2015年12月13日(日)


2015年10月14日(水)日本経済新聞
GE、金融の一部売却 3.8兆円規模 ウェルズ・ファーゴに
(記事)

 

 


【コメント】
記事の内容を踏まえつつ、話の簡単のために、銀行が貸出金(貸付債権)を他者に譲渡する、という場合を考えてみましょう。
現行民法上、債権は譲渡できますので、銀行は貸出金(貸付債権)を他者に譲渡できるわけです。
それで、記事には、資産の譲渡の伴い従業員も移籍する、と書かれています。
記事の内容に即して言えば、GEキャピタルで金融事業に従事していた従業員が資産譲渡先であるウェルズ・ファーゴに移籍する、
ということだと思います。
これは、譲渡される事業に従事していた従業員の雇用契約も一緒に譲渡先へ承継される、という意味だと思います。
このような取引は、1つの事業をその事業に関する権利義務も含めて他社に承継させる、という取引になりますから、
単なる一資産(貸付債権)の譲渡というより、会社分割と呼ばれる組織再編行為であると言えるかと思います。
それで、会社分割では、関連する資産と従業員の雇用契約の他に、関連する負債も承継されることになるわけです。
財務的な観点から言えば、むしろ、”会社分割では関連する資産負債と一緒に、従業員の雇用契約も承継される”
という言い方をするべきかもしれませんが。
それで、私が今何が気になっているのかと言うと、会社分割では関連する負債も承継される、という点なのです。
以前も書いたかと思いますが、現行民法上は債務の譲渡は認められていませんが、
会社法上は会社分割を認めることによって、会社の場合は法律上債務の譲渡を認めている、という考え方になりますから、
会社が債務を譲渡することはここでは所与のこととします(問題としないとします)。
また、以上の議論から分かるように、債務の譲渡は会社間でのみ認められている行為になります。
したがって、自然人間はもちろんのこと、会社と自然人との間でも債務の譲渡は法律上認められていません。
債務の譲渡が認められるのは、会社間だけです。
その理由は、組織再編行為という文脈では、自然人には会社法は適用されないからです。
株主としてなら自然人にも会社法が適用されますが。
自然人が会社から債務の譲渡を受けるということは一切できないわけです。
では、銀行が貸出金(貸付債権)を他社に譲渡する、という場合についてなのですが、
この場合、この銀行はどのような負債を会社分割において承継させればよいでしょうか。
銀行というと預金を預かっているわけだから、譲渡する貸付債権に見合う何か一定額の預金を承継させればよいのではないか、
と思われるかもしれません(預金保護や銀行法等の議論はここでは度外視します)。
ただ、ここで私が思うのは、会社分割において承継させるべきなのは、あくまで「承継させる事業に関連する負債」なのではないか、
という点なのです。
合併とは異なり、会社法上は承継させる負債に特段の制限はないのかもしれません。
承継させる資産と負債は当事者間で任意に決めてよい、という定めになっているかと思います。
会社法の条文を読む限りは、分割会社から承継会社へと承継される資産、債務、雇用契約その他の権利義務は、
”承継される事業に関連するもの”という定め方はされていないわけです。
そうしますと、極端に言えば、@承継される資産、A承継される負債、B承継される雇用契約その他の権利義務、
の3つの間には何らの関連性がなくても、当事者間の合意によりこれら3つを承継させる会社分割という法律行為を行うことができる、
ということになると思います。

 


以上の私の理解が正しいとすると、会社分割という法律行為は、”事業を承継させる”という考え方や、
”会社において複数の事業を手がけているのだがその一部を1かたまりのものとして相手方へ承継させる”
という行為とはかなり意味合いが異なるものなのではないか、という気がするわけです。
というより、会社法上定義される会社分割は事業の承継にも使える、という言い方をするべきでしょうか。
要するに、私が気になっているのは、「事業の承継」という言い方をしますと、
やはり「事業と関連のある資産負債と雇用契約とを一体的に承継させる」という概念・イメージが必然的に伴うわけですが、
会社法上はそのような定め方になっていない、という点なのです。
参考までに会社法第2条の条文を引用しますと、

