2014年5月11日(日)
2014年5月10日(土)日本経済新聞
英スタンダード銀、株主が異論 役員報酬変更に4割変更
(記事)
【コメント】
記事には、
>英政府は昨年10月、企業の多過ぎる報酬を抑える改革として
>役員報酬議案に関する株主の拘束力がある決議の導入を義務付けた
と書いてあります。
”英政府は昨年10月に役員報酬議案に関する株主の拘束力がある決議の導入を義務付けた”とは、
他の言い方をすれば、英国では役員報酬の決定には株主総会決議が必要であると定められた、という意味かと思います。
さらに他の言い方をすれば、英国では役員報酬議案は株主総会の決議事項となった、と言ってもいいと思いますし、
英国では正式に・法的に役員の報酬は株主が決定できるようになった、と言ってもいいと思います。
英国では役員報酬の決定には株主総会決議が必要であると定められた結果、
このたび英スタンダードチャータード銀行では株主総会で株主の40%以上が報酬議案への反対を表明した、ということのようです。
結論だけ言えば、株主総会決議における反対票は過半数に達しなかった、すなわち、賛成票が過半数に達したということで、
このたびの役員報酬議案自体は可決されたようです。
業績が、配当、報酬そして選任に対しプラスもしくはマイナスの影響を及ぼすのです。
「役員報酬の決定には株主総会決議が必要である」というのは概念的には当たり前のことだと言えると思います。
日本での取締役の報酬に関する会社法の定めはと言いますと、
取締役の報酬は基本的には株主総会の決議が必要であると定められています。
ただ、取締役の報酬についてあらかじめ定款に記載する(定款変更自体には株主総会の特別決議が必要ですが)という決定方法もあります。
月俸や年俸といった事前確定型の役員報酬を支払う場合、その確定した役員報酬額をあらかじめ定款に記載するわけです。
実際には、株主総会でその総額の最高限度額を定め(定款に記載し(株主総会特別決議により定款変更))、
各取締役に対する配分額の決定は取締役会の決定に委ねることになるわけです。
他にも、業績連動型報酬といった役員報酬額が確定しないものについては、
その具体的な算定方法をあらかじめ定款に記載する(定款変更自体には株主総会の特別決議が必要ですが)という決定方法もあります。
ついでに言えば、このたびアニメ・ドラえもんが全米デビューすることになったようですが、
パーマンの「パー子」ではありませんが、いわゆる「役得」(perquisite)についても、
役得の具体的内容をあらかじめ定款に記載する(定款変更自体には株主総会の特別決議が必要ですが)という決定方法もあります。
取締役の報酬として金銭以外の現物を支給する(割安な社宅の提供や社用車の無償使用等)場合、定款に記載することができます。
いずれにせよ、何らかの形(当期のみの役員報酬決定か定款変更か)で一度は株主総会決議を取ることにはなっているわけです。
特に上場企業であれば、事前確定型の役員報酬を支払うこととし、各取締役に対する配分額は取締役会決議で決定している、
という報酬支払方法が多いと思います。
ただ以上の話は、現行の会社法の定めやそれに従った上場企業における実務の話であって、
株式会社の概念に立ち返れば、
「役員報酬は各期各期その都度株主総会決議で決定する。」
の一言なのだと思います。
確定した最高限度額であろうが確定した報酬額算定方法であろうが、あらかじめ報酬額を決められるはずがない、
という論理の流れが背景にあると思います。
ある期の業績は取締役の働きの結果極めて好調であり、
定款記載の最高限度額を超える役員報酬を支払うことが適切であるという場合も当然あるわけです。
かと言って、事前にあまりに大きな最高限度額を定款に記載してしまいますと、結局何ら株主のチェック機能が働かないことになるわけです。
各期の業績は各期によって異なるわけですから。
また、報酬額算定方法を事前に確定させたとしても、一時的な要因によってその算定方法では報酬額が大きくなるだけといった、
