2016年2月7日(日)


昨日のコメントに一言だけ追記します。
本国通貨以外の通貨を事業で使用する場合、外国為替レートの変動が問題になる場合があるわけです。
例えば、事業では日本円を使うにも関わらず米ドルで資金を借り入れる、という場合です。
この場合、借入時には米ドルを日本円に両替し、返済時には日本円を米ドルに両替しなければなりません。
返済時の外国為替レートが借入時よりも円高ドル安になっていれば、日本円を基準に借入金を見ると、
返す金額は借りた金額よりも少なくなりますので、企業は得をするわけです。
逆に、返済時の外国為替レートが借入時よりも円安ドル高になっていれば、日本円を基準に借入金を見ると、
返す金額は借りた金額よりも多くなりますので、企業は損をするわけです。
例えば、極端な円安ドル高の時に日本企業が米ドル建てで資金を借り入れれば、
返済時には円高ドル安になっている可能性があります。
ですので、外国為替レートは今後間違いなく円高ドル安に向かう、という見通しがあるのなら、
米ドルで資金を借り入れるという方法もあるとは思います。
しかし、今後外国為替レートはどのように変動するか分からない、という場合は、やはり日本円で借り入れを行うべきでしょう。
しかし、日本円でお金を貸してくれる人がいない時は、次善の策としては、米ドルで借り入れるべきであろうと思います。
他の外国通貨に比べ、米ドルであれば、貸し手の数も多いですし、また、買入時と返済時における日本円との両替も容易です。
為替予約を結ぶにしても、他の外国通貨と日本円との間の為替予約よりも、
米ドルと日本円との間の為替予約の方が、応じてくれる相手が見つかりやすいと思います。
その理由は、結局のところ、米ドルは基軸通貨(世界中の誰もが保有し得る通貨・世界で最も利便性が高い通貨)だからです。
それで、昨日のコメントでは、東京電力株式会社が発行している外国通貨建ての社債として「スイス・フラン」通貨が出てきました。
そして、東京電力株式会社は金融機関と、スイス・フランと日本円の通貨スワップ契約を締結している、と書かれていました。
通貨スワップと為替予約は実質的に同じですので、以下、通貨スワップも含め為替予約と書きます。
2016年2月7日(日)現在の外国為替レートは、概ね、1スイスフラン=118円、となっているようです。
東京電力株式会社がスイスフラン建て社債を発行したときの外国為替レートがいくらだったのかはしりませんが、
ここでは例えば、1スイスフラン=100円であったとしましょう。
東京電力株式会社は社債償還時、損をしたくないわけですから、金融機関と1スイスフラン=100円の為替予約を結んだわけです。
もちろん、償還時の外国為替レートは円高であれば円高であるほど東京電力株式会社にとっては有利なのですから、
1スイスフラン=90円や1スイスフラン=80円の為替予約を結ぶことができるのなら、それに越したことはありません。
そのような為替予約を結んだ時点で、企業会計上そして税務上認識するべきかどうかはともかく、
東京電力株式会社は社債の償還に関し差額が利益になることが確定している(償還金額が日本円で確定するから)、と言えるでしょう。
ただ、そのような外国為替レートによる為替予約は為替予約の相手方にとっては不利であるわけですから、
簡単には結ぶことができない(為替予約に応じる相手方が見つからない)でしょう。
為替予約といっても、実際には今現在の外国為替レートに近いレートでしか結ぶことはできないと思います。

 


それでは、東京電力株式会社は社債発行時の外国為替レートは1スイスフラン=100円であったので、
外国為替レート変動のリスクを避けるため、社債発行と同時に、1スイスフラン=100円の為替予約を金融機関と結んだとしましょう。
これにより、東京電力株式会社にとっては日本円で社債を発行したことと同じ状態を作り出すことができたわけです。
スイスフラン建て社債そのものが債務不履行を起こさない限り、
そして、為替予約を結んだ相手方が債務不履行(「スイスフラン通貨を売ることができない」と相手方が言ってきたなど)
を起こさない限り(いわゆる「カウンター・パーティー・リスク」)、
基本的にはこれでめでたしめでたしであるわけです。
ただ、外国為替レートの変動という点に関して、実はもう1点生じ得る問題があります。
それは、百年に1回あるかないかというくらいの非常に大きな話になるのですが、
「通貨そのものが変更になる」という事態が考えられます。
スイスフランで言えば、スイスでスイスフラン通貨が廃止され「ユーロ」通貨が導入される、という事態です。
これは何ら考えられない事態ではなく、むしろ現実にも起こり得る事態と言っていいでしょう。
EU諸国の多くでは、現に各国それぞれの通貨は廃止され、「ユーロ」通貨が導入されたわけです。
スイスは永世中立国とのことですが、スイスでも「ユーロ」通貨が導入されるとしても、何らおかしくはないわけです。
そうしますと、国レベルの話として「スイスフラン通貨とユーロ通貨との両替レート」が1つ問題になるわけですが、
東京電力株式会社の事例に即して言うならば、東京電力株式会社が締結した為替予約はどうなってしまうのか、
という問題が生じるわけです。
東京電力株式会社が締結した為替予約は1スイスフラン=100円であったわけですが、
ユーロ通貨導入後はスイスフラン通貨自体がなくなるわけです。
そして、東京電力株式会社が発行したスイスフラン建て社債は、ユーロ建て社債に機械的に換わることになるわけです。
2016年2月7日(日)現在の外国為替レートは、概ね、「1スイスフラン=0.90ユーロ」となっているようです。
今スイスへユーロを導入すると仮定して、この外国為替レートを使うことにしましょう。
スイスフラン建て社債もこの外国為替レートでユーロ建て社債に機械的に換わるとしましょう。
そうしますと、東京電力株式会社は金融機関と実質的に同一条件となる為替予約を改めて締結し直さないといけない、
ということになるわけです。
機械的に考えれば、契約上「1スイスフラン=100円=0.90ユーロ」という関係式になっていますから、
東京電力株式会社は金融機関と「1ユーロ=111.11円」の為替予約を締結することになるわけです。

