2013年6月8日(土)



【5分で分かる民法】
実は先日、ある方から企業法務について経営コンサルティングの依頼がありまして。
私は法律は専門ではないので、間違ったアドバイスをすると大変なことになりますので、と言ってお断りしたのですが、
参考にするだけだからと頼まれましたので、それなら、報酬はいただかない形で、さらに、
間違っていても一切責任は負えないということを分かっていただいた上で依頼を引き受けることにしました。
相談内容は以下のようなものです。


【警告】
私は法律は専門のではありませんので、間違っていても一切責任は負えません。
そのことを分かった上で以下の文章は読んでください。

 

 


【相談内容】
タイトル「無担保債権者の嘆き 〜銀行が持ってる担保何とかなりませんか?〜」


簡単に相談内容を書きますと、相談者は通常の営業活動で発生した債権(売掛金)の保有者です。
先日、販売先(債務者)が倒産して会社更生手続きに入ったそうです。
そこで、その販売先は銀行からの借入金もあるわけですが、債権者への債務の弁済に関してその相談者は不満があるそうです。
相談者が言うには、
「銀行は担保を取っている。だから債務(貸出金)は全額弁済される。しかし俺たち仕入元は担保を取っていない。
だから債権の20パーセントくらいしか返ってこない。
銀行は全額、それ以外の債権者は20パーセント、じゃあんまりだ。
銀行が持っている担保を全債権者が使えるようにできないでしょうか?
そうすれば、全債権者が80パーセントくらいの弁済率になるのですが。」
とのことです。


 



私はこの相談を受け、以下のように答えました。
「会社更生法によっても、担保物権は影響を受けません。
会社更生手続きに入っても、銀行は担保物権をそのまま行使できます。
担保物権に対しては他の誰も物を言えないのです。
会社更生法によって担保物権を消滅させるようなことはできないのです。
物権というのはそれほどまでに強い権利です。
物権はあなたが保有している債権よりもはるかに強いのです。
気持ちは分かりますが、債権と物権は法律的には完全に異なりますから、債務の弁済に際しても同系列には扱えないのです。」
これを聞いた相談者は物権は債権に比べ非常に強いということを理解してくれました。


さて、この相談で大切なのは、「物権というのは債権に比べ非常に強力な権利を有している」という点です。
物権は債権に比べ非常に強い、だからこそ「会社更生法によっても物権に影響を与える(物権を消滅させる)ことはできない」のです。
ただ、それほどまでに強力不可侵な物権ですが、物権に影響を与えるような法律というのは本当にないのだろうか、とふと疑問に思いました。
もしくは、物権に影響を与えるような法律を定めたとしたら、その法律は有効なのか無効なのか、といった疑問が浮かびました。
そう思って、ある法律の資格試験のテキストの民法の部分を読んでみました。
民法の一番最初の総則(総論)の部分です。
「民法のしくみはどのようになっているか」という一番基礎的な部分(本当に一番最初のページ)です。
テキストの該当部分をスキャンしたものがこちらです↓。

「物権 vs. 債権」



以下、このスキャンを元に話をします。


 


民法のどの教科書にも載ってそうなよくある図と説明かと思いますが、この図と説明を一言で言うならば、
「Aが借りている状態でXがYへ土地を売却したらどうなるのだろうか?」
という議論になります。
YとAは賃貸借契約は結んでいない、というのがここでの一つのポイントになると思います。
XがYへ土地を売却することで物権変動が発生し、XからYへ所有権が移転し、Yはその土地の所有権を持っていることになります。
そうしますと、Yは物権を持っているわけですから、YはAに「ここは俺の土地だから出て行ってくれ」と言えるわけです。
Aは、物権を持っているYから出て行ってくれと言われれば出て行かざるを得ないわけです。
ただ同時に、AはXと賃貸借契約(これは確かに賃借権という債権ですが)を結んでいたわけでして、
いきなり物権を持っているという理由でYから出て行ってくれと言われてもAは現実には困るわけです。
そこで現実にはどうなっているかと言うと、スキャンした説明にも少し書いてありますが、
借地借家法により、このような場合YはAに「ここは俺の土地だから出て行ってくれ」と言えないことになっているわけです。
借地借家法の正確な定めは存じ上げませんが、要するに、YはXとAとの間の賃貸借契約を引き継がねばならない、と書いてあるのだと思います。
現実世界としてはそれでめでたしめでたしなのですが、
これを法律の概念でとらえますと、この場合は「物権よりも債権の方が強い」という言い方ができないだろうか、と思いました。
「物権は債権よりも非常に強い」という民法の原則的な考え方を押し進めて行くならば、
YはAに「ここは俺の土地だから出て行ってくれ」と言えるはずなのです。
ところが、借地借家法により、「所有権という物権よりも賃借権という債権を強い権利と定めている」、と考えることができると思いました。

