2016年2月5日(金)


2015年5月2日(土)日本経済新聞
東電債保有者の権利保護 子会社収益で担保 持ち株会社制移行で
(記事)



2015年5月1日
東京電力株式会社
会社分割によるホールディングカンパニー制移行及び商号変更について 
ttp://www.tepco.co.jp/cc/press/betu15_j/images/150501j0101.pdf


2.本件吸収分割の要旨
(6)承継会社が承継する権利義務
(7)債務履行の見込み
(3/12ページ)

>本件吸収分割による各承継会社への債務の承継については,免責的債務引受の方法による

>当社の既存の公募社債に係る債務等については,各承継会社へ承継いたしません

>本件吸収分割後における当社及び各承継会社の債務履行の見込みについては,問題ないと判断しております。

 

(参考資料)
ホールディングカンパニー制移行に伴う一般担保付社債の取扱いについて
1.本件吸収分割の効力発生日における一般担保付社債に係る債務の取扱い
2.社債権者の権利保護の仕組み
(9/12ページ)


 


【コメント】
記事とプレスリリースを読んで思ったのは、少なくとも財務的な観点から言えば、
記事とプレスリリースに説明のある社債担保の仕組みは矛盾にも近い、ということです。
社債担保の仕組みが非常に複雑な流れになっているなと思っているのですが、
わざわざこのような社債担保の仕組みを導入するくらいなら、次のどちらかを東京電力株式会社は行うべきでしょう。

@会社分割自体を行わなければよい。
A会社分割を所与のこととするなら、社債も事業子会社へ承継させるべき。

このたびの社債担保の仕組みのおかしな点はたくさんあるように思います。
論点を絞るために、会社分割を行うことを所与のこととして考えたいと思います。
東京電力株式会社は会社分割に際しては社債を事業子会社へ承継させない、と言っているわけです。
仕入債務や借入金は事業子会社へ承継させるのに社債だけは承継させない、と言っているわけです。
仕入債務も借入金も、煎じ詰めれば会社のキャッシュフローで支払いを行っていくことになっているわけですが、
事業は承継させても社債だけは承継させないとなりますと、その社債の償還原資は会社(分割会社)にはないことになります。
東京電力株式会社としては、そういった事情に配慮して、事業子会社からのキャッシュフローを社債償還の担保にする、
と記事やプレスリリースで言っているわけです。
しかし単純に考えても、それなら社債も事業子会社に承継させれば事足りる話ではないでしょうか。
わざわざ社債だけは事業子会社に承継させない、というふうに考える理由はないはずです。
また、何か手続き上の理由があって、社債の発行者(債務者)は東京電力株式会社のままにしておきたい、というのなら、
やはり会社分割は行わないことにするか、
もしくは、東京電力株式会社に社債を償還できるだけの十分な現金を残した状態で会社分割を実施するようにするべきでしょう。
社債償還の担保だなどというのなら、東京電力株式会社自身が現金を償還まで保有しておくのが一番の担保でしょう。
ただ、社債はそもそも事業運営を通じて現金を獲得していき、その現金によって会社は社債を償還していく流れになっているわけです。
社債発行で得た現金を会社がそのまま手許に持っておくはずがありません。
東京電力株式会社は社債発行で得た現金を当然設備投資その他の使途に既に投じているわけです。
つまり、現時点で、東京電力株式会社に社債を償還できるだけの手許現金は当然ない、ということになるわけです。
そうしますと、事業運営により現金を稼いでいくという点から考えますと、やはり社債も事業子会社に承継させるべきでしょう。
別の言い方をすれば、社債を事業子会社に承継させれば、キャッシュフローのインとアウトの整合性が取れる、すなわち。
キャッシュフローの源泉(社債償還の原資)とキャッシュフローの使途(社債の償還)が同一法人内で完結する、
ということになるわけです。
端的に言えば、社債を東京電力株式会社に残すから話がおかしなことになるわけです。

 