>吸収分割 株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。
>新設分割 一又は二以上の株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割により設立する会社
>に承継させることをいう。

となります。
改めて条文を読みますと、「事業に関して有する権利義務」とはっきり書かれています。
会社法の条文に「事業に関して有する権利義務」とはっきり書かれているではないか、と思われるかもしれません。
確かにその意味では、逐条解釈としては私が先ほど書いた内容は間違っています。
しかし、何と言いますか、私が思うのは特に「関連する負債」の部分なのです。
では、銀行が貸出金(貸付債権)を他社に譲渡する、という場合についてなのですが、
この場合、この銀行はどのような負債を会社分割において承継させればよいでしょうか。
つまり、「『承継させる資産』に関連のある負債」とは一体どれのことでしょうか。
銀行に「『承継させる資産』に関連のある負債」など、ないのではないでしょうか。
さらに言えば、銀行は預かった預金を貸し出したのではなく、資本金(株主から払い込まれた現金)を貸し出したのかもしれません。
預金を貸し出したのか資本金を貸し出したのかに、区分があるでしょうか。
この議論は会社全般に当てはまる議論です。
ある事業で資産を有しているわけですが、その資産は資本金で賄ったものでしょうか、それとも利益剰余金で賄ったものでしょうか、
それとも借入金で賄ったものでしょうか。
むしろ、資金の運用は資金の調達源泉に影響を受けない、というのが財務的な観点から見た場合の株式会社の特長ではないでしょうか。
つまり、承継させる事業に関連のある資産は簡単に定義できるわけです。
それどころか、事業とそこで用いられる資産とは一対一に結び付いているといいますか、
この事業を承継させるとなりますと承継させる資産が一意に決まり、
逆に、ある資産を取り出せばその資産はこの事業で用いているものだ、と一意に言える、という関係に事業と資産はあるわけです。

 



ところが、負債の方はと言えば、仕入債務であれば事業との関連が明白です(相手方勘定科目は必然的に棚卸資産だから)が、
仕入債務以外の負債は、どの事業に用いられているかは明確ではないといえるでしょう。
財務的な観点からその理由を言えば、仕入債務以外の負債は元はと言えば現金勘定だったからです。
現金は何にでも使えます。
ですから、例えばある借入金がどの事業に用いられているかは一意には決まり得ないわけです。
借入時は確かにある事業のために借り入れたのだが、事業が順調であるために返済期日前に十分にお金を稼ぐことができたので、
現在は他の事業の資金繰りに一部用いている、という場合だってあるでしょう。
さらに言えば、例えば、ある事業で用いる有形固定資産を取得するために、取得資金を資本金で半分、借入金で半分、賄ったとします。
この場合、”事業に関連する負債”とは、資産の価額の半額の借入金、ということでいいのでしょうか。
以上のように、負債の方は、より正確に言えば、資金の調達源泉の方は、
”この事業と関連している”とは簡単には言えない部分が大きいわけです。
仕入債務は特定の事業で用いる棚卸資産と一対一に対応しています(まさに棚卸資産が仕入債務の相手方勘定科目です)。
しかし、仕入債務以外の負債は、調達時は現金勘定ですので、財務的にはむしろ特定の事業との関連性が全くない、
と言わねばならないわけです。
そうしますと、会社法の条文の文言としては、確かに「事業に関して有する権利義務」とはっきり書かれているわけですが、
実務上は、負債に関しては「これが事業に関連している負債なのです。」と、
言わば事後的・人為的に承継させる負債を決める、という流れになってしまうように思うわけです。
ですので、承継させる負債は当事者間で任意に決めてよい、というとやや語弊もあるかもしれませんが、
実務上は任意に決めるしかない、という言い方になると思います。
結局のところ、実際の資産とは借方のことを指すわけです。
貸方は資金の調達源泉を概念的に表しているに過ぎません。
このことを考えると、借方は事業との関連性が自動的に一意に決まるのに対し、
貸方の方は事業と一対一ではない、ということになるわけです。
資本金や利益剰余金は多用途に使うためにあるわけです。
銀行が預かっている預金も、ある貸出先に融資をし返済を受け、また別の貸出先に融資をし、ということを行うわけです。
会社が借り入れる借入金であれば、「借入資金の使途」という形で、借入時に特定の事業との一定度の関連性は見出せるとは言えますが、
それでも、会社が実際に借り入れたものはまさに「現金」そのものであるわけです。
その「現金」の調達源泉を借入金勘定により表象しているだけなのです。
そういったことを考えますと、「事業と関連のあるもの」と言うときは、借方のもの(資産勘定)しか特定できない、
ということになると思うわけです。
そして、「現金」というものは、特定の事業と関連付けることが根源的に不可能なものなのではないか、というふうに思います。

