2016年1月12日(火)
2016年1月4日(火)日本経済新聞
仮想通貨とルール B 東京地裁 所有権認めず
「法的保護ない」と誤解招く
(記事)
2016年1月11日(月)日本経済新聞
仮想通貨とルール C 顧客保護の対策
第三者加え「複数署名」も一案
(記事)
What is an object of ownership?
所有権の対象物とは何か?
That you leave an asset in a person's care means that you trust the person.
人に資産を預けるというのは、その人を信頼するという意味です。
【コメント】
仮想通貨についてコメントする気はありませんが、
どちらの記事も、所有権の法的問題を考える上で興味深い内容を含んでいますので、
法律上の一般論として、所有権について一言だけコメントしたいと思います。
仮想通貨のことではなく一般論としてですが、ある人がある会社に資産を預けた、という場面を考えてみましょう。
この時、その資産の所有権は誰にあるでしょうか。
こうように書きますと、答えは簡単ではないか、と感じる人もいるかもしれません。
しかし、法理的には、実は人に資産を預けるという考え方はないと言いますか、
「預ける」という行為を法律的に定義することはできない、ということになると思います。
「預ける」という行為自体が法律上は明確ではない(取引毎に別途定義する必要がある)、ということになると思います。
一般用語としては、人にものを預けただけでは所有権は移転しないと考えるわけです。
自分が所有しているものを一時的に人に預かってもらう、ということは日常生活でもあろうかと思います。
ものを預けたことをもって、そのものは預かった人の所有物になる、という考え方はしないわけです。
ただ、法理的な観点から「預ける」という行為を考えると、話が簡単ではないことに気付きます。
「預ける」ということで、身近な例としてはいわゆる銀行預金があろうかと思います。
ある人が銀行に100円預けました。
その100円の所有権は一体誰にあるでしょうか。
実は銀行にあるのです。
もちろん、預金者にはその100円を返済してもらう権利があります。
しかし、その100円という現金の所有権は銀行にあるのです。
その現金100円の所有権は銀行にあるからこそ、銀行は預金者の意思・意向とは無関係に、
任意の相手に自由に貸し出しを行うことができるわけです。
仮に、その100円という現金の所有権は預金者にあると考えてしまうと、
銀行は現金は自分の所有物ではないため一切貸し出しを行えない、ということになるわけです。
これは、銀行預金の逆、すなわち、銀行借り入れの場合も同じです。
会社が銀行からお金を100円借り入れた場合、その現金100円の所有権は借入人である会社にあります。
その現金100円の所有権は借入人である会社にあるからこそ、会社は任意に借入資金を設備投資その他に投じることができるのです。
仮に、その100円という現金の所有権は銀行にあると考えてしまうと、
会社は現金は自分の所有物ではないため一切設備投資その他に借入資金を投じることはできない、ということになるわけです。
さらに、この点は資本で同じです。
株主が会社(株式会社等の「法人」)へ現金を払い込んだ場合、会社に払い込まれた現金の所有権は一体誰にあるでしょうか。
実は、というよりこう書くと言われてみればそうだなと思うかもしれませんが、払い込まれた現金の所有権は会社にあるわけです。
会社に現金を払い込んだ後、株主はその現金に対する所有権はないわけです。
株主にあるのは、「会社に現金を払い込んだということを証する証書」、すなわち株式だけなのです。
株主からは現金の所有権がなくなり、株主は証書の所有権を代わりに手にすることになったわけです。
他の言い方をすれば、
銀行預金を行うとその現金の所有権は預金者から銀行に移転し、
銀行借入を行うとその現金の所有権は銀行から借入人に移転し、
資本の払込を行うとその現金の所有権は株主から会社に移転する、
ということになるわけです。
銀行預金をするということは、預金者は銀行を信頼(trust)する、ということです。
銀行借入をするということは、銀行は借入人を信頼(trust)する、ということです。
資本の払込を行うということは、株主は会社を信頼(trust)するということですし、
また、会社の業務を執行する人物にその現金の運用・投資・使用・消費等を委任(trust)するということです。
銀行預金の場合も銀行借入の場合も資本の払込の場合も、
特段の法律(銀行法や会社法)により、「預ける」(概念的には全て背景に「trust」があるのだと思います)という行為が
類型別に定義されている、というふうに整理すればよいと思いますが、
いずれの場合も、「預ける」という行為の結果、現金の所有権は相手方に移転する、と考えるわけです。
このことは、一般化して言えば、「人から人へものが引き渡された時点で法理的・概念的には所有権が移転する。」、
という捉え方につながってくるわけです。
>原告は取戻権(とりもどしけん)を主張した。取戻権とは、倒産した債務者に属さない財産を所有者などが全て取り戻す権利。
