[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
2016年4月22日(金)
2016年4月21日
ソフトバンクグループ株式会社
剰余金の配当(期末配当)及び2017年3月期配当予想に関するお知らせ
ttp://www.softbank.jp/corp/news/press/sb/2016/20160421_01/
2016年4月1日
ソフトバンクグループ株式会社
2016年3月期
決算説明会の模様をインターネットと電話でライブ中継
ttp://www.softbank.jp/corp/news/info/2016/20160401_01/
2015年5月11日
ソフトバンク株式会社
平成27年3月期
決算短信〔IFRS〕(連結)
ttp://cdn.softbank.jp/corp/set/data/irinfo/financials/financial_reports/pdf/2015/softbank_results_2015q4_001.pdf
>通期決算の発表前に次期の配当予想を開示するのは珍しい。
と書かれています。
一連の上場企業が2016年3月期の決算を発表するのは、概ねゴールデンウィークの直前から5月の半ばまでの間になるかと思います。
ソフトバンクグループ株式会社は、2016年3月期決算を2016年5月10日(火)に発表し、同日決算説明会を開催する、
と既に2016年4月1日に発表しています。
記事では、ソフトバンクグループ株式会社は2016年5月10日(火)の決算発表の前に、2017年3月期の配当予想を先に発表した
ということで、このようなケースは珍しいと言っているわけです。
ソフトバンクグループ株式会社が2016年5月10日(火)に予定している決算発表とは、
いわゆる「決算短信」の発表のことかと思います。
ソフトバンクグループ株式会社が2016年5月10日(火)に、2016年3月期の決算短信を発表すると同時に、
決算の内容に関するプレゼンテーションを行うことを計画しているのだと思います。
確かに、通常、決算短信の1ページ目に「配当の状況」という項目があり、次期の配当予想という形で、
現在進行中の会計年度(事業年度)の配当予想額が記載されています。
昨年2015年5月11日にソフトバンク株式会社が発表した「平成27年3月期
決算短信〔IFRS〕(連結)」にも、
1ページ目の最後に、「配当の状況」として「28年3月期(予想)」の金額が記載されています。
通常、決算短信の発表と同時に、次期(この場合、「2017年3月期」)の配当予想金額が発表される、
という流れになっているわけです。
その意味では、このたびのソフトバンクグループ株式会社の配当予想金額の発表は確かにあまり例がないのかもしれません。
しかし、約12ヵ月後の予想をするのと約11ヵ月後の予想をするのとには、それほど大きな差異はないようにも思います。
さらに言えば、配当予想金額の発表は、どちらにせよ「予想」に過ぎないわけです。
法的効力や法的な拘束力は全くないわけです。
そして悪く言えば、たとえ間違っていても何の責任も負わない発表であるわけです。
さらに、極端な実例になりますが、決算発表の前日に業績予想の修正や配当予想額の修正を行う企業もあるわけです。
これでは法律の観点からだけではなく投資家から見ても、2017年3月期の配当予想金額の発表というのは、
2016年4月21日に行おうが2016年5月10日に行おうが2017年5月9日に行おうが、全く同じ意味を持つわけです。
「その金額の配当金が支払われるわけではない。」という意味において、配当予想金額の発表には投資家には意味がないわけです。
投資家に意味があるのは、「実際に支払われる・実際に支払われた金額」だけなのです。
>1株配当を増やして配当総額を保つ。
と書かれています。
社外株式数が増加しようが減少しようが、配当総額を一定に保つということには全く意味はないと思います。
利益剰余金の金額を勘案しながら配当金を決めるという意味では、もちろん配当総額に十分配慮しなければなりませんが、
増配や減配という文脈で意味があるのは、「1株当たりの配当金額」ということになると思います。
いわゆる「安定配当」(例えば毎期1株当たり50円の配当を支払うなど)という場合でも、
「1株当たりの配当金額」を一定に保つという意味であって、配当総額を一定に保つという意味ではないわけです。
財務理論的にも、配当総額を一定に保つということには全く意味はないと思います。
ただ、少し論じるべき論点というのはあると思います。
ソフトバンクグループ株式会社が2016年の2月~3月に大規模な自社株買いと行った後に、
2017年3月期には増配を発表した、という点について、記事には、
>これに続く増配発表で、株主還元を重視する姿勢を鮮明にした。
と書かれています。
この文を読んでまず思ったのは、「自社株買いに応じた株主はもはや配当金を受け取れない。」という点です。
そして同時に、この逆に「自社株買いに応じなかった株主は今後も配当金を受け取れる。」という点です。
つまり、自社株買いの恩恵と増配の恩恵の両方を享受できる株主はいない、ということになるわけです。
