2016年2月14日(日)
昨日のコメントに一言だけ追記します。
昨日は主に、いわゆる償却資産(有形固定資産)の貸借対照表価額について論じました。
減損会計の立場から有形固定資産を見た場合、十分な将来キャッシュ・フローが確定している場合などは、
有形固定資産に対し減価償却を行っていく必要はないのではないだろうか、という1つの問題提起をしたわけです。
この論点というのは、現金支出をどのように費用化していくべきか、という論点と同じであり、
また、現金支出を資産計上する場合はどの価額で資産計上することが適正であるといえるのか、という論点と同じであると思います。
なぜ現金支出を資産計上することが問題になるのかと言えば、端的に言えば、債権者保護の観点からであるわけです。
ある現金支出を費用化しなかった(損益計算書に費用として計上しなかった)とします。
すなわち、ある現金支出を貸借対照表に資産計上したとします。
そうするとどうなるのかと言えば、費用化しなかった金額だけ、利益額が増加するわけです。
ここでいう利益額とは、より具体的には、当期純利益の金額であり利益剰余金の金額です。
会社の配当の原資は利益剰余金に限られるわけですが、現金支出を費用化しない場合は、
その利益剰余金そのものが実際に増加しますので、社外に流出可能な現金の金額が増加することなるわけです。
現金支出を費用として処理していれば利益剰余金はなく会社は配当を支払えなかったはずなのに、
現金支出を費用化しなかった(資産計上した)ために利益剰余金が生じ会社は配当を支払うことができる状態になった、
ということになるわけです。
債権者にとって、債務の弁済の引き当ては会社財産だけです。
したがって、債権者にとって、社外に流出可能な現金は明確に制限されなければならずその金額も明確でなければならないわけですから、
「会社は現金支出をどれだけ費用化しなくてもよいのか(会社は現金支出をどれだけ資産計上を行ってもよいのか)?」
が常に問題となるわけです。
債権者の立場からすると、本当は現金支出額は全額支出時に費用処理してもらいたいわけです。
債権者の立場からすると、本当は現金支出額は一切資産計上してもらくないわけです。
いわゆる償却資産(有形固定資産)の取得ための現金支出であってもそうです。
債権者保護を徹底するのなら、会社はあらゆる現金支出を全額支出時に費用処理するべき(1円も資産計上するべきではない)なのです。
しかし、現代会計では、現金支出時と収益獲得時との間には一定の時間的ズレが商取引上生じるものだ、という考え方をしますので、
現金支出を収益獲得時まで資産計上する(収益獲得時まで費用として処理しない)ことが認められているわけです。
このように考える前提には、現金支出の結果今後収益を必ず獲得できる、という前提もあります。
逆から言えば、将来の収益獲得のための現金支出であれば、
収益獲得まで一時的に現金支出を資産計上したとしても(費用として処理しないとしても)債権者保護の観点には反しない、
という考え方を現代会計では行っている(所与のこととしている)わけです。
この考え方は、債権者保護という観点から見ると、特に「会社法」や「企業会計」の分野でのことではないかと思われるかもしれませんが、
結局のところ、法人税法においても、現金支出時と収益獲得時との間には一定の時間的ズレが商取引上生じるものだ、
という考え方をやはり前提にしています。
なぜなら、前期の現金支出を当期に損金算入できるからです。
前期に棚卸資産取得のために現金支出を行っても、当期にその棚卸資産を販売すれば、
法人税法上、その取得のための現金支出額を当期に損金算入できるわけです。
いわゆる償却資産(有形固定資産)でも考え方は同じであり、現金支出は取得時ですが、その損金算入は当期以降であるわけです。
このことは、現金支出と収益の獲得との間には時間的なズレが生じることを、法人税法でも前提としている、ということでしょう。
それで、今日改めて「会社計算規則」と「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」を読んでみました。
資産計上の要件や可否について、そして、費用計上の要件や可否について知りたかったので、具体的には、
「会社計算規則」の「第五条(資産の評価)」、「第七十三条(貸借対照表等の区分)」、「第七十四条(資産の部の区分)」、
「第八十八条(損益計算書等の区分)」、「第九十四条(当期純損益金額)」、
そして、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」の「第十一条(貸借対照表の記載方法)」から「第三十八条」まで、
「第六十九条
(損益計算書の記載方法)」から「第九十六条(原価差額の表示方法)」まで
を読んでみました。
「会社計算規則」と「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」だけを読んでも、
「会社は現金支出をどれだけ費用化しなくてもよいのか(会社は現金支出をどれだけ資産計上を行ってもよいのか)?」
という問いの答えは見つからないように思います。
「商取引の概念」や「株式会社の概念」を相当前提とした上で定めを読まないと、文言を解釈し切れないと思います。
また、以前も書きましたが、、現代会計や現代会社法制では、相当多くのことを前提として理論が構築されています。
ですので、想定される商取引のパターンが幾何級数的に増加しているわけです。
このような場合はどうか、ではこのような場合ではどうか、といった具合に、商取引のパターンがいくらでも考えられるわけです。
幅広い業種業界に対応できるよう、そして、会社が自由に商取引を行うことを想定して、理論が構築されているのだとは思いますが、
とても法令・法律や規則等では発生し得る事象・商取引をカバーし切れない(言葉でルールを定め切れない)、
という状態に現になっているのだと思います。
例えば、現金支出の典型的な項目として「給与」があります。
「給与」はまさに、現金支出時の費用(法人税法上も現金支出期の損金)、という見方が一般的かと思います。
