2011年8月21日(日)



米HP、パソコン部門のスピンオフを検討―英社買収も計画


 世界最大のコンピューターメーカーである米ヒューレット・パッカード(HP)は18日、PC部門の
スピンオフ(分離・独立)を検討すると発表した。同社はまた、今年3回目となる業績見通し引き下げを行った。
   同社はまた、英国のソフトウエアメーカー、オートノミーに対して1株42.11ドル、総額約102億5000万ドル(約7900億円)での
買収を提案した。オートノミーはHPからの「可能性のある提案について」話し合っていることを確認した。
 HPは、取締役会がPC部門の戦略的選択肢を検討することを承認したとしている。これは「全部あるいは部分的分離」を含む可能性
があるという。同社は、この手続きは1年から1年半かかる見通しだとしている。同部門の売上高は同社全体の約3分の1を占めている。
 同社のアポテーカー最高経営責任者(CEO)は「オートノミーの買収とPSG(パーソナル・システムズ事業)の選択肢の
検討によって、HPはこれまで以上に効果的に競争でき、狙いを定めた戦略をよりうまく実行できるだろう」と述べた。
 リストラの一環として同社はタブレット型PCとスマートフォン事業を打ち切る。同部門はパーム社買収で獲得した
WebOSを使っている。HPのタブレットはアップルの「iPad(アイパッド)」のライバル「タッチパッド」で、
7月に発売された。HPは8月に入ってこれを20%値下げした。同社は、このタッチパッドとWebOS搭載スマートフォンは
同社の目標を達成できていないとしている。
 PC部門のスピンオフには、プリンターやストレージデバイス、あるいはネットワークギアは含まれない。PCとプリンターの
ほかにHPは2008年のEDS買収に伴い大規模な技術サービス事業を展開している。


 

 


 同社は、同社株が低迷する中で株主から圧力を受けており、株主らは利益率の低いPC事業について選択肢を探るよう要求していた。
 18日のニューヨーク証券取引所のHP株は、PC部門のスピンオフを検討し、英社に買収を提案したことを確認したあと、
前日比1.91ドル(6.1%)安の29.48ドルで引けた。同株はその後の時間外取引でも、四半期決算を受けて続落した。
 2011年度第3四半期(5−7月)の1株当たり利益は0.93ドル、売上高は311億9000万ドルだった。
前年同期は0.75ドル、307億ドル。
 同社は第4四半期について利益と売上高の見通しを引き下げるとともに、リストラとWebOS事業の打ち切りに関連して
大規模な特別損失を計上する方針を示した。同社は通年の売り上げ見通しも下方修正した。
 HPのPC部門は02年にコンパック・コンピューターを買収したあと拡大した。しかし、この買収にはかなりの異論もあった。
この合併は、両社とも当時PC界の王者だったデルを追い抜こうと努力していたときに行われた。
 現在HPは世界最大のPCメーカーだが、消費者や企業の関心がタブレットとスマートフォンに移る中で、
PC市場は鈍ってきている。5−7月のHPのPC部門の売上高は1年前から3%減少した。
 HPはハード前CEOが昨年、スキャンダルで社を去り、代わってアポテーカー氏がトップに就任して注目を浴びた。
ドイツのソフト会社出身のアポテーカー氏は技術サービスとソフトを基盤とした新しい戦略を展開している。
 同社はこれまでに2回、通年の業績見通しを下方修正している。
 英オートノミーは1996年創業のケンブリッジに本拠を置く企業で、Eメールや電話、文書の大量の記録を管理するための
業務用ソフトなどを作っている。4−6月の売り上げは2億5600万ドルだった。
(ウォール・ストリート・ジャーナル 2011年 8月 19日  7:29 JST)
ttp://jp.wsj.com/IT/node_291732

 

 


 



【コメント】
ヒューレット・パッカード株式の値動き
(キャプチャー)


 


この件の発表の後、一気に株価は下がっています。
市場はヒューレット・パッカードの方針をあまり良い戦略だとは見なしていないようです。
一時、前日比で20.03%も株価が下落する場面もあったようです。
しかし、この株価の動きは本当に正しいのでしょうか。


パーソナルコンピュータ事業を何らかの形で本体から分離させる方針とは言ってもまだ具合的なスキームは分かりません。
実は、パーソナルコンピュータ事業を本体から分離させることのインパクトについてはまだ何も分かっていないわけです。
まだ何も分かっていない段階でここまで株価が下がるのもおかしいなと思うわけです。
パーソナルコンピュータ事業を本体から分離させるとしたらどのようなスキームが考えられるでしょうか。
またこの方針はヒューレット・パッカードに対しどのようなインパクトを与えるのでしょうか。
この点について少しだけ考えてみましょう。

 

 

 


様々なパターンが考えられますが、おそらく、パーソナルコンピュータ事業を別会社化することだけは間違いないと思います。
日本で言うところの会社分割ですね。まずパーソナルコンピュータ事業を本体から分離させて子会社化することになると思います。
ではどのような会社分割だろうかと考えますと、現時点でパーソナルコンピュータ事業を継承させる会社がありませんから、
「新設分割」を行うことになるでしょう。
現時点で既にパーソナルコンピュータ事業を継承させる会社を見つけているのであればその会社にいきなり吸収分割させる
こともあるでしょうが、その場合は継承する会社は同業のパソコンメーカーということになると思います。
しかし、収益性の低さに苦しんでいるのはどのパソコンメーカーも同じですから、
いきなりヒューレット・パッカードのパーソナルコンピュータ事業を自社に吸収させるという判断は難しいと思います。
パーソナルコンピュータ事業を継承させる会社は現時点では見つけていないと考える方が自然でしょう。