俗に”株主への利益還元”とはいうものの、自社株買いで利益を得てさらに配当金で利益を得るということができる株主はいない、
ということになるわけです。
会社側から見ると、自社株買いも配当も、
どちらも原資は利益剰余金でありどちらも会社の現金を消費する(会社財産が社外流出する)という点で
財務上の影響はどちらも全く同じなのですが、
株主からすると、自社株買いの影響と配当の影響は根本的に異なるわけです。
配当を受け取っても、株主は株主のままです。
しかし、自社株買いに応じると、株主はもはや株主ではなくなるのです。
上記の議論に類似する論点になりますが、今日の日本経済新聞意は次のような記事が載っていました。
2016年4月22日(金)日本経済新聞
グリー、115億円の黒字 事業売却で税負担軽減 今期最終
(記事)
2016年4月21日
グリー株式会社
業績予想の修正に関するお知らせ
ttp://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1346125
2016年4月21日
グリー株式会社
子会社の会社分割(吸収分割)及び子会社の株式譲渡に関するお知らせ
ttp://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1346139
簡単に言いますと、2015年6月期に会計上計上した株式評価損が2016年6月期に税務上損金として認容される見込みとなったため、
2016年6月期の課税所得額が減少し、2016年6月期の当期純利益の金額が増加する見通しだ、という内容です。
2015年6月期には、会計上は株式評価損を費用計上したのだが、2015年6月期には税務上は損金として認められなかったようです。
2015年6月期は、株式評価損について、「費用計上+損金不算入」のダブルのディメリットを受け、
2016年6月期は、同じ株式評価損について、「費用計上はしない+損金算入」のダブルのメリットを受ける、
ということになるわけです。
これの何が問題なのかと言えば、2015年6月期と2016年6月期とでは株主が異なる、という点なのです。
株主の数が1人だけであれば、株式評価損の影響は、2015年6月期と2016年6月期を通じて全くありません。
他の言い方をすれば、2015年6月期に会計上株式評価損を計上しようが計上するまいが、株主の利益には中立(同じ影響額)です。
ところが、2015年6月期と2016年6月期とでは株主が異なるとなりますと、2015年6月期に株式評価損を計上しますと、
2015年6月期の株主は著しく不利であり2016年6月期の株主は著しく有利、ということになるわけです。
このような株主間の不利・有利の問題は、資産の評価損・資産の減損処理全般に当てはまる論点です。
結論を端的に言えば、資産の評価損・資産の減損処理は、会計上損失を計上した期の株主に不利、その後の株主に有利、となります。
このように書きますと、資産の評価損・資産の減損処理は理論上は間違いなのではないか、と思われるかもしれませんが、
ただ、理論上考えなければならないのは、理論上は資産単位で見れば評価損・減損損失は税務上将来も損金算入されない、
という点なのです。
なぜなら、理論上は、その資産は今後十分な益金を稼ぎ出せないと判断されたからこそ、評価損・減損損失を計上したはずだからです。
資産単位で見れば、回収可能な金額を超える金額は益金がないため税務上損金算入されることはないのです。
一方で、法人(会社)には、他の資産から十分な益金を稼ぎ出している場合もあるわけです。
他の資産からのその益金と、資産単体では損金算入できないはずの損金とは、課税所得額の計算上法人単位では通算できるわけです。
端的に言えば、資産単位では損金算入できないが法人単位では損金算入できる、ということになるわけです。
これが減損と呼ばれる会計処理が実務上そして理論上完全には説明が付け切れない理由であり、
また、各期の株主間で不平等が生じてしまう理由なのだと思います。
現行の様々な基準・定めでの考え方では、判断が分かれる場合は「保守主義の原則」に最も重きを置く、という考え方をしますので、
たとえ資産単位では損金算入できないが法人単位では損金算入できるとしても、減損損失を計上しなければならず、
そして、各期の株主間で不平等が生じてしまうとしてもそれは度外視する、という考え方になっているわけです。
債権者の利益の方が株主間の不平等よりも重要だ、という考え方に現行の定めは立っているわけです。
仮に、債権者の利益(「保守主義の原則」)には重きを置かないと考えると、
今度は資産の減損処理は行うべきではない、という考え方になるわけです。
それは株主間の利益の平等を損なうものだ、という考え方になるわけです。
結局、何を所与のことと考えるかで、結論(行うべき会計処理)が変わってくるわけです。
元祖貸借対照表理論では、「資産は必ず全額回収できる。」ということが前提になっています。
その理論的前提から考えると、実は減損という概念自体が間違っている(資産が回収されないことは理論上あり得ない)わけです。
