2014年7月6日(日)



2014年7月5日(土)日本経済新聞
JR東日本 社債600億円
■ダイソー CBで100億円調達
■四国電力 個人向け社債100億円
(記事)


 



【コメント】
記事によりますと、社債発行による調達資金の使途として、JR東日本は過去に発行した社債の償還原資に充てると書かれてあり、
ダイソーは借入金の返済に充てると書かれてあり、
四国電力は発行済み社債の償還原資に充てる、と書かれてあります。
事の本質は全く同じですので、話の簡単のため、ここでは「新たに社債を発行し、過去に発行した社債を償還する。」と考えましょう。
この場合の仕訳ですが、次のようになります。

(現金) xxx   / (新社債) xxx
(旧社債) xxx / (現金) xxx

償還日現在において過去に発行した社債を償還するための手許現金がない場合は、

(旧社債) xxx / (現金) xxx
(現金) xxx   / (新社債) xxx

という仕訳も間違いということになるでしょう。
なぜなら、過去に発行した社債を償還するための手許現金がないわけですから、1行目の仕訳は切りたくても切れないからです。
仕訳というのは一取引毎に切るものです。
”新たに社債を発行する”という取引で一つの取引ですし、仕訳もその取引を受けてただ一つの仕訳を切るわけです。
”過去に発行した社債を償還する”という取引で一つの取引ですし、仕訳もその取引を受けてただ一つの仕訳を切るわけです。
取引を行った順番に仕訳を切っていくわけです。
トータルでは結局同じ仕訳になるではないか、という考えは間違いなのです。

 



以上の議論を踏まえますと、「新たに社債を発行し、過去に発行した社債を償還する。」という取引を行った場合、

(旧社債) xxx / (新社債) xxx   ・・・@

という仕訳は間違いということになります。
”新たに社債を発行する”という取引と”過去に発行した社債を償還する”という取引は、
確かに経営的・財務的に見ると一体的な一つの取引という見方をせねばなりません(社債の償還期限を延ばしたことに意味がある)が、
仕訳の上では、”新たに社債を発行する”という取引と”過去に発行した社債を償還する”という取引はあくまで別の取引と考え、
”新たに社債を発行する”という取引で一つの仕訳を切り、”過去に発行した社債を償還する”という取引で一つの仕訳を切る、
という経理処理・会計処理を行わねばなりません。
@のようにまとめて仕訳を切ることはできないのです。

この論点を理解するために、一つ例を挙げてみましょう。
例えば、「借入金の返済期日が迫っていたので、借入先である銀行に交渉に行き、借入金を借り換えた」、という取引を考えてみましょう。
この場合の仕訳はどうなるでしょうか。
実はこの場合は次のような仕訳になります。

(旧借入金) xxx / (新借入金) xxx   ・・・A

社債の場合とは異なり、

(現金) xxx      / (新借入金) xxx
(旧借入金) xxx / (現金) xxx

とはならないのです。
なぜなら、この場合は、新たに現金を借り入れ、そしてこれまでの借入金を返済した、ということは行っていないからです。
このことは端的に言えば、「債権者が異なるのか、それとも、債権者は同じであるのか」の違い、と表現してもいいと思います。
債権者が異なる場合は、「新たに社債を発行し、そしてこれまでの社債を償還した」と考えねばなりません。
ですから、仕訳が2行になるのです。
しかし、債権者は同じである場合は、
借り入れにより会社に現金は新たに入ってきていませんし、また、会社から現金が出て行く形でこれまでの借入金は返済はしていませんから、
仕訳はAだけでよいのです。
借方や貸方に現金がくるのかこないのか(仕訳が1行で済むのか済まないのか)は、本質的に異なるのです。

 