>マウントゴックスに顧客が預けた財産は破産債権として金銭に換えられ、債権者に分配される。
と書かれています。
取戻権という権利は民法上の言葉がどうかどうかは分かりませんが、要するに、
「相手方に引き渡した目的物」をどのように取り戻すか、という話をしているのだと思います。
記事には、
>モノは他人に貸しても所有権が手元に残るが、金銭は貸すと所有権も移る。
と書かれていますが、上の方で書きましたように、概念的にはこれは間違いです。
金銭もモノも、取引形態によらず、概念的には、目的物を「相手方に引き渡した」時点で、所有権は相手方に移ります。
そして、
>「貸したおカネを返せ」というのは所有権ではなく、消費貸借契約に基づく請求だ。
と書かれていますが、このことを今日書きました内容を踏まえ取引の類型別に整理して表現すると、
銀行預金では預金者は銀行に「引き渡した目的物を返せ」と言えますし、
銀行借入では銀行は借入人に「引き渡した目的物を返せ」と言えますが、
資本の払込では株主は会社に「引き渡した目的物を返せ」と言えないのです。
その本質的理由は、”資本の払込は貸借契約ではないから”ではなく、
「資本の払込はそもそも引き渡された目的物の返還は行わないという取引だから」と言わねばならないと思います。
会社法の枠組みとして、株主から会社に払い込まれた現金(引き渡された目的物)は債権者保護のために使用される、
ということになっているわけです。
したがって、株式会社制度として、会社は株主から引き渡された目的物を株主に返還するわけにはいかないのです。
だから、資本の払込は返還を前提とした貸借契約ではないのです。
仮に、株主が引き渡した目的物(現金)を再び自分の手にしたいと思った場合は、
所有している株式を第三者に売却する、ということが会社法制度上求められるわけです。
会社から資本の払戻しを受けるのではなく、株式を会社以外の第三者に売却することで、株主は出資の回収を行わねばならないわけです。
これが株式会社制度なのです。
そのような目的物の引き渡しを定義・制度構築しているのが、会社法という法律であり、株式会社制度だ、
というふうに整理できると思います。
極めて簡単に言えば、「自分が手に持っているものが自分の所有物だ。」ということになると思います。
記名の有無や契約形態などによらず、とにかく「今自分が手に持っているものが自分の所有物である。」という考え方が、
法理の基本にあると思います。
ただし、その基本的考え方に、例えば不動産の賃貸借のように”一時的な所有権の移転であれば所有権の移転の登記は行わない”
というような(明文のもしくは言外の)取引形態別の修正が特別法上行われている、というような考え方になっているのだと思います。
この考え方からいきますと、2016年1月11日(月)の記事で書かれています「顧客保護の対策」というのは難しいと思います。
この文脈で言う「顧客」とは、「目的物の引き渡しを行った人物」ということになります。
「目的物の引き渡しを行った人物」をいかに保護するか、という議論をしているわけです。
証券会社や信託銀行などでは、”預かり資産”というような言い方をするかと思いますが、
”預かり資産”というのは、法理的には証券会社や信託銀行の所有物、ということになるのではないかと思います。
結局、顧客は証券会社や信託銀行を信頼(trust)している、という考え方になるのだと思います。
貸借型の契約であれ証券会社や信託銀行などの、”預かり資産”であれ、
その背景には全て信頼(trust)があり、目的物の引き渡しを行った者と目的物の引き渡しを受けた者との間には信頼関係がある、
ということが基本にある(法理上の前提となっている)、という考え方になると思います。
ただ、証券市場の特性を踏まえれば、証券会社では、証券会社自身の資産と顧客の資産とを分けて管理する必要があると思います。
これは、顧客は顧客は資産を証券会社に預けたというよりも、証券取引上証券会社を通さねばならないことからくる実務上の要請、
と言わねばならないと思います。
この点についてですが、資本の払込が会社法により定義されているのと同じように(ある意味会社法とは正反対の考え方になりますが)、
「目的物の引き渡しは受けたものの、いつでも返還できるようにその目的物は自分の資産とは厳格に区別して管理・保管しなければならない。」
ということが、一定の特別法により要請されねばならない、ということになると思います。
銀行は預金(引き渡しを受けた目的物)を貸し出しに回しますが、
証券会社は目的物を他の用途には使用せず、純粋に証券取引のための口座を顧客に用意しているだけ、
という状態でなければならないわけです。
そのために、特別に金融商品取引に関する法律が定められている、というふうに整理すればいいのではないかと思います。
不動産の賃貸借における目的物に対する賃借人の所有権の強さ以上に、
証券会社における証券取引のための口座(目的物・財産)に対する顧客の所有権の強さは、概念的・法律的に強くなければならない、
ということになると思います(そのように制度構築上法律的に要請されなければならないと思います)。
これが、(明文のもしくは言外の)特別法上行われている証券取引に関する修正だ、ということになると思います。