2013年12月26日(木)



2013年12月26日(木)日本経済新聞 公告
公開買付開始公告についてのお知らせ
フマキラー株式会社
(記事)





2013年12月26日(木)日本経済新聞
▼フマキラーへのTOB 買い手=自社
(記事)

 

2013年12月25日
フマキラー株式会社
固定資産の取得中止及び平成22年に実施した第三者割当増資に係る資金用途変更に関するお知らせ
ttp://www.fumakilla.co.jp/ir/images/h251225-kotei.pdf

 


2013年12月25日
フマキラー株式会社
自己株式の取得及び自己株式の公開買付けに関するお知らせ
ttp://www.fumakilla.co.jp/ir/images/h251225-jikokabu-2.pdf

 



【コメント】
フマキラー株式会社とエステー株式会社は資本業務提携を行っていたのですが、当初の工場建設計画は中止になったようです。
そこで、フマキラー株式会社は、工場建設資金としてエステー株式会社から第三者割当増資の形で調達した資金を
エステー株式会社に返すことにしたようです。
資金を返す方法としてエステー株式会社が保有しているフマキラー株式を自社株買いの形で買い取ることにしたようです。
ただ、自社株買いの原資が十分になかったので、資本準備金を取り崩して原資としたようです。
自社株買いそのものにもおかしな点はあるわけですが、
この場合は自社株買いの原資は資本準備金(直接的にはその他資本剰余金ですが)ということで、
利益剰余金を原資にするならまだしも、払い込み資本を原資とするなど、
債権者保護の観点から言えば、非常に問題のある自社株買いではないかと思います。


そして、このたびのフマキラー株式会社の自社株買いは、実はエステー株式会社にとっても非常に不利益の大きいものとなるようです。
エステー株式会社がフマキラー株式会社の第三者割当増資を引き受けたのは、2010年5月13日でした。
この時のフマキラー株式の引き受け価額(≒その時の直近のフマキラー株価)は、1株当たり451円でした。
それがこのたびの買い戻しではどうなったのかと言えば、こうなりました↓。


「フマキラー株式のここ5年間の値動き」


市場株価の変動というのは企業にはどうしようもない側面があると言いますか、市場株価の変動は半分は運任せのような側面があるのでしょう。


自己株式の取得及び自己株式の公開買付けに関するお知らせ
「買付け等の価格の算定根拠等」
(7/11ページ)


フマキラー株式会社とエステー株式会社は、将来の長期的な「商品力」向上を実現しようと思い、
第三者割当増資を実施すると共に、販売促進の共同取組みや共同研究開発を行うなど、
深い関係構築を目的に、資本業務提携を実施しました。
しかし残念ながら、両社の資本業務提携は上手くいかず、株式の価値は下がってしまったのです。

 

 


2013年12月26日(木)日本経済新聞
時価総額倍増 500社 日経平均6年ぶり1万6千円台 「復活組」が躍進 パナソニック2.3倍、ルネサス8.2倍 
海外勢の存在感 一段と 日本株買越額 最高の13.7兆円
(記事)


 


【コメント】
株式時価総額は英語で「market capitalization」と言います。
やや意訳すれば、「市場での(株主)資本額」となるでしょうか。
英語では他には、「market valuation」とも言うようです。
これもやや意訳すれば、「市場での(株式)評価額」となるでしょうか。
株式時価総額の意味や算出式を踏まえれば、「market valuation」の方が適切だと思います。
株式時価総額というのは株価同様、市場からの評価額に過ぎません。
何か株式時価総額に相当する金額を市場から調達したりはしていないわけです。
この手の用語は英語を単に直訳しただけの言葉が多いのですが、「株式時価総額」とは非常に上手く訳せているな、と思います。


それから株式時価総額が1年で2倍になったり8倍になったりという企業があるようですが、
それは、1年前は正しい株価が付いていたのか、もしくは、今現在は正しい株価が付いているのか、
さらには、そもそも正しい株価というのはあるのか、という議論にまで立ち返らないといけない話だと思います。
仮に正しい株価などというものはないのなら、何倍になっただの何割減少しただのという議論ほど中身のないものはないでしょう。
また、経営統合その他により発行済み株式総数そのものが増加している企業もあるわけです。
そのような企業に関し、新株式の発行(発行済み株式総数の増加)に合理性がある(例えば経営統合の結果利益額は十分に増加するなど)のなら、
利益の希薄化は起きないため、理論上その新株式の発行(発行済み株式総数の増加)は株価に中立であろうと考えられます。
その場合、株式時価総額が増加した理由は単に発行済み株式総数が増加したというに過ぎないわけです。
何と言いますか、株式時価総額が増加したと言う場合は、株価が上昇したことを主に指すのではないかという気がするわけでして、
発行済み株式総数が増加したことが理由による株式時価総額の増加というのは、市場からの評価が高まったこととは異なると私は思うのです。
株式時価総額が増加したと言っても、それは単に二社の株式時価総額を合算しただけのことではないか、という気がするわけです。
もちろんここでは合併や経営統合が間違っていると言いたいのではなく、純粋に株式時価総額というものを考えた時に、
組織再編前後で株式時価総額の単純比較はできない(株価には一定の連続性はあるが株式時価総額には連続性はない)、
ということを言いたいだけなのですが。
@発行済み株式総数は増減していない、A正しい株価が付いている(もしそのようなものがあればですが)、
の両方の条件が揃っている場合のみに、株式時価総額の比較可能性・連続性は担保されていると考えなければならないでしょう。

 