 

 

注:
今手元にあります同じ法律の資格試験の別のテキストには、「物権の効力」について、
>同一物について、物権と債権とが併存する場合には、物権が優先します。
>たとえば、建物を賃借して利用している間に、所有者がその建物を第三者に売却した場合に、
>建物の買主が所有権に基づいて賃借権を否定して退去を求めることがあげられます。
>このような場合を指して、標語的に「売買は賃貸借を破る」といわれます。
と書いてあります。
しかしこれは物権総論としてはそういったことが言えるというだけで、実際には上で書きましたように、
借地借家法の定めにより、建物の買主が所有権に基づいて賃借権を否定して退去を求めることはできないと思われます。


 


Yはその土地を直接的・排他的に全面的に支配できます。
その土地がどのような状態にあろうとも、Yがその土地をどうしようが民法の原則的な考え方からすると何人も口を出せないはずです。
しかし、借地借家法は、その直接的・排他的に全面的に支配できる権利に口を出しています。
そして、所有権という物権よりも賃借権という債権を強い権利としなさい、と定めています。
そしてその物権よりも債権が強いという状況を世の人々は当たり前のものとして受け入れています。
このことは、非常に強い権利である物権に関しても、法律を定めれば、一般法の規定よりも特別法の規定を優先させることができる、
ということを意味しているかと思います。
この考え方を企業法務に援用するならば、「会社更正法の定めにより担保物権は消滅させることができる」、と言えると思います。
例えば、会社更生手続き下では、債権と担保物権は同順位と見なす、といった定めも考えられるわけです。
特別法の定めにより一般法の原則規定を変更することができるというのはそういうことではないでしょうか。
まあ実務上、「会社更正法の定めにより担保物権は消滅させることができる」と定めた場合は、企業倒産の際、
銀行以外の債権者は必ず会社更生法の申立てを行うことになるでしょうから、現実的にはあり得ない定めかとは思いますが。
商取引上、銀行はどこまで行っても強い、ということでしょう。
借地借家法では一般法よりも特別法の規定が優先という形で物権よりも債権を強い権利と定めている一方、
会社更生法では一般法よりも特別法の規定が優先とは考えず物権の方が債権よりやはり強い権利である、と考えています。
ある場面では一般法よりも特別法の規定が優先され、また別の場面では特別法よりも一般法が優先される、
ここに法理論的な整合性や論理的根拠は存在しないのです。
敢えて言うなら、「そのような定めになっている理由はケースバイケースだからです」、であるわけです。
ある場面では一般法よりも特別法の規定を優先することによって法目的を達成しようとし、
また別の場面では特別法よりも一般法の規定を優先することによって法目的を達成しようとしている、
言い方は悪いかもしれませんが法とはそれだけのことなのです。
別にそれが悪いとは言いません。
現実や社会は複雑ですから、現実に応じた柔軟性・即応性のある特別法を適宜立法していかねば一般法のみでは現実に対応できないでしょう。
それはそうなのですが、何と言いましょうか、
法体系が理系の純粋理論体系に比べれば美しくないと言いましょうか、つぎはぎだらけと言いましょうか、
現実社会に対する法の運用を考えればそれは当然やむを得ないことなのはもちろん分かるのですが、
法はやはり学問ではない、という気がかつて理系の理論系の学者になりたかった私にはするのです。
まあそれでも今日書きましたように、「なぜそのような定めになっているのか?」という点については
いろいろと思考を深めていく部分はありますので、
一般教養及び経営や会計の知見を深めていく上で法律をしっかりと勉強していくことは大切だとは思いますが。