2014年1月14日(火)



2014年1月14日(火)日本経済新聞
サントリー、米首位を買収 ウイスキー「ジムビーム」 蒸留酒 世界3位に 1兆6500億円
(記事)




2014年1月14日(火)日本経済新聞
サントリー、米ビーム社を買収 巨額買収 賭け 知名度狙い 世界大手へ一歩
M&A、円安下でも 日本企業 緩和マネー取り込む
(記事)

 

2014年1月13日
サントリーホールディングス株式会社
サントリーホールディングス(株)によるビーム社買収について
ttp://www.suntory.co.jp/news/2014/11942.html

 


January 13, 2014
Beam Inc.
SUNTORY HOLDINGS TO ACQUIRE BEAM IN $16 BILLION TRANSACTION
ttp://investor.beamglobal.com/releasedetail.cfm?ReleaseID=818993
ttp://www.beamglobal.com/news/press-releases/suntory-holdings-to-acquire-beam-in-16-billion-transaction
ttps://beamglobal.s3.amazonaws.com/sites/505757e5851916549a000002/
content_entry5059fc39851916762400029f/52d3d5aa85191625cb78d9fd/files/Press_Release_01_12_14_FINAL.pdf

 



【コメント】
またはじまった。


>Suntory Holdings Limited and Beam Inc. today jointly announced that they have entered into a definitive agreement
>under which Suntory will acquire all outstanding shares of Beam for US$83.50 per share in cash
>or total consideration of approximately US$16 billion, including the assumption of Beam's outstanding net debt.


【参謀訳】
サントリーホールディングスとビーム社は本日、サントリーがビームの発行済みの株式全てを、ビームの正味確定債務の引き受けを含め、
現金を対価に1株83.50ドルで、すなわち、対価総額約160億ドルで取得するという内容について
両社は最終合意に達したことを共同でお知らせいたします。

 


サントリーホールディングス株式会社はビーム株式を1株83.50ドルで取得することになったようです。
詳しい法手続きについては記載されていませんが、”subject to Beam stockholders' approval”(ビーム社株主の承認を条件として)
という言葉がありますので、株式公開買付を実施するのではなく、いきなり株主総会を招集し、
日本でいう「株式交換(現金交付式)」によりビーム株式の全てを取得する計画のようです。

 



ビーム社株価はこの発表を受けて、買い取り価格と同じ価格に一気に上昇しています。


「Beam, Inc.株価のここ3ヶ月間の値動き」



「株式交換(現金交付式)」を実施するための株主総会決議が必ず通るとは限りませんが、
両社取締役会が共同でこの経営統合に賛同する意見表明をしていますから、実務上はまず間違いなく通るのだと思います。
今後ビーム社株価は、1株83.50ドルで株式公開買付が実施されている状態と同じ様に、
株主総会そして上場廃止のその時まで、83.50ドルにぴったり張り付くことになると思います。

 


ちなみに、Beam, Inc.株価の過去(約37年間(約1977年〜))の値動きはこうなっています。

「これまでのBeam, Inc.株価の推移」


1970年代はなんと3ドル未満、1985年前後でも約5ドルだったわけです。
それなのに、1980年代後半以降、極端な値動きになっています。
これは業績の拡大の結果ではなく、マネーゲームの結果と言わねばならないでしょう。
個別ではなく連結ベースの数値ですが、1株当たりの純資産額は現在約28ドルのようです。
市場株価とは一体何なのか、改めて考えされられました。

 



一般に、上場企業に対する買収の場面では、株式取得価額は、二重に価格が上乗せされているという言い方ができると思います。
二重というのは、一つ目は簿価に対する市場株価であり、そして二つ目は市場株価に対するプレミアムです。
つまり、「株式取得価額=簿価+市場株価+プレミアム」という価格になっているわけです。
このうち、市場株価の部分については説明不能ということで諦めるとして、
市場株価に上乗せするプレミアムの部分について考えてみましょう。
プレミアムの意味とは一体何でしょうか。
簡単には答えは出ませんが、プレミアムの説明について、教科書をスキャンして紹介します。

 



「M&Aにおけるプライシングの実務」 アビームM&Aコンサルティング[編] (中央経済社)


第2部 上場会社のプライシング
第1章 上場会社のプライシング
第1節 非上場企業と上場企業との違い
C 上場会社でもプライシングの理屈は同じ
(3) プレミアムは結果として認識
(170〜171ページ)



第2章 プレミアムの意味
第1節 プレミアムは結果論
第2節 TOBプレミアムについての実証研究
第3節 プレミアムの意味
(177ページ)

(178〜179ページ)

(180〜181ページ)

(182〜183ページ)

(184〜185ページ)

 



