2015年2月27日(木)
2015年2月26日
株式会社十六銀行
第1種優先株式の取得および消却に関するお知らせ
ttp://www.juroku.co.jp/16bank/release/201501_03/20150226_2.pdf
>十六銀は2012年に岐阜銀行を合併する際、三菱東京UFJ銀が持つ岐阜銀の優先株に、十六銀の優先株を割当交付していた。
と書かれています。
プレスリリースには、同じくこの優先株式に関しては、
”優先株式は、株式会社岐阜銀行が2010年12月22日に発行した優先株式について、2012年9月18日の株式会社岐阜銀行との合併に伴い、
株式会社十六銀行が優先株主である株式会社三菱東京UFJ銀行に対し割当交付したものです”
というふうに書かれています。
このたび株式会社十六銀行が取得する優先株式は、確かに株式会社十六銀行自身の優先株式(自己株式)ではあるのですが、
優先株式が発行された経緯としては、そもそもは株式会社岐阜銀行が発行した優先株式であるようです。
このたび株式会社十六銀行が取得する優先株式は、法律上(会社法上)は間違いなく「株式会社十六銀行が発行した優先株式」です。
では、会計上はどうでしょうか。
このたび株式会社十六銀行が取得する優先株式は、会計上も「株式会社十六銀行が発行した優先株式」でしょうか。
株式会社岐阜銀行は2010年12月22日に優先株式を発行したわけですが、
株式会社岐阜銀行は2010年12月22日に以下の仕訳を切っているわけです。
(現金) 200億円 / (資本金) 200億円
その後、2012年9月18日に株式会社十六銀行と株式会社岐阜銀行とが合併したわけですが、
この時、株式会社十六銀行は株式会社岐阜銀行が発行していた優先株式に対し自社の優先株式を割り当て交付した、と言っているわけです。
では、株式会社十六銀行は、株式会社岐阜銀行が優先株式を発行した時と同様に、
次の仕訳を合併期日である2012年9月18日に切ったでしょうか。
(現金) 200億円 / (資本金) 200億円
両行の合併に伴い、株式会社三菱東京UFJ銀行は株式会社十六銀行に新たに資本を払い込んだなどということはしていないでしょうから、
株式会社十六銀行は合併期日である2012年9月18日に上記の仕訳は切ってはいないでしょう。
では、株式会社十六銀行は一体どうやって2012年9月18日に新株式を発行したというのでしょうか。
昨日のコメントで、”合併前の存続会社と消滅会社の関係によって会計処理方法が変わるのはおかしい”ということの理由として、
>しかし、会計理論的に言えば、「合併の会計処理方法は合併前の存続会社と消滅会社の関係に依存しない」、と言わねばなりません。
>その理由としては、結局のところ、
>株主構成や株式所有割合に関わらず合併を行うことについては株主が承認したことに変わりはないからだ、
>という説明方法になると思います。
と書きました。
存続会社が子会社と合併しようが株式を少数だけ所有している会社と合併しようが、会計処理方針・方法は同じでなければならない、
なぜなら、株主が正式に承認した全く同一の法律行為であるからだ(資本関係や持株比率は法律行為そのものとは全く関係ないからだ)、
ということを昨日は言いたかったわけですが、このことについて、合併に即して他の言い方をすれば、
存続会社は消滅会社の権利義務を包括的に承継することには変わりはない、という言い方になりますし、さらに他の言い方をすれば、
存続会社は消滅会社の資産負債を包括的に承継することには変わりはない、という言い方になるわけです。
では、資本についてはどうでしょうか。
確かに、株式は会社に対する権利を表象するもの(会社にとっては義務を表象するもの)ですが、
合併により消滅会社は消滅するのも事実です。
資産負債の承継の対価として存続会社株式の割り当て交付を受けるのだから問題はないという見方もできるとは思いますが、
概念的な話になりますが、資産負債は承継できるが資本は資産負債に比べれば相対的に承継できない、と私は感じるわけです。