また、先ほど、”東京電力株式会社に社債を償還できるだけの手許現金は当然ない”と書きました。
しかし、記事とプレスリリースによりますと、東京電力株式会社は”社債を新たに引き受ける”ことになっています。
どれだけの金額の社債を会社分割と同時に新たに引き受けることになっているのかと言えば、
現在の社債発行残高と同じ金額だけ社債を引き受けることになっています。
東京電力株式会社は一体どうやって現在の社債発行残高と同じ金額の社債を引き受けるのでしょうか。
社債を引き受けるためには、それだけの現金を持っていなければならないわけです。
仮に、東京電力株式会社は現在の社債発行残高と同じ金額だけ社債を引き受けることができるのなら、
その現金はそのまま東京電力株式会社が社債償還まで保有し続けた方が早いのではないでしょうか。
それが一番の担保だと思います。
何もわざわざ「ICB」(Inter Company Bond)という社債を事業子会社が発行し東京電力株式会社が引き受ける、
などということは全く必要ないはずです。
東京電力株式会社の貸借対照表を見るまでもなく、
東京電力株式会社は現在の社債発行残高と同じ金額の社債を新たに引き受けることなどできないはずです。
社債の償還は法人単位です。
すなわち、社債は債務者自身が償還を行うのです。
債務者の手許現金が多ければ多いほど社債の償還可能性は高まるのですから、社債の償還の担保云々というのなら、
東京電力株式会社は現金を事業子会社の方へ流出させる(新社債「ICB」を引き受ける)ようなことはせず、
自分が保有し続けておくべきでしょう。
また、仮に、東京電力株式会社は現在の社債発行残高と同じ金額だけ社債を引き受けることができるとしましょう。
そして、東京電力株式会社は事業子会社が発行する新社債「ICB」を引き受けたとしましょう。
その時、その事業子会社は社債発行で調達した資金を一体何に使うと言うのでしょうか。
事業子会社は会社分割により、事業用資産を承継します。
事業子会社が事業で使用する資産は、会社分割の結果既に承継してしまっているのです。
事業子会社はペーパーカンパニーではないのです(会社分割を実施するまでは一種のペーパーカンパニー(準備会社)ですが)。
つまり、社債発行で資金を調達しても、事業子会社には資金の使途(事業運営上の資金需要)がそもそもないわけです。
事業子会社は、新社債「ICB」発行で調達した現金は、そのまま手許に持っておくしかないのではないでしょうか。
そして、原社債(東京電力株式会社発行の社債)の償還に合わせ新社債「ICB」も償還していくということになっているようですが、
そのようなことをするくらいなら、東京電力株式会社がはじめから現金を保有し続ける方がよいのではないでしょうか。
これはまるで、子供がお金をたくさん持っておくと無駄遣いをしたりして教育上よくないからという理由で、
親が子供のお年玉やおこずかい(現金)を子供が本当に必要な時まで預かっておく、といったような様相に見えます。
法的形態とは正反対に、この場合、東京電力株式会社が子、東京電力送配電事業株式会社が親、ですが。
いずれにせよ、この仕組みは全く担保になっていないように思います。
事業運営により稼ぎ出した現金により社債を償還していく、というのなら、やはり社債も事業子会社に承継させるべきでしょう。
社債を事業子会社に承継させないから、債務者(東京電力株式会社)は社債償還のための新たな資金獲得のための源泉を
新たに確保しなければならなくなるわけです(会社分割前の資金獲得のための源泉は事業子会社に承継させるわけですから)。
仮に、会社分割に際しても社債は承継させない、ということを前提とするならば、可能かどうかはともかく、1つの考え方はとしては、
「今持っている現金で今後とも社債を償還していく。」という考え方になると思います。
社債は、将来のキャッシュフロー(将来の現金収入)で償還しなければならないとは決まっていません。
今現在のキャッシュのストック(今現在の手許現金残高)で償還していっても、何ら問題はないのです。

 



それから、以上の議論からも見えてくる結論になろうかと思いますが、
特に社債の償還の担保云々が問題になるのなら、やはり東京電力株式会社は会社分割を行うべきではない、
が、1つの結論だと思います。
ここでは、社債の償還の担保が特に問題となっていようかと思います。
会社分割を行うということは、資金獲得のための源泉(事業)が分散してしまう、ということです。
会社分割の結果、債務も事業毎に分かれてしまいますが、事業も分かれてしまうわけです。
言うまでもありませんが、事業が資金獲得の源泉です。
それなのに、事業は分散させるが債務は分散させない、となりますと、当然債務の弁済に関して不整合が生じるわけです。
また、会社分割を行わないならば、資金獲得の源泉は1つの束のままです。
事業という複数の資金獲得の源泉が、法人という管(器)により1つにまとめられ、
そこで稼ぎ出された現金は法人の全債務の弁済に充てられます。
ここで、会社分割により、資金獲得の源泉と債務とを事業毎にそれぞれ分散させるとなりますと、
たとえ獲得できる現金の合計金額は会社分割前後で同じでも、それぞれの債務の弁済可能性は低くなります。
なぜなら、債務の弁済は法人単位だからです。
Aという法人の債務を別のBという法人が弁済することはできないのです。
会社分割により、A持株会社(法人)とB事業子会社(法人)とC事業子会社(法人)の3つの会社ができたとしましょう。
会社分割前であれば、B事業の債務をC事業から稼ぎ出した現金で弁済することができます。
しかし、会社分割後は、B事業の債務をC事業から稼ぎ出した現金で弁済することができなくなるのです。
新しく稼ぎ出していく現金ではなく、会社分割により承継された現金に関しても、
当然、B事業子会社(法人)の債務をC事業子会社(法人)が弁済することはできません。
元は同じA会社(法人)の現金だったではないか(会社分割前であれば弁済可能であったではないか)、
とB事業に関する債権者が会社分割後にC事業子会社(法人)に主張してもそれは通らないわけです。
この辺りが、会社法上の債権者保護手続きで重視しなければならない点なのだとは思いますが。
結論を端的に言えば、「会社分割を行うと、債務の弁済可能性は低くなる方にしか変動しない。」となります。
会社分割を行った結果、債務の弁済可能性が高まることは、絶対にないのです。
会社分割に関連する全会社が、全ての債務に関して重畳的債務引受を行う場合のみ、債務の弁済可能性は会社分割前と同じなまま、
となるだけなのです。
それほどまでに、「法人が異なる」という状態は債権者にとっては危険が伴うことなのです。
法人というのは、資産の範囲、負債の範囲、収益の範囲、費用の範囲を明確にする手段なのです。
特に、有限責任制度を採用している法人の場合は、
債権者にとって「負債の範囲が限定されている」という条件は実は極めて厳しい条件なのです。
かと言って、無限責任制の法人の場合は、そもそもの法人の意味が相対的になくなってしまう、とも言えると思います。
債権者保護の観点を度外視するならば、法人はむしろ有限責任制の方が理論上は理に適っているように思います。
法人の是非についてはともかく、わざわざ会社分割を行うと言いながら、承継させない債務について債務の弁済可能性について
対応策を講じるというのは、どこか矛盾しているな、と東京電力株式会社の事例を見て思いました。