この教科書の説明によると、プレミアムは市場株価に上乗せするものではなく、
設定した買付価格と市場株価との差額が結果としてプレミアムになる、とのことです。
ただ、この説明にはやはり違和感があるわけして、
買付価格を設定する際には当然市場株価がいくらであるかを十分に考慮するわけです。
プレミアムを考えるに際しては市場株価は関係ないということは決してないと思います。
また、本当にプレミアムの設定と市場株価とは関係がないというのなら、
過去の事例を分析しプレミアムについての実証研究を行う必要などどこにもないはずです。
この教科書の執筆者自身、プレミアムと市場株価とは大きな関連があると考えているからこそ、
過去の平均的なプレミアム率を分析・研究したのではないでしょうか。

また、市場株価は少数株主のための価格と書かれています。
これは日々売買しているのは一般投資家だ(長期保有株主が日々売買しているわけではない)からそう言っているわけですが、
それは少し違うと思います。
なぜなら、大株主や支配株主が株式を取得する際も結局のところ市場株価を第一の大きな基準にしなければならないからです。
大株主や支配株主が株式を取得する場合でも、市場株価とは異なる価格で自由に買えるわけではありません。
市場で株式を売買する場合は、大株主や支配株主であっても市場株価での売買しかできませんし、
株式公開買付やスクイーズアウトの場面でも、やはり市場株価が第一の大きな基準となるわけです。
そういった点を考えますと、市場株価は少数株主のための価格というのは少し違いように思いました。
個人的には市場株価には何の根拠もないと思っていますが、
それでも、良い悪いは全く別にして、基本的には上場株式を売買する際には全投資家(支配株主等も含む)が市場株価に従わなければならない、
という意味において、市場株価は全投資家・全株主のための価格である、と言わなければならないと思います。

 



さて、記事には、株式取得総額は「1兆6500億円」という数字が書かれていますが、
これは1ドルいくらと計算しているのでしょうか。
株式取得総額は米ドルで「136億ドル」というところまでは確定しているわけですが。
後はこれを日本企業側から見る場合はその時の為替レートで円換算するだけなのですが。
「136億ドル」が「1兆6500億円」なのであれば、逆算しますと、
1ドル=約121.32円と計算していることになるのですが。
ここ最近の為替レートは、1ドル=100±5円で推移しているようなのですが、
株式取得完了予定の2014年第2四半期までに、1ドル=120円程度になるとはとても思えませんが。
この点については、ビーム社からのプレスリリースにも、
対価総額「160億ドル」と書かれていまして、この時点でおかしいようにも思いますが。
対価総額は「136億ドル」ではないでしょうか。
「136億ドル」と「約160億ドル」の差異「約24億ドル」とは一体何なのか、全く分かりません。

 



いろいろ考えましたら「約24億ドル」の意味がやっと分かりました。


Annual Report on Form 10-K 
2012 Form 10-K 
hhp://files.shareholder.com/downloads/
AMDA-DRIR9/2893534676x0x643516/82900CA9-8F76-4259-8A5C-7FD3E7C13FF7/Beam_2012_10-K_as_filed_w_exhibits.pdf

BEAM INC. AND SUBSIDIARIES CONSOLIDATED BALANCE SHEET
(57/130ページ)



「136億ドル」と「約160億ドル」の差異「約24億ドル」は、プレスリリースの中の「Beam’s outstanding net debt(正味確定債務)」
のことだったようです。
連結貸借対照表記載の負債の金額が約40億ドルなのですが、単体上のみの数値のことを推測・考慮したり、
一定の売上債権や現金等の金額と相殺して考えてみますと、正味では負債の金額は「約24億ドル」になる、という意味なのだと思います。

 



するとここであることに気付くわけです。
「それってつまり、株式取得額と負債の額とを足している、ってことだよな。」と。
「そうだけど、それがどうかしたのか?」と思った人は財務が分かっていません。
株式取得額と負債の額とを足し算することは間違いなのです。
一般には、買収の際、株式取得額と負債の額とを足して買収金額を表現することがありますが、それは間違いです。
その理由は下の図↓を見れば分かると思います。


「『買収総額は負債を含め〜』という表現の仕方は間違いである理由」



「言われてみればそうだな。」と分かったかと思います。
株式取得額と負債の額の合計額には何の意味もないのです。
理由は、負債は簿価、株式取得額は時価だからです。

それから、これは実は簿価で株式を取得した場合でも株式取得額と負債の額の足し算には意味はないと言わないといけないと思います。
その理由は、子会社の負債と親会社の負債は別だからです(親会社が子会社の負債を返済するわけではない)。
取得したのはあくまで子会社の株式であって、子会社の資産負債ではないのです。
その意味でも、簿価で株式を取得した場合でも株式取得額と負債の額の足し算には意味はないと言えると思います。

 



