2011年8月27日(土)
スティーブ・ジョブズ氏は、その容赦なく突き進む経営手法で、同世代の最高経営責任者(CEO)の誰よりも
業界の壁を打ち砕いてきたことで知られている。
そして今、ジョブズ氏の後任に指名されたティム・クック氏は、テレビや出版業界など、アップルが
未だ強い地盤を築けていない市場に割り込めるだけの攻撃性を持ち合わせているかという疑問が沸き上がっている。
クック氏にとって、ジョブズ氏の功績にあやからず自らの力で新市場を開拓しなければならなくなったときが
本当の正念場となる。例えば、メディア業界では製品の支配権を手放すことに対しての反対論が根強く、
アップルの台頭による収益への影響を懸念する経営者も多い。クック氏は、そのような反対派を説得し、
賛同を得なければならない。
投資家は今のところアップルの新経営陣に期待を寄せている。ジョブズ氏が退任を発表した翌日の25日、
ナスダック総合株価指数が2%下落するなか、同社の株価は0.65%の下落にとどまった。
この件に関し、アップルの報道担当者はコメントを控えるとした。
クック氏が直面する最初の難題は、成長市場と位置付けられるデジタルビデオ事業の強化だ。関係筋によると、
同社は現在、動画をテレビに伝送する新技術の開発を行っており、定額制のテレビサービスの立ち上げに関して
議論しているという。アップルが牛耳る携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」や音楽配信の市場と違い、
オンラインビデオ市場でのトップをめぐる争いはまだ決着がついておらず、熾烈な競争が繰り広げられている。
アップルの電子書籍・雑誌・新聞配信サービスも開始されて間もない。
フォレスター・リサーチCEOのジョージ・コロニー氏は、「合理的で論理にかなった経営にはなるだろうが、
アップルはスティーブがCEOだった時のように冒険的な挑戦をすることはなくなるだろう」と話し、
クック氏がジョブズ氏のようにリスクを取る意思があったとしても、取締役会が同氏の経営動向を
徹底的に監視することになるとの見方を示した。
加えて、“押しの強さ”の要素も大きい。アップルの取引先には、ジョブズ氏不在でアップルが失う強みの1つとして
同氏が植え付けた「恐怖感」を挙げる企業もある。
例えば、音楽配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」立ち上げの際、ジョブズ氏が音楽業界の幹部を脅して
自らが提示した条件に同意させたのは有名な話だ。その後、iTunesは音楽業界の姿を完全に変えることとなった。
アップルとiTunesをめぐる交渉を行ったタイム・ワーナーのジェフ・ビューケスCEOは、
「スティーブはとても率直で、自分が信念を持つことに対しては手加減することがなかった。もし相手が間違っていると思えば、
その理由をカラフルな言葉ではっきりと伝えてくる。それはいつも傾聴に値するものだった」と述べた。
ジョブズ氏は時にその説得力で、支配権を明け渡してでもアップルと取引するよう他社を説き伏せた。
ベンチャーキャピタリストで元アップル幹部のジャン=ルイ・ガセー氏は、「自分や自分の会社は誰にも支配させない
というスティーブの動物的欲求がすべての源」と語る。
クック氏を知る人々は、情熱的な経営スタイルのジョブズ氏に比べて、クック氏のアプローチはより慎重で分析的だと話す。
クック氏は25日に社員に宛てた手紙で、「スティーブは会社を立ち上げ、世界に二つとない企業文化を創り上げた。
われわれはその文化に忠実であり、それはわれわれのDNAに組み込まれている」と述べ、アップルは今後も変わらないと伝えた。
レコード会社がiTunesのアイデアに難色を示していた2003年、ジョブズ氏はロックバンドのイーグルスと
所属レーベルのAOLタイム・ワーナー傘下のワーナー・ミュージックに契約を直接懇願した。
イーグルスメンバーの1人、ドン・ヘンリー氏には自らサービスのデモンストレーションも行った。
ジョブズ氏はメディア業界の幹部に対して、デジタル戦略を成功させるにはアップルの力が必要だと説得したという。
最近では、出版社に対して印刷物を批判し、新聞や雑誌のデジタルコンテンツ配信の契約に
漕ぎ着けたと関係者は話す。アップルがコンテンツの配信方法やデータの収集方法を制限したにもかかわらず、
コンデナストやハーストなどの大手も最後には妥協し、iTunesを介した定期購読サービスを開始した。
メディア業界幹部はしばしば、アップル以外のデジタルコンテンツの配信方法が限られているため、
同社と契約せざるを得ないと漏らした。
テレビに関しては、ジョブズ氏は公私にわたり、現在の視聴スタイルは勝手が悪く消費者のためにもならないと
述べてきた。しかし、異なる技術を利用するケーブルや衛星放送事業者からコンテンツ配信を受ける現在のシステムが、
技術革新の妨げになっていると指摘した。
米アップルのクック新CEOから従業員へのメッセージ全文
米アップルの新たな最高経営責任者(CEO)に任命されたティム・クック氏が、スティーブ・ジョブズ氏の