「給与」は現金支出時に損益計算書の「販売費及び一般管理費」の項目として費用計上する、という見方が一般的かと思います。
ところが、例えば次のような場合を考えてみましょう。
製造業を営む会社に勤務するある従業員甲さんは、ある製品Aの営業・受注(顧客獲得)と製造に必要な原材料の仕入れと
完成した製品の顧客への引渡しそして製品代金の回収を専任で担当しています。
製品Aの製造自体は従業員甲さんは行わず、工場の工員がすべて製造工程を手がけることになっています。
従業員甲さんは製品Aに関する業務以外の業務には一切従事していません。
このような状況下で、従業員甲さんは、当期であるX1期、期首日である1月1日から製品Aの営業・受注(顧客獲得)に従事しました。
従業員甲さんの努力が実り、製品Aの受注に成功しました。
従業員甲さんは早速製造に必要な原材料の仕入れを行い、製造指図書を工場に提出しました。
工場は製品Aの製造を行いました。
製品Aの完成日は12月31日(X1期の期末日)でした。
従業員甲さんは、完成した製品Aを翌日1月1日(X2期の期首日)に顧客に納入(引渡)しました。
この時、会社が「X1期中に」従業員甲さんに対し支払った「給与」は、
X1期の費用・損金でしょうか、それとも、X2期の費用・損金でしょうか。
一般的な考え方としては、X1期の費用・損金というだけではないか、と思われると思います。
しかし、この場合、従業員甲さんは製品Aの業務のみに従事していたわけです。
そして、その製品Aの販売による収益の実現は、「X2期」のことであるわけです。
費用・収益対応の原則から言えば、会社が従業員甲さんに支払った「給与」は「X2期」の費用・損金でなければならないはずです。
現に、製品Aの製造を手がけた工員の「賃金」(労務費)は、販売実現の結果、「X2期」の費用・損金となっています。
製品Aの製造に必要な原材料の原材料費も、販売実現の結果、「X2期」の費用・損金となっています。
製品Aの製造に必要な経費も、販売実現の結果、「X2期」の費用・損金となっています。
製品Aの製造にかかった費用は、「X1期」の貸借対照表に「棚卸資産」として資産計上されていたわけです。
「X1期」の貸借対照表に「棚卸資産」として資産計上されていたからこそ、
製品Aの製造にかかった費用は、「X1期」の費用・損金にはなっていないわけです。
そうしますと、会社が従業員甲さんに支払った「給与」に関しても、「X2期」まで(販売実現まで)費用計上は行うべきではなく、
何らかの形で「X2期」まで(販売実現まで)繰り越さなければならない、ということになるわけです。
しかし、このような場合の会計処理方法については、
「会社計算規則」にも「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」にも法人税法にも書かれてはいないわけです。
文言通り解釈するならば、「給与」に次期に繰り越すという考え方はない、その「給与」は「X1期」の費用・損金だ、
ということになると思います。
製品Aの売上の計上は「X2期」であるにも関わらず、です。
製品Aの販売による益金の発生は「X2期」であるにも関わらず、です。
同じ現金支出でも、工員の「賃金」は資産計上が認められ、一般従業員の「給与」は資産計上は認められない、
というのは整合性を欠くと言えるでしょう。
費用・収益対応の原則を守るため、販売実現時まで何とか「給与」を資産計上したいのですが、
現行のルールでは認められない、という解釈になるかと思います。
実務上は、従業員甲さんに支払った「給与」を「労務費」勘定に振り替える、すなわち、「給与」を棚卸資産に資産計上する、
というような会計処理方法も考えられなくはないかもしれませんが、
この会計処理方法が正しいかどうかは現行のルールからは判然とはしないと思います。
支払った「給与」を資産計上する(費用処理しない)とだけ聞くと、そんな会計処理方法があるのか、と思われるかもしれませんが、
以上のように現実に行われ得る商取引を想定しても、
支払った「給与」を資産計上する(費用処理しない)方が理論上は整合性が高い場合があるわけです。
そして、工員の「賃金」を資産計上することは債権者保護の観点に反しないが、
一般従業員の「給与」を資産計上することは債権者保護の観点に反する、と考える論拠もないのです。
ただ、現実には、恣意性を避けるため、
「その『給与』は『X1期』の費用・損金です。以上。」で線を引くしかないのだと思います。
「会社計算規則」を見ても「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」を見ても法人税法を見ても、
表面的な定め方になっていると思います。
しかしこれは決して悪い意味ではなく、そのようにしか定められない、という意味です。
そもそも想定している商取引が極めて複雑なのだと思います。
他の言い方をすれば、複雑な商取引にも対応できるように定めている、ということだと思います。
現金収入と現金支出一本、というだけであれば理論も定めも簡単であるわけですが、
現実には、商取引において費用の発生と収益の実現との間に時間的なズレが生じるわけです。
実務上のことを考えれば、現在のような定めになってしまうのだと思います。
今日のまとめとしましては、以上のように、「給与」1つ取っても判断が分かれる場合があるわけです。
「現金支出の資産計上」ということが、現代会計における中心論点の1つだと言っていいのだと思います。
しかし、その「現金支出の資産計上」が、理論上も条文を定める上でも、極めて難しいわけです。
また、「現金支出の資産計上」を行うためには、非常に多くの理論的前提が必要です。
将来に販売が実現する(収益が実現する)ということを、資産計上の要件や可否に織り込まねばならないのですから。、
現代会計は非常に複雑な会計理論だと思います。
「会社は現金支出をどれだけ費用化しなくてもよいのか(会社は現金支出をどれだけ資産計上を行ってもよいのか)?」
という問い1つ取っても、答えを出すのは極めて難しいように思います。
「貸借対照表の記載方法」1つ取っても、理論的には実は極めて難しく正しい答えは簡単には出ないのです。