 


結論だけ言えば、「1ユーロ=111.11円」の為替予約を締結すれば、スイスフラン建て社債がユーロ建て社債に換わった後も、
日本ベースの社債の価額は変動しませんし、償還時に東京電力株式会社が購入するユーロ通貨の金額も日本円で確定しますので、
東京電力株式会社にとって、外国為替レートの変動の影響はないわけです。
これにより、ユーロ通貨導入の影響は東京電力株式会社には生じないと言えますので、めだたしめでたしではあります。
ただ、いくつか理論上の論点はあろうかと思います。
例えば、そもそも東京電力株式会社がスイスフラン建て社債を発行した時の外国為替レートは「1ユーロ=111.11円」ではなかった、
という理路上の問題はあると言えるでしょう。
なぜなら、「1ユーロ=111.11円」という外国為替レートは、
東京電力株式会社がスイスフラン建て社債を発行した時のスイスフランと日本円との間の外国為替レートと、
スイスフラン通貨とユーロ通貨の両替レートから算出したレートに過ぎないからです。
2016年2月7日(日)現在の外国為替レートは、概ね、1スイスフラン=118円、となっているようですが、
「1ユーロ=111.11円」という外国為替レートは今現在の外国為替レートとも異なるわけです。
東京電力株式会社は、外国為替レートの変動のリスクを回避するために、社債発行時に、
社債発行時の外国為替レートと同じ外国為替レートで社債償還時の為替予約を締結したわけです。
東京電力株式会社が当該”ユーロ建て”社債を”発行”した時(実際には再発行ではなく表面上社債の通貨が換わっただけですが)、
「1ユーロ=111.11円」であったのなら、理論上は「1ユーロ=111.11円」の為替予約を締結するで何の問題もないわけですが、
実際には社債発行時の外国為替レートは「1ユーロ=111.11円」ではなかったわけです。
極端な話、ユーロ通貨史上、「1ユーロ=111.11円」であった時がない、ということすらあり得るわけです。
そのような外国為替レートであったことすらないのに、その外国為替レート時に社債を発行した、と言っているようなものなのです。
もちろん、社債発行時には、スイスではユーロ通貨は使われておらず、スイスフラン通貨が使われていたわけですから、
そのような外国為替レートにまつわる理論上の不整合が生じるのは致し方ないわけですが、
何と言いますか、「通貨が変わる」というのは理論上も実務上も極めて大きな問題を不整合を生じさせかねないわけです。
商取引に関してより一般的なことを言えば、「債権や債務の金額は通貨が変更になった場合、どのように捉えるのか?」、となります。
スイスフラン建て社債の保有者は、東京電力株式会社に対し、「約束通り社債はスイスフラン通貨で償還してもらいたい。」
とは言えないわけです。
社債引受時の契約書には、間違いなく「償還金額は何々スイスフランである。」と書かれているわけです。
社債引受時の契約書には、ユーロのユの字も書かれていないわけです。
しかし、スイスフランという通貨がなくなりますと、スイスフランで償還したくてもできないわけです。
結局、債務者の側も債権者の側も、債権債務の金額に関しては、ユーロ導入時の両替レートか何かで機械的に換算した金額を
債権債務の金額とみなす、という対応方法を取るしかないわけです。
もちろん、現実にはそのような方法しかありませんが、法理的には、契約時本来の給付ではない、という見方はできると思います。

 