その理由は、資本は会社に対する権利を直接的に表すものだからだ、と説明できると思います。
株式会社の原理上・商法概念上、会社の資本は直接的に株主に帰属しています。
しかし、会社の資産負債は株主には帰属してはいないでしょう。
だから、会社の資産負債は譲渡・承継できるが会社の資本は譲渡・承継できない、というふうに私は感じるわけです。
私のこの感覚が正しいとすると、合併を行っても消滅会社の優先株式は存続会社に承継されない、という結論になる気がします。
上記の論点・結論は、優先株式に限らず、正確には株式全般について当てはまると言わねばならないでしょう。
消滅会社の資本そして株式は存続会社に承継されるのではなく、消滅会社の株主は合併の対価として存続会社の株式を受け取っているだけだ、
という解釈を合併という法律行為ではしなければならないのかもしれません。
その際、消滅会社が発行していた優先株式の位置付けが不明確になってしまうのだと思います。
なぜなら、存続会社は優先株式など発行していない(少なくとも合併前には発行していなかった)のですから。
消滅会社が発行していた優先株式をどう取り扱っていいのか分からない、法理的な位置付けが不明、ということだと思います。
消滅会社が発行していた優先株式1株は存続会社の普通株式の何株に相当するのか、というような議論になるとも言えるでしょう。
合併において、株式の価額は承継されないわけです。
上手く言えませんが、存続会社の株式の発行価額と消滅会社の株式の発行価額とは異なる、と言えばいいでしょうか。
正確に言えば、株式の発行価額は発行のたびに異なっているわけですが、
では、なぜ優先株式だけは発行価額は同一なのか(なぜ同一価額のまま消滅会社へと承継されるのか)、という話になるわけです。
要するに、資産負債の包括的な承継に伴って、株式の価額が一旦リセットされたかのように感じるわけです。
合併に伴い消滅会社の株主はあくまで新しい株式を受け取る(もちろん新しい価額で)、というふうに感じるわけです。
他の観点から言えば、会社の資本が増減する中で、なぜ優先株式の価額は変動しないと考えるのか、と言えばいいでしょうか。
会社の資本が増減すると普通株式の価額は当然変動するわけです。
そんな中にあって、優先株式の価額は変動しないと考えることは概念的にできないのではないでしょうか。
内部留保を加味して合併比率を算定するわけですが、優先株式だけは価額が変動しないということは、
優先株式には内部留保の増減は反映されないかのように考えている、ということになると思います。
「価額が同じである理由は優先株式はその帳簿価額で期日に償還する定め・契約になっているからだ」という意見もあるかもしれませんが、
優先株式のことを資本であると捉えるならば、優先株式は資本の増減と無関係ではいられないはずだ、と言えばいいでしょうか。
資本が増減するのなら、普通株式同様、優先株式の価額も必然的に変わる、
したがって、その帳簿価額での償還は原理上・概念的にできない、そう言わねばならないのかもしれません。
特に合併では、消滅会社株式から存続会社株式へと、消滅会社株主にとっては明らかに株式が異なっているわけです。
合併の原理・概念上、株式の価額に飛躍が生じてしまう、と言えばいいでしょうか。
A社発行の優先株式についてA社自身から償還を受ける、というのなら(一歩譲って)まだ意味が分かる気がしますが、
A社発行の優先株式についてB社から償還を受ける、となりますと、B社の優先株式の発行価額が殊更に明確でなければならないのではないか、
と思ったわけです(A社とB社でその優先株式の発行価額は同じでいいのだろうか。もしくは同じでなければならないのだろうか、と)。
普通株式の価額は資本の増減により変動している(内部留保を株式の価額に適宜反映させて考える必要がある)わけですから。
それで、仕訳はどうなるのだろうか、と思ったわけです。
優先株式発行時(合併期日)、株式会社十六銀行が、株式会社岐阜銀行が2010年12月22日に切った仕訳と同じ仕訳を改めて切ったのであれば、
優先株式の帳簿価額は同じだと見なすことができると言いますか、
