2014年7月8日(火)



2014年7月8日(火)日本経済新聞
カシオ、最大125億円 CB発行で自社株買い ROE向上へ
愛三工、公募増資など 最大51億円調達
(記事)



 

カシオ計算機株式会社
株式の状況
ttp://www.casio.co.jp/ir/stock/situation/

>発行済株式総数 279,020,914株

 


愛三工業株式会社
株式情報
ttp://www.aisan-ind.co.jp/financial/kabushiki.htm

>発行済株式総数 55,844,896株

 


【コメント】
どちらも資金の調達予定額に”最大”との文字が付いています。
これは株式の引き受け手がどれくらいいるのかはまだ未定だから、と言っていいのかもしれません。
株式の引き受け手がいないなら、当然増資はできないわけですから。

経営上のことを考えると、資金調達額は事前に確定させたいわけです。
いくら調達できるか分からないでは経営にならないでしょう。
そうすると、上場企業の場合は第三者割当増資による他ないと思います。
公募増資の場合は引き受け手がどれくらいいるのかどうかは行ってみないと分かりませんが、
第三者割当増資の場合は資金調達額が確定することだけは確かでしょう。

ただ、株式会社の概念に照らせば、本来株式会社は株主割当増資しかできないわけです。
第三者割当増資を認めてしまうと、株主は自分の議決権割合が出資後どれだけ小さくなってしまうか分からないからです。
例えば、会社に10%出資したならば、自分が株式を他者へ譲渡しない限り、議決権割合は今後ずっと10%で維持される、
という保証がない限り、株主は安心して出資できないわけです。
ですから本来は、株主割当増資のみが、株式会社に認められた唯一の増資方法なのです。

 



では、カシオ計算機株式会社が株主割当増資を行うとしましょう。
ここでは話の簡単のために、自己株式はないものとします。
カシオ計算機株式会社は、経営計画を立案し、合計100億円資金を調達する必要があると算定しました。
現在の発行済株式総数は279,020,914株ですから、

10,000,000,000円÷279,020,914株=35.8396...円/株

となります。
すなわち、カシオ計算機株式会社の全株主は、その有する株式の数に応じて平等に新株式を引き受けていかねばならないわけですが、
このたびの新株式の引受価額は1株当たり36円となります。
35円では目標調達額100億円に達しませんから、経営計画を実行できません。
1株所有している株主は1株新株式を引き受け会社に36円払込まねばなりません。
10株所有している株主は10株新株式を引き受け会社に360円払込まねばなりません。
100株所有している株主は100株新株式を引き受け会社に3600円払込まねばなりません。
7株所有している株主は7株新株式を引き受け会社に252円払込まねばなりません。
13株所有している株主は13株新株式を引き受け会社に468円払込まねばなりません。
139,510,458株所有している株主は139,510,458株新株式を引き受け会社に5,022,376,488円払込まねばなりません。
この結果、カシオ計算機株式会社は、合計10,044,752,904円(=36円/株×279,020,914株)資金を調達することができました。
そして、カシオ計算機株式会社は、新たに合計279,020,914株新株式を発行したことになり、
発行済株式総数はこれまでのちょうど倍の558,041,828株となりました。
各株主は、増資前に所有していた株式の数に応じて平等に新株式を引き受けた結果、全株主が持株数はちょうど倍になりました。
もちろん、議決権割合(持株比率)は0.0001%たりとも減少していません。
当たり前ですが、カシオ計算機株式会社の資本金の金額は増資前に比べ、10,044,752,904円増加しています。

 



参考までに言いますと、カシオ計算機株式会社の本日(2014年7月8日(火))の株価の終値は1,571円でした。
しかし、株主割当増資の場合は、市場株価は全く関係ありません。
以上の計算過程を見れば分かるように、株主割当増資では増資額が発行済株式総数(現在の株式数)に制約を受ける形になります。
株主割当増資では、市場株価が1,571円だからと言って、1株1,571円で増資はできないのです。
市場株価は1,571円なのに発行価額は36円では会社法上明らかに有利発行に該当するでしょうが、
株主割当増資は株主平等の原則に忠実な新株式の発行方法ですから、
カシオ計算機株式会社の株主がこの発行価額での新株式発行に反対する(株主の利益を害する恐れがある)ということは決していないわけです。
ただ、市場の投資家からはどう見えるでしょうか。
カシオ計算機株式は1,571円のはずではないのか、と市場の投資家は言いたいでしょう。
なぜカシオ計算機株式会社の株主だけが1株36円で株式を購入できるのだ、と批判は当然あろうかと思います。
株主割当増資では、新株式の発行価額は市場株価とは全く無関係に決まります(「資金調達額÷発行済株式総数」で決まります)。
資金調達額が極めて大きく市場株価が非常に低い場合は、株主に割当てる株式数(新たに発行する株式数)を増加させることによって、
若干の範囲内で発行価額の市場株価との調整は可能ですが、
それでも発行価額は「元の発行価額を整数で割り算した価額」にしか調整できません。
少なくとも、発行価額を大きくする方には一切調整できないのです。
このたびのカシオ計算機株式会社の増資で言えば、発行価額を36円ではなく18円や12円や9円や8円(36円÷5=7.2円の端数を切り上げ)・・・
には調整できますが、発行価額を大きくする方、すなわち、発行価額を500円や1000円や1500円や2000円に調整することはできないのです。
この理由は端的に言えば、資金調達額を発行済株式総数(増資前の株式数)で割り算することになるからだ、となります。
他の言い方をすれば、発行済株式総数が多くなれば多くなるほど、決定できる資金調達額から柔軟性はなくなる、と言えます。