一計算式だけでは働きや経営環境を適切に反映し切れないという場面もあるわけです。
例えば、当期の業績は数値の上では確かに悪かった、しかし、取締役の懸命の働きがあったからその程度の落ち込みで済んだ、
本来なら会社は倒産していたかもしれない、したがって、業績そのものは悪いが株主としては取締役に多額の報酬を支払い労に報いたい、
という場合もあるでしょう。
そういった様々な要因を柔軟に織り込むためにも、最終的な厳密な報酬額は株主総会で決定する、という方法が一番よいわけです。
一定の明確な数字や計算式を事前に定めることは、報酬支払いに関して株主と取締役の間で揉め事が起きないためにも非常に大切なのですが、
それは取締役個別の委任契約で都度定めることであって、少なくとも会社全体に関わる定款に定めることではないと思います。
取締役毎に担当職務も大きく異なるでしょう。
ある取締役は売上高を伸ばすことが第一職務であり、また別の取締役は過剰な滞留棚卸資産の削減が第一職務、ということもあるでしょう。
要するに、報酬の算定基準が取締役毎に大きく異ならないといけないわけです。
定款に記載するとなりますと、あまりに定めが強過ぎると言いますか、取締役個別に要因を柔軟に織り込むことができなくなると思います。
以上のようなことを考えますと、究極的には、「役員報酬は各期各期その都度株主総会決議で決定する。」が正しい考え方だと思います。
追加で関連する論点について少しだけ書きたいと思います。
まず、最後に書いたことと正反対の指摘になってしまうわけですが。
「取締役の法的地位は皆同じ」という基本的な概念がそもそもあるように思います。
法的地位が同じなら、報酬の額も同じでなければならないのではないか、という考え方に行き着くわけです。
株式会社の概念に従えば、取締役の報酬額は取締役毎に異なっていてはならず、皆同じでなければならない、となるような気がします。
ただ、現在のように、取締役自身が会社の様々な職務を担当しており、社長だ専務だ常務だと会社内での地位が違うのが実態となりますと、
取締役の報酬額は取締役毎に異なっている方が自然であるとも言えるわけです。
この矛盾はどこに根本原因があるのかと言えば、まさに、
取締役自身が会社の様々な職務を担当しており、社長だ専務だ常務だと会社内での地位に違いがあることそのことにあるわけです。
会社の業務を執行するのは代表者一人のみ(代表者と同じ法的地位の機関は代表者一人のみ)、
会社の様々な職務を担当するのはその代表者の下に部下として付く会社幹部達(取締役ではなく法的地位は従業員、報酬は職務により様々)、
代表者の業務執行を監督するのが監査役(監査役の法的地位は皆同じ=監査役の報酬額は皆同じ)、
というふうに、報酬額を分けたければ法的地位自体を分けないと法的整合性が取れないことになるのだと思います。
従業員は会社の機関ではありませんから、従業員毎に報酬額が異なっていても全く問題はないわけですが。
従業員は会社法で定義するところの損害賠償責任は負わないということではないかと思います(だから会社法上報酬額が異なっていてもよい)。
というわけで、現行の会社法の定めや会社実務はそもそもの株式会社の概念や法理面から言えば、説明が付かない点はあろうかと思います。
最後に、「重要な後発事象」は取締役の報酬額との関係ではどう考えればよいでしょうか。
当期の業績としては確かに好調であったが、決算期末日以降業績の推移が思わしくない、という場面はあろうかと思います。
株主としては、経営環境の変化を踏まえ、配当額と役員報酬額を減少させるべきだろうか、と考えることは経営上当然あろうかと思います。
このうち、配当額は純粋に株主の意思だけで決定できます。
当座は内部留保を厚く保つべきだと株主が判断した場合は、配当額を当初の計画から減少させることは当然行ってよいでしょう。
問題は役員報酬額の方かと思います。
