2014年6月3日(火)



2014年6月3日(火)日本経済新聞
■リコー 株主優待制度を初導入
(記事)





2014年6月2日
株式会社リコー
株主優待制度の導入に関するお知らせ
ttp://www.ricoh.com/ja/release/2014/pdf/0602.pdf

株主優待ページURL:
ttp://www.ricoh.com/ja/IR/yutai/

 


【コメント】
まず第一に、株主優待と呼ばれる制度自体が会計理論上問題があるでしょう。
なぜなら、株主優待制度は概念的には株主への利益還元の一種であると見なせるからです。
株主への利益還元ということであるならば、当然相当する額の利益剰余金の減少が伴わなければならないわけですが、
株主優待制度の実施に際しては、利益剰余金を減少させようがないわけです。
会社が製造販売している製品を特別価格にて購入できる特典(ポイントや割引チケットや商品券類)を株主に付与した場合、
その利益剰余金への影響額というのは相対的にしか計算できません。
株主への利益還元と利益剰余金の不減少性との間の乖離が、会計理論上株主優待制度の実施を不可能ならしめているのです。
例えば、株主優待制度の実施と同時に相当する額だけ繰越利益剰余金を「株主優待準備金」勘定に振り替えて、
分配(社外流出)可能な金額を減少させるという考え方もあろうかと思います。
株主が株主優待制度を利用しますと、売上高が減少することだけは確かですから、
保守的に考え売上高減少に備えるという会計処理も考えられるとは思います。
しかし、この会計処理方法には問題があります。
それは、株主が株主優待制度を利用すると同時に、
利用された額だけ「株主優待準備金」勘定から繰越利益剰余金勘定に再び振り替えなければならない、という点なのです。
「株主は株主優待制度を利用した」というだけなのに、なぜ繰越利益剰余金が増加するのか、という話になるわけです。
繰越利益剰余金が増加する要因は、当期純利益の計上のみかと思います。

 



例えば、配当平均積立金という任意積立金があります。
確かに、配当平均積立金を再び繰越利益剰余金に振り替えることはできます。
しかし、そもそもの話をすれば、配当平均積立金は将来配当をするために別途積み立てた積立金であるわけでして、
考え方として配当平均積立金を再び繰越利益剰余金に振り替えるというのはおかしいわけです。
では会社は今後配当を一切行わないのか、というような話になってくるでしょう。
配当平均積立金は将来の配当の原資とするために積み立てた、というそもそもの目的があるわけです。
配当平均積立金を再び繰越利益剰余金に振り替えることはできるか否かは本質的ではないわけです。
配当平均積立金というのは、「将来の配当の原資とするためにこれだけの金額だけ別途積み立てている」という金額を
敢えて社内外にはっきりと明示するために計上するものです。
どちらかというと、経営管理上や投資家や債権者に向けての情報開示の意味合いが強いと思います。
法律上(商法上、会社法上)は、繰越利益剰余金と配当平均積立金は実質的に同じものと言わねばならないわけです。
法律上は同じもの、だから再び振り替えることはできると言えば法律上はできるのですが、それは経営上の目的に適うものではないでしょう。
「株主優待準備金」の場合も考え方は以上の議論と同じであり、そもそも売上高の減少に備えて計上したはずなのに、
売上高の減少が実現すると同時に繰越利益剰余金を増加させてどうするのでしょうか。
売上高の減少が実現すると繰越利益剰余金が減少するというのなら分かりますが。
そういった、経営上の実態(売上高減少の実現)と会計処理(繰越利益剰余金の増加)との齟齬がやはり理論上問題になるでしょう。
まあ、「株主優待準備金」に振り替えることで、分配(社外流出)可能な金額を減少させることはできますので、
その意味では保守主義の原則には適う振り替えであるのは確かだとは思いますが。

 