24日の退任表明後、従業員宛てにメッセージを送信した。その全文がIT(情報技術)ニュース配信サイト
「アース・テクニカ」に投稿された。以下はその日本語訳。
チームの皆さんへ
わたしは世界で最も革新的な会社でCEOを務めるという最高のチャンスを与えられ、とてもうれしく思っている。
アップル入社はわたしにとって人生最良の決断であり、13年にわたってアップルとスティーブのために尽力できたことを
この上なく光栄に思う。スティーブ同様わたしもアップルの輝かしい未来を信じている。
経営陣や従業員の皆さんにとってそうであったように、スティーブはわたしにとって良き指導者であり、師だった。
スティーブが今後も会長としてわれわれを導き、感化してくれることを心から期待している。
皆さんにはアップルは今後も変わらないということを信じてもらいたい。わたしはアップルの比類ない理念と価値を
大切に思い、称賛している。スティーブは会社を立ち上げ、世界に二つとない企業文化を創り上げた。
われわれはその文化に忠実であり、それはわれわれのDNAに組み込まれている。われわれは今後も顧客を喜ばせ、
従業員が自らの仕事に大いに誇りを持てるような世界最高の製品を作り続けていく。
わたしはアップルを愛しており、新たな役割に就くことを楽しみにしている。わたしはこれまで取締役会や経営陣、
そして従業員の多くの皆さんの素晴らしい支援に大いに励まされてきた。
今後われわれには最高の未来が待ち受けており、全員で力を合わせ今後もアップルをこれまでどおり
魅力的な会社にしていけると信じている。
ティム
(ウォールストリートジャーナル 2011年 8月 26日 10:23
JST)
ttp://jp.wsj.com/IT/node_295127
Tim Cook has already stepped up to reassure Apple employees that
the company isn't going to change,
according to an internal e-mail seen by
Ars. Sent early Thursday to all employees
in the company - the morning after
Steve Jobs announced his resignation as CEO - Cook said
working with Jobs and
Apple has been "the privilege of a lifetime,"
and that he's looking forward
to the years ahead.
Below is the full text of the e-mail:
I am looking forward to the amazing opportunity of serving as CEO of the most
innovative company in the world.
Joining Apple was the best decision I've
ever made and it's been the privilege of a lifetime to work for Appleand
Steve
for over 13 years. I share Steve's optimism for Apple's bright
future.
Steve has been an incredible leader and mentor to me, as well as to the
entire executive team and our amazing employees.
We are really looking
forward to Steve's ongoing guidance and inspiration as our Chairman.
I want
you to be confident that Apple is not going to change. I cherish and celebrate
Apple's
unique principles and values. Steve built a company and culture that
is unlike any other in the world
and we are going to stay true to that - it
is in our DNA. We are going to continue to make the best products
in the
world that delight our customers and make our employees incredibly proud of what
they do.
I love Apple and I am looking forward to diving into my new role.