大まかに言えば、債権者が同じである場合は仕訳に現金勘定が出てこない、ということになるわけです。
同一の債権者が債務者に対し追加的に貸し出しを行い、その債権者はそのお金で返済を受ける、というのはおかしな話でしょう。
借り換えの際、債権者と債務者の間で現金は実際には1円も動いていないのです。
ですから、債権者が同じである場合は、借方や貸方に現金が出てこない(仕訳が1行で済む)、ということになるのです。
そして、この論点と近い論点として、例えば昨日のコメントでは次のように書きました。

>(借入金) 950億円 / (カルティム・プリマ・コール株式) 950億円
>
>↑この仕訳は問題ありません。

もちろん、この仕訳は問題ありません。
なぜなら、この仕訳は取引通りの仕訳だからです。
借入金を自社が保有していた資産(ここではカルティム・プリマ・コール株式)で返済した、という取引を行ったわけです。
だから、この仕訳になったというだけです。
現金は1円も会社に入ってきていませんし出て行ってもいませんから、この仕訳で合っているわけです。
民法の定義で言えば、「代物弁済」を行ったわけです。
「代物弁済」を行った、だから、この仕訳で合っているわけです。

 



すると、ここで疑問に思う人がいるかもしれません。
デット・エクイティ・スワップの場合や転換社債型新株予約権付社債の転換(新株予約権行使)の場合はどうなるのか、と。
昨日のコメントでは次のように書いたではないか、と。

>(借入金) 115億円 / (資本金) 115億円   ・・・@
>
>↑この仕訳は問題があります。

これは「代物弁済」ではないのか、と思われるかもしれません。
結論だけまず先に言えば、この仕訳はやはり間違いです。
正しい仕訳はやはり、

(現金) 115億円  / (資本金) 115億円 
(借入金) 115億円   (現金)  115億円

でなければなりません。
仮に、債権者が先に第三者割当増資を受け現金をまず払い込んでいないのだとすると、そのこと自体が間違いだ、と言わねばなりません。
これはどのような見方をしなければならないかと言うと、端的に言えば、商法上(会社法上)の問題、ということなのです。
この取引は、債権者から見ると確かに「代物弁済」を受けたことになるのですが、
債務者の立場からすると代物弁済にならない(法的に代物弁済が認められない)、ということになるのです。
別の言い方をすると、債権者は民法の規定しか受けませんから、どのような代物弁済を受けようが自由なのですが、
債務者の方は商法(会社法)の規定を受けますから、商法上(会社法上)自社株式で弁済するということができないのです。
商法上(会社法上)株式を発行してよいのは、会社が財産の拠出を受けた時のみ、となっていようかと思います。
商法の規定を受ける株式会社は、自社株式による代物弁済の行いようがない(法律上認められない)、ということになります。
この論点は、会計理論的には、もちろん資本会計の観点が関連してくるところです。
言い方を変えれば、債権者側ではなく債務者側の事情により、引用した昨日の上記仕訳は間違い(適用を受ける法律が違うからだ)、
ということになるわけです。

 