仮に、株式取得額(対象会社の株主へ支払った対価の総額)と負債の額の足し算に意味がある場合があるとすれば、
それは敢えて言うなら株式を対価とした合併の場合かもしれません。
存続会社の資本(資本金)は対象会社の株主へ支払った対価の総額の分増加し(これは存続会社の新たな簿価となる)、
存続会社の負債は対象会社の負債の金額の分増加し(これは存続会社の新たな簿価となる)、
存続会社の資産は営業権も含めた形で対象会社の資産の金額の分増加(これは存続会社の新たな簿価となる)するからです。
この場合ですと、”資本(簿価)+負債(簿価)”(当然=資産(簿価))ということなりますし、
また、対象会社の負債は実際に存続会社が包括的に返済して行かねばなりません。
この場合であれば、対象会社の株主へ支払った対価の総額と負債の額の足し算には意味があるかもしれません。
ただ、言葉の定義の話かもしれませんが、買収額や買収金額という時には、
買収企業が対象会社を取得するために直接負担した金額(=対象会社株主へ支払った対価の金額)のことのみを指すように思います。
そうしますと、買収額や買収金額という時には、対象会社の負債の金額は足し算するべきではないと思います。


両社共、財務アドバイザーと法務アドバイザーをそれぞれ雇っているようですが、
仮にサントリー側は財務面そして法務面からビーム社に対し全社的なデュー・ディリジェンスを行ったのだとしても、
数十億ドルという金額には絶対ならないでしょう。

 


それから最後に、上場企業に対するデュー・ディリジェンスについて書きたいと思います。
このような場合、どのように物事を判断していかないといけないのは分かりませんが(何か明確な基準があるわけではないと思いますが)、
理論上の話になるかもしれませんが、例えば買収対象企業は上場企業であるという時点で、
対象会社に関する一定度の財務・法務両面のデュー・ディリジェンスは既に完了している(毎年定期的にデュー・ディリジェンスを受けている)、
と想定できるのではないか、と思います。
なぜなら、財務面のデュー・ディリジェンスについては、会計監査を受けていることから、財務諸表に嘘はないということが前提になるからです。
もちろん、勘定科目別のさらに詳しい価額を知りたい場合や、
報告書等では公表し切れていない・一般には公表すべきではない詳細な財務データなども買収に際し事前に入手したいという場合も
実務上はあるのだと思いますので、
対象会社が上場企業であっても財務面のデュー・ディリジェンスを行うことはやはりあるのだとは思いますが。
それから法務面のデュー・ディリジェンスに関して言いますと、これも法的に一定の問題を抱えている場合は
上場企業であればそれこそ開示しなければならない事項なのではないかと思います。
上場企業の場合は法的な問題を抱えていながら開示しない場合は、開示しないこと自体に問題がある、という考え方になると思います。
もちろん、実務上企業はまだ公表しない方がよいと判断したということもあるでしょうから、
そういった点も含め、未公表の法的問題の確認や法的問題がないことの確認のために、
対象会社が上場企業であっても法務面のデュー・ディリジェンスを行うことはやはりあるのだとは思いますが。

 



要するに、何が言いたいかと言いますと、株式を上場させていることの意味を根本に立ち返って考えてみますと、
全株式を取得する場合も1単元のみ株式を購入する場合も、本来は開示されるべき情報は同じでなければならないのではないか、
ということを言いたいわけです。
率直に言えば、本来は改めてデュー・ディリジェンスを行わなければならないということ自体が、
投資家保護の観点から言えばおかしい、という言い方ができるのだと思います。
全株式を取得する投資家は損をしてはいけないが、1単元のみ株式を購入する投資家は損をしてもいい、という理屈はないでしょう。
これもまた一種の株主平等の原則と言いますか、投資家(株主)によって開示される情報の量と質に違いがあってはならない、
という考え方はあると思います。
そのことを考えますと、上場企業に対しデュー・ディリジェンスを行うのは理論上はおかしい、という言い方ができると思います。

まあそうは言いましても、法定開示の範囲・対象外であったために一般には開示していないという場合もあるでしょうし、
守秘義務の関係上契約の存在自体を公表できないという場合もあるでしょうし、
法的問題は確かに抱えているのだが現在調査中であるためとにかく現時点では未公表(しかしいずれ必ず公表していく段取りである)
という場合もあるでしょうから、買収後のトラブルを避けるためにも内々にそういったことを確認したいということは現実にはあると思います。
そういったことを考えますと、現実には、上場企業であっても事前に一定のデュー・ディリジェンスを行う場面はあるのだと思います。
全株式を取得する投資家は株式を売却することは一切考えていない(永遠に保有し続けることが前提)が、
1単元のみ株式を購入する投資家は株価が値上がりすればすぐに株式を売却することもある、
ということを考えますと、株主平等の原則(≒この文脈では法定開示と言っていいと思います)といっても限界がある部分がありますから、
買収に際しては、やはり現実には上場企業であっても別途デュー・ディリジェンスを行わざるを得ない、ということになるのだと思います。


この上場企業に対するデュー・ディリジェンスに関しては、上で紹介しました教科書にコラムが載っていましたので紹介します。

コラム 上場会社に対するDD
(176ページ)