであろうと思います。
野村信託銀行と野村証券は、どちらも野村グループ傘下の兄弟会社なのだと思いますが、グループ法務戦略として、
野村証券としても野村信託銀行の債権回収は全額行える方が有利であるわけですから、債権の譲渡には当然応じるわけです。
ですので、民事再生法は、経営破綻した企業と一対一で債権・債務を相殺することは認めているのであれば、
経営破綻した企業と一対一で債権・債務を保有し合う状態を作り出せばよいわけですから、債権を取得しておけばよいわけです。
私の造語ですが、野村信託銀行は債権取得により”民事再生法上の相殺適状”を作り出せばそれで済んだのではないかと思います。
このたびの裁判では、同一グループ内企業が保有する債権と相殺が可能であるのか否か、が争点となっていたのだと思いますが、
私が思うに、これはもはや法律で争う問題ですらなかったはずだ(そもそも相殺適状は簡単に作れたはずだ)、と思います。
マッチポンプとは全く異なりますが、少なくともこの争点は簡単に回避できた(裁判などして争う必要は全くなかった)と思います。
記事には、今後は同グループの第三者との相殺を認める立法が検討課題となる、と裁判官が補足意見として述べたと書かれていますが、
司法としては、今後類似の状況が生じた場合には債権の譲渡を行うよう、当事者そして社会に対し促すべきであろうと思います。
また、第三者との相殺を認めるとなりますと、会計上話がおかしなことになります。
端的に言えば、第三者との相殺を認めますと、
(清算法人の相手方である)債務者には債務免除益が計上されることになります(目的物たる債権を実際には保有していないから)し、
債権を実際に保有している真の債権者には債権放棄損失が計上される(目的物たる債務を実際には負っていないから)ことになります。
このたびの事例に即して言えば、仮に第三者との相殺が認められたとするならば、
野村信託銀行には債務免除益が計上され、野村証券には債権放棄損失が計上されることになります。
結局のところ、相殺というのは、「債権者と債務者との間で行われるもの」であるわけです。
相殺を円滑に行いたかったのであれば、野村信託銀行はリーマン・ブラザーズ証券の債権者になる必要があったわけです。
実務上、債権者を債務者の状態にし債務者と債権者の状態にすることを、相殺適状を作り出す、と呼ぶわけです。
野村信託銀行は、裁判所に行く前に、野村証券に行くべきだったと思います。
次に、法理上の考え方について書きます。
端的に言えば、清算手続きにおいては債権債務の相殺は認められない、となります。
清算法人と債権者とが互いに金銭債権を持ち合っていても、それらの相殺はできません。
清算手続きに入った時点で、清算法人の資産は全て清算人が管理しますし、
また、清算法人の負債も清算人が債権者平等の原則に従い弁済していきます。
清算法人の資産は資産として換金されていきますし、清算法人の負債は負債として弁済されていきます。
清算法人の資産と負債に、つながりはない、と考えるわけです。
債権者としては、清算法人が相殺に応じてくれた方が回収可能額が増加しますので、当然相殺を行いたいと考えるわけですが、
清算人から見ると、それは債権者平等の原則に反するので認められないわけです。
債権者は、あくまで債権者平等の原則に従って、弁済を受ける他ない、ということになるわけです。
債権者は、清算法人に対する債務については債務者として清算法人に全額弁済しなければならない一方、
清算法人に対する債権については債権者として全額弁済を受けられるわけではない、ということになります。
法理的には、相殺を行いたいのなら、清算手続きに入る前に行わなければならない、ということになります。
それから、お互いに持ち合っている債権の弁済期日は異なっていることが実務上はほとんどかと思います。
つまり、実務上は双方の債務が弁済期にはないことがほとんどなので、相殺は実際には行えないのではないか、
と思われるかもしれません。
しかし、お互いの合意があれば、2つの債務の弁済期日を同じ日に変更することは簡単にできます。
ですので、2つの債務の当初の弁済期日が異なっていても、そのことは相殺を行う上でほとんど問題になりません。
2つの債務の弁済期日をお互いの合意により事後的に同じ日にすることもまた、
”相殺適状を作り出す”と表現できると思います。
On the principle of law, in a liquidation procedure,
a set-off of a
receivable and a payable between a liquidated juridical person and the creditor
can't be admitted.
法理的には、清算手続きにおいては、清算法人と債権者との間の債権と債務の相殺は認められません。