 



本来は、と言うと怒られるかもしれませんが、本来は株式の発行価額はいくらでも構わないわけです。
なぜなら、株式の発行価額がいくらであろうとも、株主の利益を害することは決してないからです。
もちろん、増資が債権者の利益を害することなど絶対にありません。
しかし、上場企業の場合は、株式を発行する場合は、投資家保護の観点から、発行価額は市場株価が一つの大きな基準となるわけです。
上場企業の場合は、株式の発行価額はいくらでもよい、とは決してならないわけです。
株主割当増資の場合、株式の発行価額が市場株価と同じになることなどまずないと言っていいでしょう。
株式の発行価額を市場株価と同じにし、発行する株式数を増減させて調整を図ればよいのではないかと思われるかもしれませんが、
それは絶対にできません。
なぜなら、株主に端株を引き受けてもらうことなどできないからです。
端株を発行する、株主に端株を割当てる、株主に端株分資本を払込んでもらう、などということはできません。
ちなみに、2014年6月27日に提出された有価証券報告書(第58期(平成25年4月1日−平成26年3月31日))によりますと、
2014年3月31日現在のカシオ計算機株式会社の単体の1株当たりの純資産額(≒1株当たりの株主資本額)は562.17円となっています。
2014年3月31日現在のカシオ計算機株式の公正な価額は1株当たりの株主資本額である562.17円であるわけですが、
全株主がその有する株式の数に応じて平等に新株式を引き受けるということであれば、
株式の発行価額は1株当たりの株主資本額である必要は全くないわけです。
なぜなら、どの株主の利益も全く害されていないからです。
株式を他者へ譲渡するという場合は、増資後の1株当たりの株主資本額で譲渡すれば、株主・投資家間で不平等が生じることはないかと思います。
増資後に会社に利益剰余金があれば、その分は株式売却益に反映されるということになろうかと思います。
株主割当増資により仮に株主が低い価額で新株式を引き受けたとしても、その分1株当たりの株主資本額も小さくなっているわけですから、
譲渡価額が1株当たりの株主資本額に基づきさえすれば、発行価額が低くても株主が株式売却益を不当に得るということはないわけです。
株主割当増資により新株式の発行を行うと、1株当たりの株主資本額の連続性は増資前後で完全に断ち切られる(連続性は全くない)わけですが、
それは本来全く気にしなくてよい(株式の価値は新しい1株当たりの株主資本額へ引き継がれるだけ)ことなのです。
ただ、上場企業の場合は、ここでもやはり市場株価との関連性が問題になるわけです。
仮にカシオ計算機株式会社が株式の公正な価額である1株当たり563円で新株式を発行したとしても、
「カシオ計算機株式は1,571円のはずではないのか」と市場の投資家は言いたいでしょう。
上場企業の場合、市場株価以外の価額での新株式の発行は投資家保護の観点に反するわけです。
また、上場企業の場合、株式の譲渡の際も、譲渡価額は市場株価でないと投資家保護の観点に反すると言えるでしょう。
発行済みの株式であろうが新たに発行される株式であろうが、市場の誰もが市場株価で自由に株式を売買できる、
ということが、株式上場制度における投資家保護(株主も含めた市場の全投資家は皆平等である)なのではないでしょうか。

 


明治三十二年当時、商法では現在で言うところの「株式の上場」は全く想定していなかったであろうと私が考える理由は以下の3つです。

○株主割当増資のみ
○市場株価の存在
○株主総会の開催場所の制限


明治三十二年当時、商法では結局のところ、
株式会社とは言っても、実際には所有と経営があまり分離していない会社組織・会社運営を想定していたのではないかと私は推測しています。
現在の上場企業のように投資家間で株式を自由に売買することは、その株式会社の概念・成り立ちとは裏腹に、
全く想定していなかったであろう(結局閉鎖的な会社運営が前提であったであろう)と思います。
その理由を簡単に書きます。
まず、株主割当増資というのは、増資が非常に行いにくくなります。
株主の数は少ないに越したことはなく、また、株主割当増資の場合は、全株主が必ず株式を引き受けねばなりません。
市場の全投資家が株主になってもらっては困るのです(悪く言えば増資を阻止できてしまう)。
増資を引き受けることができる資本力がある人物のみが株主でないと会社が運営できません。
そして同じ様な理由により、株式譲渡の自由がありますと、これも結局誰が株主になるか分かりませんから、会社運営に支障をきたすでしょう。
明治三十二年当時は、誰が株主になってもよいという公募など、やはりあり得ない概念ではなかったかと思います。
もちろん、株主平等の原則を徹底しようと思えば、法理上株主割当増資しか増資方法は考えられないのは確かですが。

次に、現在のように簿価とは異なる市場株価がありますと、株主は株主割当てで新株式を引き受けたと同時に市場で株式を売却することで、
大きな利益を得ることができます(発行価額と市場株価との著しい乖離。株式の価値が2種類あるかのような状態が生じてしまう。)。
この点は、株式が上場していても、市場株価ではなく簿価で売買するようにすれば、問題はないのですが。

最後に、明治三十二年商法に株主総会の開催場所に制限があった(本店所在地のみ)ということは、
株主は本店の近くのみに居住していることを前提としていたということでしょう。
ある意味公募(=株主は日本全国にいる)は全く前提としていないということの証左ではないでしょうか。

 

People learn commercial law and corporate accounting from the concept of a stock company itself.
Seldom do they learn anything from the texts of laws and standards.
(人は株式会社の概念そのものから商業に関する法律や企業会計について学ぶのだ。
法や基準の文言から何かを学ぶことはめったにない。)