仮に、東京電力株式会社の社債権者がユーロ導入後もスイスフランでの償還を請求した場合は、
現実にはどのような取り扱いになるのでしょうか。
準拠法(スイス国の民法や会社法や通貨に関する法律など)次第に現実にはなるのかもしれませんが、
法理的には、そのような場合、東京電力株式会社は、スイス市中にはスイスフラン通貨はもはやないとなりますと、
スイス中央銀行にスイスフラン通貨の発行を依頼しなければならない、といったことになるわけです。
ただ現実には、ユーロ導入後はスイス中央銀行もスイスフラン通貨の発行は一切しないことになると思いますので、
一定の外国為替レートで換算したユーロ通貨での償還が法律的に認められる(他通貨での償還でも債務不履行ではない)、
ということになると思います。
社債権者がいくらスイスフラン通貨での償還を請求しても、法律的に認められない、ということになると思います。
逆に、この問題を既に廃止された通貨に関して考えてみるとどうなるでしょうか。
例えばフランス・フラン通貨は既に廃止されており、フランスではユーロ通貨が導入されています。
仮に、東京電力株式会社がフランス・フラン建て社債を発行しているとして、
フランス・フラン建て社債の社債権者は、フランス・フラン通貨での償還を請求できるでしょうか、
それとも、ユーロ通貨での償還しか請求できないでしょうか、それとも、どちらの通貨でも請求できるでしょうか。
相手方から言えば、東京電力株式会社はフランス・フラン建て社債を現在でもフランス・フラン通貨で償還してよいでしょうか。
例えば、償還に備え、東京電力株式会社はフランス・フラン通貨を事前に金庫などに用意していたとします。
社債償還に必要なフランス・フラン通貨を所有している場合は、
そのまま本来の給付であるフランス・フラン通貨による償還を行いたい、
と、東京電力株式会社が考えることは法理的には全くおかしなことではないわけです。
これも現実には準拠法(フランス国の民法や会社法や通貨に関する法律など)によるのだと思いますが、
おそらく法律的にはユーロ通貨での償還のみが認められるのではないか、という気がします。
一国の通貨は1種類のみ、ということ考えると、その考え方になると思います。
ただ、以上のようなことを考えた理由は、フランス国内にはフランス・フラン通貨をまだ保有しているフランス国民がいて、
そのフランス国民は今後も市中銀行でフランス・フラン通貨をユーロ通貨に両替する、ということが現実にあると思ったからです。
フランスにユーロが導入されて15年以上が経ちましたが、フランス・フラン通貨はもうユーロ通貨に両替できない、
ということはないと思います。
それはフランス・フラン通貨は法律的にまだ有効だ、という意味でしょう。
そうしますと、フランス・フラン通貨をまだ債権債務の決済に使用することもできるのではないか、と思ったのです。
現実にはまさに準拠法を読んでみるしかありませんが、想像で書くならば、フランスでは、
フランス・フラン通貨は市中銀行でのユーロ通貨(他の通貨は不可)との両替のみができ、売買や債権債務の決済には使用できない、
といった定めになっているのではないか、という気がします。
中央銀行としては、国内で使用されている通貨(法定通貨)は1種類にしなければならないので、
極限られた場面でのみ、フランス・フラン通貨の法的有効性を認めているのだと思います。

 



為替予約や通貨スワップも一種の金銭に関する債権債務関係ですので、ユーロ導入後も、
為替予約や通貨スワップの契約内容についても、当事者間の個別の合意によらず、契約内容は機械的に換算が行われて継続される、
というふうに現実には対応が取られていると思います。
通貨が変わったので当事者間の契約も自動的に無効になる、というふうに考えることは、
現実にはやはり問題が大き過ぎると思います。
債権債務関係における使用通貨が機械的・法律的にユーロ通貨に変わるというのは、
極めて厳密に言うと、法の遡及適用の側面があると思います。
契約締結時の給付内容は、あくまで「フランス・フラン通貨による給付」だったのですから。
ただ、債権者にとっても債務者にとっても、今後生活上そして商取引上使用していく通貨はユーロ通貨となるわけですから、
現実にはむしろユーロ通貨による給付の方が双方にとって有益であるわけです。
たた、今日は、理論的な不整合について考えてみました。
以上の問題の原因は、端的に言えば、「通貨が変わることは根源的に想定されていない。」ということだと思います。
通貨というのは、価値を測る尺度でもありますし、生活の基盤でもあります。
その通貨が変更になるというのは、商取引から日々の生活から、ありとあらゆる企業と国民に大きな影響を及ぼすことなのです。
税法の観点から言っても、資産・負債・収益・費用の金額はその金額であると言えるのか、という理論上の問題はあると思います。
フランス・フラン通貨とユーロ通貨は、根源的に異なるものなのです。
ただ、一定の両替レートで両者を機械的に換算しているだけなのです。
もちろん、現実にはそのような対処方法しかありません。
しかし、フランス・フラン通貨とユーロ通貨は、根源的に異なるものなのです。
会社法の観点から言っても、例えば株主がかつて会社に払い込んだ現金はフランス・フラン通貨だったわけです。
この事実は変えようがないわけです。
そして、資本金の金額はフランス・フラン通貨だったわけです。
ところが、ユーロ通貨が導入されますと、会計上そして法律上の資本金がユーロ通貨建てになる、
という一種の矛盾が生じるわけです。
株主が払い込んだのはフランス・フラン通貨です。
ユーロ通貨ではないはずです。
「通貨の変更」というのは、理論上は極めて大きな問題が生じるものだと思います。
理論上は、通貨を変更するというのは、それまでの経済活動の全てを無にしなければならない、というくらい、
影響が大きいと思います。
なぜなら、経済活動は、通貨によって計測するものだからです。
EU諸国の様々な思惑や目的があってユーロ通貨は導入されたのだと思いますが、
本来は、一国の通貨を変更することなど、根源的に想定できないことだと思います。