「当期はよく働いてくれた。おかげで当期の業績はこんなによかった。だが、経営環境が今悪化している。だから当期は報酬は支払わない。」
などと言われて納得する役員は一人もいないでしょう。
取締役と会社は「委任契約」を締結していますが、民法上「委任契約」自体は原則として無償契約です。
ただ、会社法上は取締役と会社との「委任契約」は報酬を支払うことが言わば前提と考えていると思います。
民法上も、報酬の支払いについて特約すれば「委任契約」は有償契約となるわけですが、
民法の規定の例外や修正が会社法における原則規定であるかのようになっているわけです(「商行為の特則」の一種のイメージになります)。
「委任契約」における報酬請求権に関しては、
民法上は特約がなければ請求できないとの定めになっていますが、
商法制においては、商人が営業の範囲内で他人のために行為したときは、「相当な報酬を当然に」請求することができる、との考え方です。
この「報酬請求権に関する商行為の特則」の応用バージョンと言っては何ですが、
商法制度上、取締役は(民法でいう特約を当然に結び)「相当な報酬を当然に」請求することができる、という考え方が原則であるわけです。
それで、決算期末日以降経営環境が悪化している中での役員報酬額の減少についてなのですが、
取締役としては当然に一定の金額もしくは計算式に基づいた金額を報酬として請求する権利はあるわけなのですが、
概念的には、最終的な役員報酬額の決定はやはり株主総会決議によることになります。
なぜなら、当期の業績は事前には分からないからです。
当期の業績は事前には分からないから配当の支払額も事前には決められないわけです。
ただ、当期の業績そのものは確定していますから、委任契約で定められた一定の報酬額を支払う義務は会社にはあると言えるでしょう。
決算期末日以降の経営環境の悪化は、役員報酬額を減少させる正当な理由にはならないでしょう。
株主総会決議はそういった意味では委任契約で定められた報酬額を追認する意味しかないかもしれません。
それでも、業績連動報酬の場合ですと、委任契約で定めたのは最低限の報酬(固定報酬部分のみ)だけであるから、
別途加味する要因があることもあるでしょう。
そういった柔軟な報酬額の変更ということも踏まえ、最終的な役員報酬額の決定はやはり株主総会決議によることになると思います。
いずれにせよ、「当期の業績は事前には分からない」という(民法とは異なる)特殊な状況下で会社は商取引を行っている以上、
委任契約で金額面に関しても合意したとしても、
少なくとも「会社はその報酬額を支払うことを(法的に確定した債務という形で)約束できない」ということになるわけです。
極端な話、取締役は本当に一切悪くないのに不景気のあおりで(就任前からある債権の貸倒で)会社が倒産してしまうかもしれないわけです。
その場合、取締役は当然報酬は1円も受け取れません。
そこに報酬請求権などないのです。
会社倒産時、取締役は会社債権者(報酬請求権者)の地位にもいないでしょう。
取締役の会社に対する報酬請求権は、法的にはやはり株主総会決議に基づき発生することになります。
役員報酬額の決定というのは、会計面(利益剰余金の分配、利益処分)からも株主総会決議が必要と言えますし、
法律面からも事前に法的に確定させられないという意味で株主総会決議が必要と言えるでしょう。
会計的にも法律的にも、当期の業績が確定しないと報酬額も確定できないでないわけです。
役員の報酬額は、配当額の決定とは異なり、株主が株主総会の場で全く自由に決めてよいものとは結局異なるでしょう。
委任契約に基づいた報酬額を追認する形で、株主総会決議で法的に役員報酬額を確定させるということになるのでしょう。
ただ、さらに大きな視点から見れば、概念的には、
そもそも株主は人選や報酬額も含めて会社と取締役との委任契約に物を言う権利があるわけです。
そういったことまで考えますと、やはり、株主には役員報酬額を決定する権利がある、と言えるのではないかと思います。