ただ、実務上、「資産は必ず全額回収できる。」のなら苦労はないわけです。
回収できると判断して投資を行ったが事業環境等の変化により回収ができない見込みとなった、という場面は実務上あるわけです。
その辺り、理論上の想定と実務上の事象とは食い違いが生じるものなのだと思います。
理論はそのまま実務に適用できるわけではない、と言えばいいでしょうか。
そういった実務上のことを考慮に入れて、理論上の想定に反するものの、
現在では減損という会計処理方法が取り入れられているわけです。
また、法人には他に十分な益金がないことも当然考えられます。
その場合、減損損失はその後やはり税務上損金として算入されないわけです。
そういったことを考えますと、実務上はやはり減損損失を計上するべきという考え方になると思います。
ですので、減損は是か非かという問いには絶対的な答えはなく、
元祖理論上は非、実務上(現行理論上)は是、という言い方しかできないように思います。
このたびのグリー株式会社の事例で言えば、株式評価損を2015年6月期に計上したことは是である、と言わざるを得ないでしょう。
株主間の不平等は、2016年6月期ではなく、2015年6月期の時点で既に生じてしまっていた、と言わねばなりませんが、
債権者の利益(「保守主義の原則」)を鑑みれば、それは致し方ない会計処理である、ということになると思います。
また、株主が1人だけの場合であっても、債権者の利益(「保守主義の原則」)に重きを置く場合は、
会社は減損損失を計上せねばなりません。
ただ、株主が1人だけの場合は、減損損失を計上しても、株主間の不平等は一切生じません。
これは一見当たり前のことのように感じるかもしれませんが、
「その会計処理の影響はその後誰が受けるのか?」という観点から見ると、
「株主が1人だけの場合は株主間の不平等は一切生じない。」という事実は、実は本質的な論点を含んでいると思います。
ところで、ソフトバンクグループ株式会社の記事を読んで思ったことなのですが、
会社が発行している全ての株式を取得してしまった場合、会社はどのようになるのだろうか、とふと思いました。
法務面から考えると、会社は株主総会を開催できない状態になります。
ですので、やがて取締役の任期が満了し、その取締役は任期満了に伴い自動的に退任ということになり、
会社からは取締役が1人もいない、という状態になると思います。
すると、会社は全ての業務を執行できない、という状態になってしまうかと思います。
ただ、取締役の任期を度外視しますと(例えば取締役は取締役会決議で選任すると想定すると)、
財務的には、株式は1株も発行していない状態になっても資金繰りには影響はないわけです。
内部留保と借入で賄っていけば、資金がショートすることはないわけです。
端的に言えば、発行済みの株式と資金繰りとは何の関係もないわけです。
株主は1人もいなくても、会社は財務的には業務を運営していけるわけです。
つまり、株主は1人もいなくても、会社は利益を獲得していけるわけです。
これは、財務的には株主は出資時に会社に現金を払い込んで終わり、という関係になっていることが原因であるわけです。
出資(株式の取得)により、株主のお金は株主のお金ではなく、会社のお金になってしまっているわけです。
そしてそのお金は会社の取締役が意思決定を行い使っていく形になっているわけです。
ですので、出資完了後は、会社に株主が1人もいなくても、会社は事業を運営していける、ということになるのです。
このことは、所有と経営の分離という観点から見ると、株式会社制度における当然の仕組みなのかもしれませんが、
乱暴に言えば、会社にはもはや株主はいなくてよい、という状態を作り出しているわけです。
出資後、株主にできることは、取締役が作成した議案に賛成か反対かを意思表示することだけなのです。
法人という形が、そうさせているのだと思います。
現在の株式会社では、法務面でも財務面でも、株主と会社との間には著しく距離がある、と言わねばならないでしょう。
株式会社の最高の意思決定権者は株主であると言われていますが、実際には制度上の権限は非常に小さいように思います。
Once investors and a company gets separated, the company executes its
conduct apart from the investors.
一旦出資者と会社が分離してしまうと、会社は出資者からは離れて業務を執行するのです。
To record losses in assets of a company beforehand is disadvantageous to
shareholders as of this period
and is advantageous to those as of the
following period,
if the losses will be deductible expenses on the taxation,
though.
早期に会社の資産に関して損失を計上することは、当期の株主に不利なことであり次期以降の株主に有利なことなのです。
それらの損失が将来税務上損金となってしまう場合はですが。