All of the incredible support from the Board,
the executive team and many of
you has been inspiring. I am confident our best years lie ahead of us
and
that together we will continue to make Apple the magical place that it is.
Tim
(The e-mail comes from a source with a track record with Ars and the headers have been verified.)
ただ、現在のところ、という点だけ考えてみますと、この2社の間に差が付いた理由を端的に申し上げますと、
アップルはハードウェアとソフトウェアの両方をずっと手がけてきた、
マイクロソフトはソフトウェアのみを手がけてきた、
という点に行き着きはしないだろうか、と思います。
IT各社の情勢を大局的な見地から見てみますと、
マイクロソフトのようにソフトウェアのみを手がけてた企業は失速している気がします。
また、最近のヒューレット・パッカードのように、ハードウェアのみを手がけてきた企業も失速している気がします。
ソフトウェアのみを手がけてきた企業は失速し、ハードウェアのみを手がけてきた企業も失速しています。
アップルのように、ソフトウェアとハードウェアの両方を手がけ続けてきた企業のみが好調を維持しています。
自社が開発するハードウェアに自社が開発する最適なソフトウェアを搭載する、
このようなことができる企業のみが好調な気がします。
ハードウェアとソフトウェアの両方を自前で賄うことができる、これこそが現在のアップルの強さの秘密である気がします。
ハードウェアのみの企業、そしてソフトウェアのみの企業は、軒並み失速しているという印象です。
敢えてこれのみで現在絶好調と言えるのは、グーグルのように、ウェブ関連サービスのみを手がけている企業な気がします。
グーグルもスマートフォン用OSを手がけていますが、収益への貢献という意味ではまだ好調とは言えない段階でしょう。
やはりグーグルといえばウェブ関連サービスであり、ウェブ関連サービスのみでグーグルは絶好調なのです。
他には、IBMがいい例でしょうか。ITシステム構築関連サービスに集中しているのでIBMは好調なのかもしれません。
以前のように、ハードウェアもソフトウェアも非常に幅広く手がけるというのではなく、
ITシステム構築関連サービスに集中したおかげで業績が上向き始めました。
ハードウェアの開発販売からは撤退もしくは縮小し、ソフトウェアの開発販売からも撤退もしくは縮小し、
ITシステム構築関連サービスに集中したことがIBMの好調を支えている気がします。
ハードウェアのみ、ソフトウェアのみは失速、
自社開発のハードウェアとそれに搭載する自社開発のソフトウェアの両方を手がけている企業が好調、
あとは、ITサービスに集中している企業が好調、
といった見方になろうかと思います。
IT業界の成長期にある時期は、ソフトウェアのみ、もしくはハードウェアのみを手がけている方が
どちらかに経営資源を集中させることができるため有形無形の”規模の経済”が活かせたのでしょうが、
業界全体が成熟してくるにつれ、消費者ニーズも多様化し、また技術の面で限界が見えてくるといったことも出てくるでしょう。
そうしますと、ソフトウェアのみを手がけていてもやがては多様性の限界という壁にぶち当たり、
ハードウェアのみを手がけていても他社との差別化が図れないという壁にぶち当たるでしょう。
ソフトウェアのみ、もしくは、ハードウェアのみだと新しい製品というものを生み出せない状態に陥るのでしょう。
ハードウェアとソフトウェアの両方を自前で賄える企業のみが新しい製品を開発できる、ということかもしれません。
あとは、ウェブ関連やシステム構築関連のITサービスに集中している企業のみが、
無形の”規模の経済”を活かすことができるためか収益性が高いということかもしれません。
ITサービスに集中している場合は収益性が高い理由をもう少し考えてみます。
ハードウェアのように物理的なものを製造しているわけではありませんから、