最後に、海外機関投資家の投資状況について書かれているのですが、
なぜ海外機関投資家は日本株を買い越しているだの売り越しているだのということが分かるのでしょうか。
市場取引であれば、誰が売買相手か分からないはずですが。
仮に、大量保有報告書などを詳細に分析し、海外機関投資家の保有議決権割合が増加している企業がこの1年間で非常に増えている、
ということが分かったとします。
しかしその場合でも、別の日本株式を売ってその日本企業の株式を買っただけかもしれません。
その場合は、海外機関投資家の日本株式への投資額というのは増減していないわけです。
さらに言えば、別の日本株式は非常に高い株価で売却し、その日本企業の株式は非常に安い株価で買った、という場合ですと、
トータルで言えば、海外機関投資家の保有議決権割合は増加しているが、日本株式への投資金額は逆に減少している、
ということも考えられます。
海外機関投資家による正確な投資額や売却額(買越額や売越額)は実際には分からないのではないでしょうか。
もちろん全ての海外機関投資家が全ての投資額や売却額を開示すると言うのなら分かるとは思いますが。

 



そう思っていましたら、次のような記事もありました↓。

 

2013年12月26日(木)日本経済新聞
議決権行使結果 公表を 金融庁 機関投資家に要請へ
(記事)

上場企業は、株主総会での議決権行使結果は開示する定めとなっていますが、
各株主はどのように議決権を行使したのかを開示するような定めはありません。
これは株主総会における株主の議決権行使状況は開示すべきものではないという意味では決してなく、
広く社会一般に公に縦覧に供する類のものではない、という意味です。
言い換えれば、株主総会における議決権行使は秘密投票でも何でもないわけですし、それどころか、公正な集計が行われたことを担保するために、
むしろ誰がどのような議決権を行使したのかは株主総会の場では全て明らかにせねばならないわけですが、
それは「株主総会の場」で全て明らかにすべきことであって、行使状況は株主総会の外部の人々にはある意味関係がない、という意味です。
上場しているのは企業の株式であって株主ではないわけです。
株主は全く自由に議決権を行使することができますし、また、全く自由に議決権を行使できる状況を担保せねばなりません。
ここで仮に各株主の議決権行使状況まで開示せよとなりますと、株主の全く自由な議決権行使を阻害してしまう恐れがあります。
株主が議決権を行使するには行使するなりの理由や目的があります。
株主はその理由や目的に基づき議決権を行使すべきですし、また、その理由や目的に基づき議決権を行使できる状況を担保せねばなりません。
株主の議決権行使状況は、株主総会の場においてのみ全て開示されることが要請されるべきであって、
広く社会一般に公に縦覧に供することを要請されるべきではないのです。
透明性の確保の意味が少し違うのではないか、と思います。

 



もしくは、上場企業における議決権行使だからこそ、
投資家保護の観点から株主の議決権行使状況は公表されるべき、との考えもあるかもしれません。
上場企業の場合、株主の議決権行使状況の公表は全く意味が分からないとはもちろん言いませんが。
上場企業における株主の議決権行使状況は、
あくまで「株主自治」の範囲内の事柄(私的な事柄)に過ぎないので上場企業であろうとも公表することを要請される言われは全くない、
と考えるべきなのか、それとも、上場株式は広く社会一般に売買されている「金融商品」としての意味合いが極めて強いため、
投資家保護の観点から、株主の議決権行使にも一定の制約が課されるものと考えねばならないのか。
大げさに言えば、思想および良心の自由が憲法上保障されているのならば、
株主総会における判断基準や議決権行使の自由も会社法制度上保証されなければならないのではないか、と思いました。
内心の自由が絶対的であるならば、議決権行使の自由も絶対的であるはずです。
信仰の自由が認められているならば、判断の自由も認められるはずです。
これは精神的自由権に関わる問題です。
株主の議決権行使状況の公表を要請することは、議決権行使そのものに対する国家権力による制約と言わねばならず、
これは投資家保護の範疇を超えるものと考えねばならないでしょう。
思想および良心の自由は、内在的制約すら課されない、絶対的に保証される人権であり、国家権力による制約自体が違憲となります。
つまり、株主の議決権行使状況の公表を要請するならば、金融庁は憲法第19条違反である、ということになります。
まあ憲法云々の話は冗談にしても、この要請は意味が分からないとまでは言いませんが、
上場企業における株主総会での議決権行使結果の公表は、投資家の投資判断に資するといった側面はあると思いますが、
各株主の議決権行使状況の公表が、それほど投資家の利益保護に資するとはあまり思えない、と私は思います。
「その株式が上場している」という点をどうとらえるべきなのか、つまり、
企業はどこまでオープンでなければならず、そして、株主の方もどこまでオープンでなければならないのか、
という議論になるのだと思います。
その株式が上場している以上、企業の方はどこまでもオープンでなければならないと思います。
しかし、その株主の方は、企業そのものに比べれば相対的にオープンである必要はないのではないだろうか、と思いました。
本来の意味の有限責任とは異なりますが、言葉遊びになってしまいますが、株主はあくまで「株式の所有者」というだけなのですから、
企業の方は情報開示に対し無限責任を負っているのに対し、
株主の方は情報開示に対し有限責任しか負っていない、と考えるべきではないかと思いました。
絶対的な答えがある問題ではありませんが、各株主の議決権行使状況というのは、上場企業であろうとも、
やはりそれはあくまで「株主自治」の範囲内の事柄(私的な事柄)に過ぎない、という考え方の方にやや部があるように思いました。