次に、ヒューレット・パッカードはパーソナルコンピュータ事業を子会社するということですと、
パーソナルコンピュータ事業を新設会社に継承させると同時にパーソナルコンピュータ事業会社株式を
ヒューレット・パッカード本体に割り当てる形を取らないといけません。
するとこれは「物的分割(分社型分割)」になると思います。
現在のヒューレット・パッカード本体の株主にパーソナルコンピュータ事業会社株式を割り当てるという
人的分割(分割型分割)ではありません。


以上をまとめますと、これからヒューレット・パッカードが行うパーソナルコンピュータ事業の会社分割は
「新設分割」であり「物的分割(分社型分割)」であるということになると思います。

 

 



では、これからヒューレット・パッカードがパーソナルコンピュータ事業に対し「『新設分割』なおかつ『物的分割(分社型分割)』」
を行うとしますと、ヒューレット・パッカードの連結財務諸表はどう変化するでしょうか。

 

実は「『新設分割』なおかつ『物的分割(分社型分割)』を行ってもヒューレット・パッカードの連結財務諸表は
全く変化しません。ヒューレット・パッカードの連結財務諸表は1円も変化しないのです。
ヒューレット・パッカードがパーソナルコンピュータ事業を本体から分離させ完全子会社化したとしても、
それだけでは連結財務諸表は全く変化しないのです。
連結財務諸表に全く変化がないのなら、株価にも何の変化もないはずです。
もちろん、パーソナルコンピュータ事業を完全子会社化した後、様々なコスト削減を行うことによって
将来の連結財務諸表が変化してくる(正確には将来の連結キャッシュフローが増加する)ということはあるでしょう。
そういう意味では、パーソナルコンピュータ事業の会社分割が長期的には株価に影響を与えることはあるでしょう。
しかし、いきなり株価が20%以上も下落する程のインパクトはないはずです。


では次に、パーソナルコンピュータ事業を完全子会社化したあと、その株式をいずれかの企業に売却することは考えられます。
この場合ですと連結財務諸表は大きく変化しますし、株価にも大きな影響を与えることも考えられるでしょう。
ひょっとすると、市場は既にパーソナルコンピュータ事業会社株式を売却することを既に株価に織り込んでいるのかもしれません。
しかし、そこまで考えたとしても、まだいくらで売却するのかは全く分かっていません。
大雑把に言うと、パーソナルコンピュータ事業を今後も続けた場合のキャッシュフローよりも大きな金額で
パーソナルコンピュータ事業会社株式を売却できたならば株価は上昇するでしょう。
逆に、パーソナルコンピュータ事業を今後も続けた場合のキャッシュフローよりも小さな金額でしか
パーソナルコンピュータ事業会社株式を売却できなかったならば株価は下落するでしょう。
しかし、いずれの場合でも、一番肝心な「いくらで」売却するのかが分かっていませんから、現段階では株価に大きな変化は
訪れようがないのです。とてもじゃありませんが、いきなり株価が20%以上も下落する程の判断材料はないはずです。

 


 


結論だけをかいつまんで言うと、ヒューレット・パッカードはパーソナルコンピュータ事業を本体から分離させる方針である、
というだけでは、少なくとも株価に関しては大きな変化はないはずなのです。
パーソナルコンピュータ事業を完全に他社に売却するとしてもまだ「いくらで」売却するかが分かっていませんから、
株価が上昇するも下落するもありません。
例えばヒューレット・パッカードが手がけている他の事業とパーソナルコンピュータ事業とのシナジーが極めて大きく、
仮にパーソナルコンピュータ事業を売却ということになると他の事業まで大きなダメージを受けてしまい、
業績の悪化が予想される、といったことですと株価が下落するのも分かりますが、
パーソナルコンピュータ事業と他の事業とのシナジーがそこまで大きいとも思えません。
ヒューレット・パッカードが手がけている中で、一番シナジーが大きそうな事業というとプリンタ事業でしょうか。
確かにパソコンとプリンタを同時に買うことはあると思いますが、どのメーカーのパソコンであろうと
ヒューレット・パッカードのプリンタは使えることを考えると、
プリンタ事業とパソコン事業とのシナジーがそこまで大きいとも思えません。
両事業のシナジーが大きくないのなら、パーソナルコンピュータ事業の売却というだけでは株価に大きな変化はないはずです。


ヒューレット・パッカードにとってパソコン事業はまさに創業事業です。
ヒューレット・パッカードはまさにパソコン事業から始まったのです。
そして今現在もヒューレット・パッカードは世界最大のパソコンメーカーです。
そのヒューレット・パッカードが、パソコン事業を分離する方針、と聞きますと確かにインパクトは大きいのですが、
よくよく考えてみるとそれだけでは少なくとも株価に影響を与えるような話ではないのです。

具体的な会社分割のスキーム、連結財務諸表の変化具合、将来のキャッシュフローの増減、手がけている他の事業とのシナジー、
といったことを一つ一つ順を追って丹念に考えていきますと、
少なくとも現時点では、ヒューレット・パッカードはパーソナルコンピュータ事業を本体から分離させる方針である、
という発表自体は株価に大きな影響は与えないはずだ、ということが分かります。
仮に次に株価に影響を与える要因があるとすれば、それはパーソナルコンピュータ事業会社株式の売却価格が分かった時です。


何事でもそうですが、ある話が非常に印象に残るとか非常に目立っているということと、
その話は財務面に対する影響度が大きいということを混同してはいけません。