 



最後に、東京電力株式会社が承継させないと言っている社債とは「一般担保付社債」とのことです。
東京電力株式会社所有の不動産に対して社債の抵当権が設定されている、ということなのだと思います。
現行民法は見ていませんが、法理上は、抵当権が設定されている不動産は譲渡できないと思います。
なぜなら、不動産の譲受人は債務者ではないからです。
債務者が、所有している不動産に抵当権を設定するのです。
抵当権が設定されたまま不動産が譲渡されますと、
不動産の譲受人は自分は抵当権など設定していないのに目的物に最初から抵当権が設定されていることになってしまいます。
これで債権者から抵当権が行使されますと、譲受人は不動産の所有権を失うことになってしまいます。
ですので、抵当権が設定された不動産は抵当権を解除した後で譲渡しなければなりません。
もちろん、抵当権を解除するためには、抵当権者=債権者の同意が必要です。
端的に言えば、抵当権に関して言えば、不動産の所有者=債務者、でなければならないわけです。
また、この東京電力株式会社の事例の場合、抵当権に関する債権者(抵当権者)とは、社債権者・社債保有者です。
社債保有者は、株主の人数ほどではないと思いますが、それでも何百人以上もいることでしょう。
抵当権の解除のため、全抵当権者の同意を取り付けるのは困難なのかもしれません。
そして、抵当権が設定されている不動産は譲渡できません。
したがって、東京電力株式会社は、抵当権が設定されている不動産を承継させることはできないため、
「一般担保付社債」を事業子会社に承継させない、と言っているのだと思います。
仮に、東京電力株式会社が「一般担保付社債」を事業子会社に承継させるとしたら、
まず、抵当権の解除のため全抵当権者(全社債権者)の同意を取り付け(不動産の承継のために必要です)、
社債の承継についても全社債権者の同意を取り付け(これは会社法上の債権者保護手続きに含まれます)、
そして、会社分割(不動産と社債の承継を含む)後改めて、
承継させた社債に事業子会社が担保を付ける(承継し所有している不動産に抵当権を設定する)、
という手続きを踏まなければなりません。
東京電力株式会社は一連の手続きを行うのではなく、社債を承継させない、という選択肢を選んだようです。
現時点で担保が付いているということは、社債は事業子会社へ承継されなくても、
実ははじめから償還可能性には何ら問題はない、ということなのだろうか、という気がします。
少なくとも、社債権者からは、はじめから社債は必ず償還されるというふうに見えるはずです。
ただ、東京電力株式会社(債務者)からすると、万が一社債を償還できない場合は、
抵当権が設定されている不動産を失うことになります。
ですので、会社分割後も社債を必ず償還できる仕組みを考えなければならないのは、
債権者ではなく東京電力株式会社(債務者)自身のためだ、という言い方ができるのかもしれません。
ただ、記事とプレスリリースを見る限りは、このたびの方策は会社分割後も社債を必ず償還できる仕組みにはなっていないようですが。
今日のまとめというほどではありませんが、少なくとも財務的な観点から見ると、
承継させない原社債の償還のため、事業子会社が新社債「ICB」を発行し東京電力株式会社が引き受ける、
というのは非常に多くの点で説明が付かない、というふうに思いました。

 


A lender is another investor to a stock company.

貸し手は株式会社に対するもう1人の投資家です。

 


The payables other than the bonds are to be transferred, but the bonds aren't.

社債以外の債務は承継されることになっていますが、社債は承継されません。

 


The foundation of a juridical person enables cash-in-flows and cash-out-flows of a business there
to be narrowed down only to the juridical person's.

法人を設立することで、そこでの事業における現金収入額と現金支出額を法人のみのものとすることができるのです。

 


The risks of future cash flows are much greater than those of a cash stock as of today.

将来のキャッシュフローのリスクは、今現在のキャッシュ・ストックのリスクよりもはるかに大きい。

 


Cash doesn't decrease unless you use it.
But, cash doesn't increase unless you earn some.

使わない限り、お金は減りません。
しかし、稼がない限り、お金は増えないのです。