まず棚卸資産が非常に少なくてすむので過剰な在庫を抱える心配がありません。
また、工場をはじめとする生産設備といった有形固定資産が必要ないため固定費が小さく、
減価償却負担が少なく、損益分岐点も低い、といったことがあるのでしょう。
物理的なものがないので機動性が高く柔軟性のある事業展開が可能だと思います。
また、パッケージソフトのように製品として販売するソフトウェアを何年もかけて大規模に開発するわけではありませんので、
プログラム開発に携わるエンジニアの数が少なくてすみ、人件費という固定費は比較的少なくてすむでしょう。
人海戦術で新しいウェブプログラムを開発するわけではないという点が強みでしょうか。
それと、ITシステム構築の場合は、顧客の要望に応じてそのたび毎に異なる仕様でシステムを納入していくわけですが、
それでも納入するハードウェア(サーバーや通信機器類)製品そしてその上で稼動するソフトウェア製品の多くは
大抵の顧客で共通であるため、一旦ハードウェア製品やソフトウェア製品に関する知識を身に付けると
他の顧客からの受注でも十分対応できる、という特長があります。
エンジニアに対する教育費が比較的小さくてすみ、また教育費の費用対効果が高いといえます。
エンジニアの人材配置が受注毎に柔軟に行えるという点が強みでしょうか。
異なる顧客からの受注に対し、追加的な投資を全く行うことなく対応できる、ということが多いと思います。
さらに言えば、ハードウェア開発やソフトウェア開発には巨額な研究開発費がつきものですが、
ITサービスに集中している場合は研究開発費がいりません。何かを大規模に研究開発しているわけではありませんから。
敢えて言うなら、エンジニアに対する教育投資のみでしょうか。
ハードウェア開発やソフトウェア開発のように巨額な研究開発費が必要ないというのは経営上は大きいかもしれません。
(まあそれは裏を返せば、ITサービスのみからは革新的な製品が生まれることはあまりないということかもしれませんが。)
アップルが成功している理由は、画期的なアイデアを形にし、さらにその製品のデザインが優れているからといったことが
挙げられるでしょう。
さらに言えば、経営上は、「自社開発のハードウェアに自社開発のソフトウェアを搭載して販売する」という、
「最低限度のハードウェア開発」と「最低限度のソフトウェア開発」の両方のみを手がけているという点が大きいのかもしれません。
最適な規模のハードウェアの研究開発費、そして、最適な規模のソフトウェアの研究開発費、
これが費用の増大を抑えているのかもしれません。
アップル社内で研究開発を行っているのは、ハードウェアに対してもソフトウェアに対しても、
あくまで自社製品のためだけの研究開発だ、そういうスタンスで経営を行っているのかもしれません。
他の製品にも応用が効く研究開発はあまり行っていない、そういう割り切りがあるのかもしれません。
他の製品にも応用するというと、あくまで自社製品の間でのみの応用であり、
他社の製品にはあまり応用ができないような形の研究開発なのかもしれません。
というより、アップルのように、ハードウェアとソフトウェアの両方を手がけていないと、
応用したくても応用できない形の研究開発しか行っていないと言えばいいでしょうか。
よく、「アップルは消費者を自社製品に囲い込んでいる」、といったことを言われますが、
実は研究開発に関しても、「アップルは研究開発を自社内に囲い込んでいる」のかもしれません。
最適な規模の研究開発のみを行っている、そういう言い方ができるかもしれません。
これもまたアップルの強さであり、アップルは経営管理上もコスト管理が適切に行えている、
ということかもしれません。
アップルは、アイデアやデザイン、そしてマーケティングのみではなく、
コスト管理にも優れた企業である、と言えるかも知れません。
長くなりましたが、アップルが現在好調な理由を一言で言いますと、
アップルはハードウェアとソフトウェアの両方をずっと手がけてきたからだ、それが新製品の開発につながっている、
そして研究開発はハードウェアもソフトウェアも適切な規模でのみだ、
となろうかと思います。
ハードウェアとソフトウェアの両方をずっと適切な規模で手がけてきた、
それが製品開発の柔軟性につながり、業界の成熟期に力を発揮している、
これがアップルの強さの説明の一つと言えるでしょう。