 



以上が、財務的観点から見た場合の「事業と関連しているもの」を特定することの難しさです。
法務面・労務面からこの点について一言だけ追記しますと、「承継される事業と関連している雇用契約」とはどれのことか、
という問題がやはりあるのかもしれません。
一見すると、その「承継される事業に従事している従業員が会社と締結している雇用契約」というではないか、
と思うわけですが、厳密に言えば、従業員(自然人)は会社(法人)と雇用契約を締結しているわけです。
従業員は特定の事業と雇用契約を締結しているわけではありません。
つまり、法理的には、事業と従業員(雇用契約)とを一対一に結び付けることはできない、という考え方になると思います。
会社と従業員とが一対一に結び付いているのです。
事業と従業員とが一対一に結び付いているわけではないのです。
その意味では、会社が締結している雇用契約を事業ごとに分別することは法理的にはできない、ということになると思います。
また、経営的な観点から言えば、
会社分割実施時点ではその従業員は確かにその事業の業務に従事していたのだが、
それはジョブ・ローテーションの一環でその時その事業部門にいただけだ、
会社としてはその従業員には次は他の事業に従事してもらうよう、人事計画・人材戦略がある、
ということもあるわけです。
そのような場合、会社分割実施時点での従事業務だけで事業と雇用契約とを結び付ける(会社法上移籍する義務がある)というのは、
会社の経営戦略にそぐわない、ということもあると思います。
しかし、かといって、ではどうやって事業毎に雇用契約を仕分けするか、と言ってもやはり実務上も法理上も答えはないでしょう。
悪く言えば、承継させる雇用契約は任意に決める(といっても承継されなかった雇用契約は分割会社に残るだけですが)、
という言い方になると思います。
今日のまとめとしましては、@承継される資産、A承継される負債、B承継される雇用契約その他の権利義務、の3つのうち、
事業と一対一に結び付けることができるものは、実は「@承継される資産」のみである、となります。
A承継される負債とB承継される雇用契約その他の権利義務は、事業との一対一の結び付きを見出すのが実務上は困難であり、
負債や雇用契約を事業毎に切り分けることは実際には不可能である、と言えると思います。
会社法の条文解釈としては、会社分割では「事業に関して有する権利義務」を承継させるのではなく、
会社分割において承継させることになった権利義務が「事業に関して有する権利義務」なのだ、
という解釈方法を行うしかないように思えます。
経営戦略論・概念論としては、「会社分割では『事業に関して有する権利義務』を承継させる」、で正しいわけですが、
会社法の条文を一文一文読みますと、「事業に関して有する権利義務」は会社(当事者)が決める、と読めると私は感じます。
その理由は結局のところ、法律の条文としては「事業に関して有する権利義務」を定義できないからであろう、と思います。

 

Transfer of receivables.

債権の譲渡