民法に則って債権者が債務者から債務者株式の給付を受けることで債権を消滅させること(代物弁済)に同意したとしても、
商法(会社法)の規定によりそれは認められないのです。
したがって、デット・エクイティ・スワップの場合も転換社債型新株予約権付社債の転換(新株予約権行使)の場合も、
債権者が先に第三者割当増資を受け現金をまず債務者に払い込んだ上で、債権者は債務者からその借入金なり社債なりの弁済を受ける、
という流れ(手続き)が、商法上(会社法上)必要になるわけです。
上の方で、「債権者が同じである場合は仕訳に現金勘定が出てこない」と書きましたが、
これは負債と負債(債務と債務)の交換・借り換え・リスケ等なので、現金の移動がない取引であっても何ら問題ないわけです。
負債と資本が入れ替わるとなりますと、資本会計上、会社に対し現金の払い込みがなかったでは済まされないわけです。
債権者が同じであっても、資本を増加させるという場合は、必然的に現金の払い込みが生じるのです。
「負債と負債の交換」なのか、それとも、「負債と資本の交換」なのか、では根本的に考え方・適用を受ける法律が異なるのです。
代物弁済は、@実在する債権について、A本来の給付に代えて、B本来の給付とは異なる他の給付を現実に行い、
C債権者がこれらを承諾しているときに、弁済と同一の効力、すなわち、債権の消滅が認められます。
特に、他の給付を現実に行うことが必要であるから、代物弁済は「要物契約」です。
では、その給付を行う「他の物」を債務者は所有しているでしょうか。
所有していないでしょう。
要物契約(代物弁済に関する契約)は、目的物を債権者に引き渡すこと(給付)によって効力が生じます。
要物契約では、「債務者が給付を行う物を既に所有していること」が重要なポイントであると言えるでしょう。
今日の議論に即して言えば、債務者が目的物の給付を行うためには、先に債権者に会社へ財産を払い込んでもらわねばならないわけです。
しかしそれはおそらく、民法上の代物弁済でも要物契約でもないでしょう。
商法上(会社法上)の新株の発行というだけでしょう。
もちろん、たとえ債務者が”所有”しているとしても、代物として債権者に自己株式を給付(自己株式を処分)することもできません。
言うまでもありませんが、自己株式を処分する場合も、新株の発行同様、先に会社へ財産を払い込んでもらわねばならないからです。

 



以上の議論を極めて端的にまとめれば、その代物弁済は「民法上は契約自由の原則の範囲内のことだが商法上(会社法上)は認められない」
と表現できるのではないかと思います。
その代物弁済に債権者も債務者も同意・承諾しているとしても、商法上(会社法上)認められないのです。
これは、商法上(会社法上)、債務者に対する「他の債権者」の利益を害する恐れがあるからです。
ある一人の債務者に対して複数の債権者が多数併存することがあります(債務者は様々な種類の債務を負っている場合があるという意味です)。
民法上、その代物弁済の履行が債務者に対する「他の債権者」の利益を害するかどうかは議論の対象外です。
しかし、商法(会社法)は、債務者にははじめから複数の債権者が多数併存する(商取引上多くの取引先が当然にいる)ことを前提としているため、
商法は「債権者保護」を第一の目的としているのです。
(逆から言えば、民法は債務者には複数の債権者が多数併存することは相対的には前提としていないのかもしれません。)
商法上(会社法上)は、商取引で民法上の代物弁済を行うこと自体は何ら問題としていないのですが、
資本金が増加することに関しては債権者保護の観点から一定の規制を設けているのです。
言うまでもなく、資本金の増加額に見合うだけの会社への財産の拠出を要請しているわけです。
多数併存する債権者皆を平等に守らねばならない、だから、資本金が増加するに際してはそれに見合う会社への財産の拠出が求められるわけです。
債権者も債務者も民法上は自由に代物弁済を行ってよい、しかし、
資本金が増加すること(新株の発行)に関してだけは、債務者側は商法(会社法)の規制を受ける、
このように法律を分けて整理して理解すると、
デット・エクイティ・スワップと転換社債型新株予約権付社債の転換(新株予約権行使)の問題点が見えてこようかと思います。
デット・エクイティ・スワップも転換社債型新株予約権付社債の転換(新株予約権行使)も、債権者側には何ら法的問題はありません。
これらは、債務者の側に一定の商法上(会社法上)の問題があるのです。
敢えて乱暴に言えば、デット・エクイティ・スワップや転換社債型新株予約権付社債の転換(新株予約権行使)が問題である理由は、
代物弁済は民法だが新株発行は商法だからだ、となります。
こうやって整理すれば simple(しんぽう)、とダジャレを書いて終わりたいと思います。

デット・エクイティ・スワップや転換社債型新株予約権付社債に関しては、
今までは主に経営上、財務上そして資本会計上の観点からその問題を論じてきました。
今日は、民法及び民法と整合性の取れた商法という観点からその問題を論じてみました。