2014年6月12日(木)
2014年6月12日(木)日本経済新聞
ドコモ、今期末 自社株買い5600億円 消却 再放出懸念を払拭
(記事)
【コメント】
NTTドコモは2015年3月末に、自社株を消却する計画のようです。
記事には、保有している自社株は、現在の株価で5600億円を超える規模になると書かれていますが、
会計上、自己株式の価額に現在の株価は全く関係ありません。
自己株式の価額は過去に自社株買いを行った時の価額(取得原価)というだけです。
株式時価総額の計算上は、自己株式の分ははじめから引き算して計算されているかと思います。
つまり、自社株を消却しても、株式時価総額には影響を与えません。
それで、記事には、自社株を消却する目的は、市場への再放出の可能性をなくして株式価値の希薄化懸念をぬぐうこと、と書かれています。
しかし、その考えは間違いです。
自社株を消却しても、市場への再放出の可能性は全くなくなりません。
その理由を図を使って説明しましょう。
「自己株式を消却してもしなくても、社外に流通する可能性がある株式の数は結局同じ」
自己株式は消却してもしなくても、
「今後、社外に流通する懸念がある株式の数」は何も変わりません。
株式は、設立に際して、発行可能株式総数の4分の1以上を発行しなければならないが、
会社法上は、発行済株式総数は発行可能株式総数の4分の1以上でなければならないとは書かれていないようで、
結局、株式は発行可能株式総数まで増加し得るわけです。
つまり、自己株式の消却は、「今後、社外に流通する懸念がある株式の数」を減らす効果は全くないわけです。
自己株式の消却を行っても、発行済株式総数が減少するだけなのです。
発行可能株式総数は減少しませんので、自己株式を消却しても、
「今後、社外に流通する懸念がある株式の数」という観点からは何の意味もないわけです。
自己株式の処分(市場への再放出)と新株式の発行は全く同じインパクトを「社外に流通している株式」に与えます。
自己株式が処分されたのか(自己株式が市場に再放出されたのか)新株式を発行したのかは、会社の株式にとって全くの無差別です。
少なくとも、市場の投資家にとってこの両者に区別はないのです。
「今後、社外に流通する懸念がある株式」を減らしたいのなら、しなければならないことは、
自己株式の消却ではなく、発行可能株式総数の減少です。
私は今まで何回も、「自己株式は取得し次第全てを消却することが大切だ」と書いたかと思いますが、
その理由は市場のへの再放出の可能性をなくすためでは決してなく、
その理由はあくまで「株式数と議決権割合との整合性」を取るべきだと思っているからです。
概念的な話になりますが、会社が自分自身が発行している株式を所有しているという状態自体がおかしいわけです。
株式というのはそもそも、出資者の持分を表すわけですから。
議決権がない株式というのは、議決権割合の計算上非常に大きな錯誤を発生させかねないわけです。
株式数というのはそもそも議決権の個数を表します。
株式の数という表示から推断される議決権の個数と実際の議決権の個数とに食い違いが生じてしまうわけです。
この場合の錯誤は、民法上本来の錯誤である要素の錯誤(意思表示自体の瑕疵)ではなく、
亜種である「動機の錯誤」(意思形成過程に瑕疵があった)の方になろうかと思いますが。
これだけの株式数であればこれだけの議決権割合になると計算したが、自己株式の存在を皆が忘れていたため、
議決権計算に誤りあった、などという誤信が生じてしまう事態は、会社運営できる限り避けるべきでしょう。
自己株式は取得し次第全てを消却すれば、「議決権のある株式数=発行済株式総数」となるわけですから、錯誤は生じないわけです。
議決権のある株式数の増加の可能性は、授権資本枠がある限り、決して消えません。
議決権のある株式数の増加の可能性を完全になくしたければ、
発行可能株式総数を自己株式を全て消却後の発行済株式総数まで減少させる(定款の一部変更)ことが必要です。
もちろん、再び定款の一部変更を行えば、発行可能株式総数を再び増加させることはできますが、
少なくとも既存株主の意思に基づかない株式の発行は避けられます。
以上の論点をまとめると以下のようなことが重要であるとわかるでしょう(上から順に本質的に重要です)。
@発行可能株式総数(授権資本枠)などという考え方自体がそもそも間違いである。
A仮に発行可能株式総数(授権資本枠)を認めるとしても、議決権割合の著しい変動や会社支配の異動の発生を避けるため、
発行済株式総数は常に発行可能株式総数の過半数でなければならない、などと定めるべきだ。
B自己株式の取得自体を認めるべきではない。
C仮に自己株式の取得を認めるとしても、出資者の持分を会社自身が保有している(自分で自分自身に出資をしている)ことはおかしいので、
自己株式は取得し次第全てを消却することが必要だ。
D仮に自己株式の保有を認めるとしても、誤信が生じないよう、自己株式数は発行済株式総数から減少させるような手当てが必要だ。
わざわざ間違った考え方を導入した結果、連鎖的に会社法務上不都合が生じてしまっているのではないかと私には思えます。