株式会社の概念(そして貸借対照表)に照らせば、株式会社は現金配当以外の利益還元は全く想定していない、すなわち、
株式会社の成り立ちを考えれば、株式会社は現金配当以外の利益還元を行うようにはできていない、ということだと思います。
税法上も、株主優待制度のためにかかった費用は「交際費」(=税法上損金算入は不可能)となると考えられます。
ここでの「交際費」の法令上の間接的な定義を株主優待制度に即して簡単に書けば、
「株主に対する供応、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう」、となります。
株式会社リコーで言えば、カレンダーの製造費用(外注費用)は税法上損金算入されないということになるでしょうし、
セミナーや演奏会といった企画を開催するために支出する費用も税法上損金算入されないということになるでしょう。
どちらも、企業会計上は(こっそりと)費用計上していますが。
自社で使えるポイントや自社の商品券類を贈呈した場合は、税法上損金算入されないというより、
税務理論上は受け取った側が相当する利益を得たと見なされ益金算入されるものと思われます。
企業会計上は、少なくとも会社側はポイントや商品券類の費用計上はしない(もしくは引当金計上は考えられます)かと思います。
そういった、企業会計上からの見方と税法上からの見方の相違も株主優待制度には生じてくる(そして現に生じている)のだと思います。
税法では利益剰余金の減少云々の議論は全く関係ない(利益供与をしたのだから利益剰余金を減少させろなどとは言われない)のですが、
税法の考え方も参考にしつつあるべき会計処理を考えてみました。
保守主義の原則に従い繰越利益剰余金勘定を「株主優待準備金」勘定へ振り替えるという会計処理方法も考えられはすると思います。
しかしここでは経営と企業会計の整合性に重点を置いて論じてみました。

 


次に、会計理論上は株主優待制度を認めるとしましょう。
それでもやはり問題があります。
それは、株主優待制度は法理上・法概念上、株主平等の原則に反することです。
例えば株式会社リコーの場合、「単元(100株)以上保有の全株主様にお送りするもの」としてカレンダーがあるのですが、
100株以上1,000株未満の株主には卓上カレンダー、 1,000株以上の株主には壁掛けカレンダーを贈呈することになっています。
全株主様になどと言っておきながら、これなどあからさまな差別ではないでしょうか。
かといって、全株主に同一のカレンダーを贈呈することも株主平等の原則に反します。
なぜなら、100株保有している株主もいれば1,000株以上保有している株主もいるからです。
100株保有している株主と1,000株以上保有している株主とが同じ扱いを受ける、これは平等ではないのです。
株主平等の原則とは、「1株当たりの取り扱いが全株式に関して皆同じ」という意味です。
「1株当たりの取り扱いが全株式に関して皆同じ」、だから1株(1単元)で1議決権なのです(1株当たりの配当金額も皆同じです)。
さらに、「単元(100株)以上保有の全株主様にご応募いただけるもの(抽選)」として、
セミナー、見学会、演奏会、観戦会、科学館等への招待券を贈呈する株主優待も企画されています。
しかし、利益還元を受けられる株主と受けられない株主とを抽選という手段で選ぶというのは、やはり株主平等の原則に反するでしょう。
全株主が平等に利益還元を受けられねばならないはずです。
また、株主によって嗜好は大きく異なるでしょう。
(例えば上記のカレンダー贈呈の場合でも、1,000株以上保有している株主の中にも卓上カレンダーの方がよいと思う株主がいるでしょう。)
株式会社リコーが企画している各種招待券には、自分はどれも全く興味関心がない、ということもあるでしょう。
一部の株主が恣意的に自分の嗜好に合った株主優待を会社側にもちかけ、会社に企画させるかもしれません。
「俺の株主優待券は俺の株主優待券。お前の株主優待券も俺の株主優待券。」という他の株主には理不尽極まりない事態が生じるわけです。
前者は「量的」な株主平等が担保されねばならず、後者は「質的」な株主平等が担保されねばならない、という議論になろうかと思います。
量的にも質的にも「全株主の皆様にとって平等なもの」とは、煎じ詰めれば「現金」しかないのだと思います。
そういうわけで、株主優待制度を仮に会計理論上は認める(経営と会計の齟齬は認める)としても、
それでもやはり、株主優待制度は法理上・法概念上、株主平等の原則に反する、という結論に行き着くのです。
株主優待制度は、量的にも質的にも、会計的にも法律的にも問題があるのです。
記事によりますと、株式会社リコーはこのたび初めて株主優待制度を導入することにしたようです。
それなら、株式会社リコーさんには、株主優待制度初導入の前に、私にコンサルティングの依頼をしていただけていたらな、と思います。
株式会社リコーさんであれば、無料で株主優待制度導入についてのコンサルティングの依頼を引き受けていました。
まあ、仮に依頼があったとしても、「株主優待制度はあらゆる観点から問題が大きいので導入すべきではありません。」
と指導を行うだけでしたでしょうが。
それにしても、株式会社の概念、企業会計、商法、そして税法はものの見事にきれいに絡み合ってリンクしているなと改めて思いました。
100年以上も前にこれらの理論や法令が完成していたというのは一体どういうわけなんだろうか、と改めて思いました。