価額の連続性を担保するために優先株式の帳簿価額を殊更に明示的に敢えて同じにしたのだ、
ということが言えるのではないかと思ったのです。
極端なことを言えば、昨日の例ではありませんが、合併前、株式会社岐阜銀行の資本は極めて薄く、例えば200億円未満だったとしましょう。
つまり、合併前、株式会社岐阜銀行には資本の欠損がある状態だったとしましょう。
それなのに、株式会社十六銀行は帳簿価額200億円で優先株式を償還しなければならないのか、という議論が生じるなと思ったのです。
株式会社岐阜銀行はどうやって優先株式を発行したのか、
優先株式の相手方勘定科目は、合併のどさくさに紛れて営業権だったのだとしたら大問題だ、と思ったわけです。
優先株式には議決権はないわけですから、合併に関しては優先株主は全く物申せないであろうと思います。
その意味においても、優先株式の価額というのは保持されるべきものなのかどうか。
存続会社でも同じ価額の優先株式を発行する、という理屈は、
合併の法理(会社法の定め)から導き出されるものなのか、それとも、
個別の契約(優先株式による出資契約)の条項に従い行われることなのか。
例えば存続会社では優先株式は発行しないとなると、優先株主は代わりに普通株式の割り当て交付を受ける、
というようなことは考えられないだろうか、と思いました。
その時に問題になるのは株式の価額(消滅会社の普通株式と優先株式の価額、そして存続会社の普通株式の価額)であろうと思いました。
究極的には、合併前後で株式に連続性は全くない、という点が根本原因であろうと思います。
資産であれば、合併前後である意味連続性はあります。
資産の所有者・債権者が消滅会社から存続会社へ変わるだけです。
負債であれば、合併前後である意味連続性はあります。
負債の所有者・債務者が消滅会社から存続会社へ変わるだけです。
しかし、資本は、根本的に連続性はないのです。
消滅会社株式はどうやっても存続会社株式にはならないのです。
これが資産負債と資本との根本的な違いなのだと思います。
だからこそ、私は株式の価額に、特にこのたびの事例で言えば存続会社における優先株式の発行価額に、こだわっているのだと思います。
法人自体が異なる、資本だけは同じにならない、そんな中にあって、
優先株式の価額を同一のものとするためには根拠が必要だと思いました。
それほどまでに、新株式を発行するというのは実は会社にとって非常に重いことなのだと私は思うのです。
同じ200億円でも、負債であるなら話はある意味簡単であると思います。
”株式会社岐阜銀行が2010年12月22日に株式会社三菱東京UFJ銀行から借り入れた長期借入金について、
2012年9月18日の株式会社岐阜銀行との合併に伴い、株式会社十六銀行が株式会社三菱東京UFJ銀行に返済することになった”
というのであればある意味話は簡単なのです。
なぜなら、株式会社岐阜銀行にとっての借入金200億円は、株式会社十六銀行にとっても借入金200億円なのですから。
しかし、株式となりますと、株式の価額自体が内部留保の増減により毎期変動するわけですから、
株式会社岐阜銀行の株式200億円と株式会社十六銀行の株式200億円は同じなのか、という議論が生じると思うわけです。
発行価額や償還価額を同一にするには、株式会社十六銀行でも現に200億円で優先株式を発行した、という明示的な事実が必要だ、
と思ったわけです。
さらに言えば、株式を発行価額で償還するということ自体もおかしいのだと思います。
「発行価額で償還をする」ということと「資本という概念」とが、矛盾を起こしていると言えばいいでしょうか。
書き出すと長くなる論点だと思いますが、
”合併に伴い存続会社は消滅会社の優先株式を承継していたのだが、存続会社は優先株式の帳簿価額で償還することとなった。”
という点から非常に多くの問題点があぶりだされたように思います。
What account counterbalanced the capital increased by the inssue of preferred stocks?
優先株式の発行に伴い増加した資本金の相手方勘定科目は何だったのか?
株式会社十六銀行のサイトには、次のようなプレスリリースもありました↓。
2015年2月25日
株式会社十六銀行
私募債の取扱いについて
ttp://www.juroku.co.jp/16bank/release/new/20150225_1.shtml
>当行は、2月25日に下記のとおり私募債を引き受けましたのでお知らせ致します。
>2月25日発行分 十六銀行の保証付私募債(合計:1件、100百万円)
>2月25日発行分 保証協会の保証付私募債(合計:1件、30百万円)
私募債なのに保証付というのはよく分からないな、という気がします。
借入金であれば保証付というのがある気がするな、という気がします。
保証協会の保証付というとまだ意味が分かる気もしますが、十六銀行の保証付というと意味が分からないと気がします。
債務に対する第三者の保証となりますと話が複雑になりますので、
ここでは自社の借入金や社債に保証を付ける場合のことを考えてみましょう。
銀行借入など、借入金であれば、その借入金の弁済の担保にするために、不動産に抵当権を設定する、ということが行われるかと思います。
では、社債の場合はどうでしょうか。
社債の弁済の担保にするために、不動産に抵当権を設定する、ということはできるでしょうか。
”担保付社債”や”償還のために特に留保されている資産がある社債”といった言葉を見たことがあると思います。
ですから、社債にも担保は付けられるのではないか、と思われるかもしれません。
しかし、私が思うに、社債に関しては、その社債の弁済の担保にするために、債務者の不動産に抵当権を設定する、
ということはできないと思います。
なぜなら、社債の場合、債権者(社債権者)は1人ではないからです。
不動産に抵当権を設定する場合は、債権者(抵当権者)は1人だけでなければならないと思います。
契約というのは必ず「1人対1人」で締結しなければならないと何回も書いたことがありますが、
端的に言えば、「抵当権設定契約」は債権者1人・債務者1人で締結しなければならないわけです。
このように書きますと、「抵当権は、1つの不動産に複数設定することができるのではないか?」と思われるかもしれません。
確かに、1つの不動産に対して「抵当権設定登記」を複数行うことはできます。
この場合、抵当権は、設定された順番に、一番抵当権(第一順位の抵当権)、二番抵当権(第二順位の抵当権)・・・、
というふうに呼ばれます。
社債の場合も、債権者(社債権者)全員に対して「抵当権設定登記」を行えばいいのではないか、と思われるかもしれません。
ところが、それができないのです。
なぜなら、1つの社債に関して債権者(社債権者)は皆平等だからです。
端的に言えば、1つの社債に関して債権者(社債権者)に順位などないのです。
金銭消費貸借契約自体が異なっていれば(A銀行から借り入れた後、さらに、B銀行からも借り入れた、など)、
もしくは、第1回社債、第2回社債・・・、といった具合に社債自体(社債の発行・引き受けの契約自体)が異なっていれば、
抵当権に順位を付けることはできると思います。
しかし、同一の社債に関しては、債権者(社債権者)に順位などないのです。
ですから、債権者(社債権者)全員に対して「抵当権設定登記」を行うことはできないのです。
社債権者が1人だけであれば、その社債権者を抵当権者とする「抵当権設定登記」は行えるでしょうが、
社債権者が1人だけというのは、それは借入金と同じことでしょう。
社債というのは、会社の金銭債務を小口に分割したものであるわけです。
社債という時点で、その債権者は複数であることが前提だと言っていいでしょう。
同一の社債に関しては、債権者(社債権者)は全く同一の取り扱いを受けねばなりません。
債権者(社債権者)に対し全く同一の取り扱いを行うための仕組みが民法や不動産登記制度にはない、と言っていいのだと思います。
ただそれは民法や不動産登記制度に不備があるということでは決してなく、
「金銭債務を小口に分割すること」自体が法理的におかしい、と言わねばならないのだと思います。
「金銭債務を小口に分割した」時点で、債務者1人に対して債権者複数、となってしまっているわけですから。
そういうわけで、保証協会や別の第三者が社債の償還について保証を行うという場面であれば話はまた異なってくるかと思いますが、
債務者の不動産に「抵当権設定登記」を行うことで社債の償還に担保を付けることはできない、というのが結論だと思います。
The number of parties of any obligation is always only two.
The two
parties of any obligation should be fixed.
Neither an obligee nor an obligor
is able to be rewritten.
あらゆる債権債務関係において、当事者の人数は常に2人だけです。
あらゆる債権債務関係において、当事者は固定されていなければなりません。
債権者も債務者も変わってはならないのです。
(注:根抵当権は英語で、revolving mortgage、fixed
collateral、などと訳し、
根保証は英語で、revolving guarantee、basic guarantee、などと訳すようです。)